ウナギが絶滅の危機に瀕している理由とは?(写真:motoko /PIXTA)

日本の食卓でも登場することの多い「ウナギ」。しかしウナギは絶滅の危機にあるとされています。いったいなぜなのでしょうか。スウェーデンのジャーナリストであるパトリック・スヴェンソン氏が、父親と出かけたウナギ釣りを回想しつつ、いまなお謎に包まれたウナギの生態について自由自在に考察を広げる世界的ベストセラー『ウナギが故郷に帰るとき』(大沢章子訳)から一部抜粋、再構成しお届けします。

なぜよりによって絶滅の危機にあるのがウナギなのか? 永遠の命をもっているかのように見えるウナギが生き続けられなくなった特別な事情とは?

そもそも、この疑問には論理的な問題がある。科学的な疑問に取り組む際に、「なぜ」からはじめることはありえない。科学的思考には順序がある。まず、ある事象が実際に起きている、ということを証明する。ウナギは本当に死に絶えようとしているのか?

ウナギは本当に絶滅しかけている?

次に、その事象を観察し、何が起きているかを説明する。ウナギはどんなふうに死に絶えようとしているのか?

それができてはじめて、それはなぜなのか、という疑問に取り組むことができるのである。

しかし、ウナギは本当に絶滅しかけているのか、という疑問に関しては、この方法で取り組むのはちょっと難しいことがわかったのだ。

地球全体の環境保護と生物多様性に関する活動の大部分を統括し、非常に多くの下部組織をもつ組織、国際自然保護連合は、略してIUCNと呼ばれている。

IUCNは、世界の動物や植物について、どの種が絶滅の危機に瀕しているかを示す、いわゆるレッドリストを作成し、定期的に更新していることで特によく知られている。

レッドリストの狙いは、「地球上の、絶滅の危機にあるさまざまな種に関する、世界的に認められた分類法」を作り上げることだとされている。つまり、IUCNの評価基準はある種の世界標準であり、さまざまな生物が地球上でどのように暮らしているかについての、科学的に検証された評価法である、ということだ。

レッドリストは、それぞれの種を定められた基準に従って評価し、最も朗報の「低懸念」から、「準絶滅危惧」、「危急」、「危機」、「深刻な危機」、「野生絶滅」、そして最後の、取り返しのつかない事態を宣告する「絶滅」に至る七段階に分類している。

このリストは、地球上に存在していることが知られているあらゆる生物についての、客観的かつ方法論的に集められた調査一覧であり、つまり藻類や白癬菌から人類に至るまでのすべての生物が、地球上でどのように過ごしているかについての情報を提供するものである。

人類は順調だ。ホモサピエンスについてのIUCNの直近の評価である2008年リストには、次のように書かれている。

「非常に広範囲に分布し、適応力があり、目下のところ個体数が増えている。この種は、低懸念に分類される」。

また次のような記載もある。「人類は、地球上の哺乳類のなかでも、最も広範囲に分布し、地球上のあらゆる大陸に生息している(ただし、南極大陸に永住する個体はいない)。少数の人類は宇宙にも行ったことがあり、そこでは国際宇宙ステーションで暮らしている」。

IUCNの評価によると、今のところ「いかなる保護策も必要としない」。ホモサピエンスは繁栄しているのだ。

ウナギが危機に直面する理由

一方ウナギは、ヨーロッパウナギは、危機に直面している。少なくともそう考えるに足る理由がある。状況からそのように考えられる。言うまでもなく、ウナギに関しては、われわれ人間は、知っている、と確信をもっていうことはできない。いつものように、ウナギの危機についても条件つきの理解しかできない。

というのも、IUCNが通常用いている評価基準がウナギには当てはまらないことがわかったからだ。第1の問題は、ウナギの全体的な個体数が正確にわからない、ということだ。個体数は、当然、その種がどの程度絶滅の危機にあるかを決める際の、第1の基準である。

しかし、IUCNの報告書には、個体数は「生殖可能な個体」、つまり、完全に成長した、性的に成熟した個体の数とすべきであり、したがって、「産卵場にいる成熟したウナギ」の個体数を基準に判断することが望ましい、と書かれている。

言い換えれば、サルガッソー海にいる銀ウナギの数を数える必要がある、ということだ。しかし、100年以上前から努力が続けられているにもかかわらず、誰1人として、たった1匹の銀ウナギさえ見つけていないのだから、それが不可能なのは明らかだ。ウナギは、そうやすやすと自分の居場所を人に知らせない。援助の手を差し伸べようとしている人々にさえ姿を見せない。

もしかすると、ヨーロッパ沿岸部から産卵場を目指して出発する成熟した銀ウナギの数を数えることならできるかもしれない。しかしやはり、データが少ないという問題がある。ウナギは、深海にすばやく姿を消してしまう習性をもっているからだ。いずれにせよ、これまでの観察結果は、回遊の旅に出る銀ウナギの数が、過去45年間に、少なくとも50パーセントは減少していることを示唆している。

3番目の選択肢は、IUCNが主な評価法として用いているもので、発想の転換をして、サルガッソー海でのウナギの秘密のランデブーの結果を――レイチェル・カーソンが「親ウナギが残した忘れ形見」と呼んだものを評価する方法だ。

つまり、春にヨーロッパ沿岸部に現れるシラスウナギの個体数を判断基準とするのである。シラスウナギについては、銀ウナギに比べてずっと多くのことがわかっていて、それらのデータは、ウナギの危機的状況を示唆している。信頼できるすべての数字が、今現在、ヨーロッパ沿岸部に到達するシラスウナギの数は、1970年代の終わり頃のおよそ5パーセントにすぎないことを示している。

近い将来本当に消えるかもしれない


私が子どもの頃に毎年川を上ってきた小さなガラス棒のようなシラスウナギが仮りに100匹だったとすれば、今同じように川を上るシラスウナギはせいぜい5匹程度だということになる。

これが、IUCNがヨーロッパウナギを「深刻な危機」に分類した根拠である。

IUCNの公式の定義によると、「野生絶滅の非常に高いリスクに直面している」という意味だ。ウナギが置かれているこの状況は、破滅的であると同時に深刻な問題でもある。ウナギは、近い将来、本当に消えてしまうかもしれない。

それもわれわれ人間の視界と理解の範囲からだけでなく、われわれが暮らすこの世界からも。