■女房以外は全部変えた

「僕は本当に悪運が強いんですね」

堀 威夫氏

そのように自身の人生を自虐的に評するのは芸能事務所ホリプロの創業者・堀威夫氏。芸能プロダクションとして日本で初めて上場を果たし、設立60周年を迎えるホリプロを一線で率いてきた。そんな堀氏は運が悪い人といい人の違いについてはこう表現する。

「鈍感なるが故に運をパスしてしまったり、逆に欲をかいたりしてチャンスをものにできなかった人は、次はその倍のインターバルで運の風が来る。そこでまた失敗すると、また倍だから、二乗、三乗、四乗となるんじゃないかと」

科学的な根拠はないと堀氏は言うが、経験則から確信を持って話しており、不思議と説得力を持たせてしまうところが堀氏の人格を物語る。

そして、めぐってきた運を逃がさないために重要なのが「おっちょこちょい」であること。なんでもすぐに乗るフットワークの軽さが必要なのだという。

自身は「おっちょこちょい」であるが故に、失敗することもあったという。堀氏は初音ミクがデビューする10年以上も前に、伊達杏子という3DCGアイドルをデビューさせる。時代を先取りする発想であったが、失敗に終わった。

「後に仕掛けて失敗するのは恥。先に仕掛けて失敗することは名誉だと思っているから」

目の前にいるのは武士なのか。そう勘違いしそうになってしまうほどの高潔さだ。

■人生を畑仕事に例える

堀氏は自身の人生を畑仕事に例える。

堀 威夫『ホリプロって何だ?』(財界研究所)

「今回、ファウンダー最高顧問を退いたのが、人生の四毛作目。戦前の体験が一毛作目、音楽の世界に入って還暦までが二毛作目。還暦からこれまでが三毛作目だ」

三毛作目のテーマは、「違う自分になる」で、「女房以外はすべて変えた」という徹底っぷり。通勤も徒歩に変えたという。

「自分を欺くくらいでないと違う自分にはなれませんから。それと、僕は目標がないと生きていけないんです」

御年87となった今も、その方針に変わりはないようだ。

「四毛作目のテーマは『チャレンジ』。働き出してから初めて仕事を離れることになります。仕事から離れると寿命を縮めるぞと脅かしてくるやつもいる。でも、天下の素浪人としてどう生きられるのか挑戦してみようと」

激動の時代を生き抜いてきた力強さと人を惹きつける柔和な表情を併せ持つ堀氏。戦中戦後の体験談や自身が作り上げたホリプロを通してその半生を描いたのが本著だ。堀さん自身は「用がなくても会いたい」と思わせる人間的な魅力を持っていた。

----------

堀 威夫
1932年、横浜市生まれ。明治大学商学部卒業。学生時代からバンドを始め、人気を博す。60年にホリプロダクション(現・ホリプロ)を設立、和田アキ子、石川さゆり、森昌子、山口百恵、榊原郁恵ら数々のスターを発掘・育成。

----------

(プレジデント編集部 撮影=石橋素幸)