現場となった交差点を見つめる被害者のタクシードライバー(写真:筆者撮影)

写真拡大 (全4枚)


都内各地でタクシーを狙った悪質な当たり屋被害が続出している(写真:筆者撮影)

タクシードライバーを狙った悪質な当たり屋に、多くのドライバーが被害を受けている――。筆者にそんな情報が寄せられたのは、9月上旬のことだ。

自身もタクシードライバーを務める山田さん(仮名・50代)は、1年前に東京・新橋のマクドナルド前で、発車の寸前に飛び出してきた自転車の男性と遭遇した。彼は「後輪にぶつかった」と主張する。

明らかに怪しい人物ではあったが、面倒ごとを起こしたくない。タクシーセンターや会社に連絡がいけば、数日間の営業停止を命じられる可能性もある。何より個人タクシーの試験を控え、条件である「無事故無違反」を厳守したいがゆえに、警察も呼ばなかった。30分近い示談の結果、しぶしぶ3万円を支払ったという。

この話だけ聞くと、よくある突発的な人身事故と思われるかもしれない。だが、昨年から何人も同じような被害者が続出し、同様の被害にあったドライバーがいるとすれば、話は別だ。

どんな被害が出ているのか

山田さんが同エリアを拠点とする運転手たちに確認していったところ、まったく同じようなケースで金を払ったという運転手が続出した。支払った金額は3000〜3万円とまちまちではあるが、その被害数の多さから「集団的な計画的犯行も考えられる」と山田さんは言う。

直近の2年間で同様のケースの被害にあったという人物は、筆者が取材しただけでも10人を超えていた。だが、おそらくこれはほんの一部であり、実被害はこの何倍にも及ぶ可能性が高い。そして、示し合わせたようにその拠点は東京の港区と中央区、そして千代田区に集中している。

9月9日の23時40分ごろ。着け慣れた六本木4丁目の交差点前に停車していた大野さん(仮名・40代)は、バックミラー越しに車道を走る自転車の存在を確認していた。この日は先輩社員と一緒に、六本木の乗客を乗せるためにこの場所に移動していた。

目視で、先輩の車が後ろにつけているのを確認する。信号が青に変わり、左折しようとしたその時、不自然に車と車の間を通ってきた1台の自転車が外側のフェンダーミラーを擦っていった。大野さんに“当てた”という感覚はなかったというが、男性が自転車を降り、こちらに向けて手を挙げてジェスチャーをしている。


携帯電話を片手に当時を振り返る大野さん(写真:筆者撮影)

「やってしまったかもしれない」

想定外の“事故”により、大野さんの頭は真っ白になった。

「降りてこいや! まず謝るのが先やんけ!」

コテコテの関西弁でまくしたてる男は、開口一番にそうすごんだ。身長は170センチ前後で、中肉中背。見た目は30代前半に見えるが、Tシャツ、半ズボンにサンダルを合わせた服装に、スポーツタイプの自転車といういでたちは、とても会社員とは思えなかった。

男性の呼びかけに応じ、車を降りたことで悲劇は始まった。

「バリバリの関西弁で攻められて、ビビってしまったんでしょうね。そして、そのあとは急に口調がトーンダウンして、雑談が始まった。その緩急にやられてしまったんです」

話し合いは実に50分にも及んだ。辟易した大野さんは、警察を呼んで事故として処理しようとしたという。だが、この男性は話を濁し、「このあと予定もあるし、事を荒立てたくないので、警察を呼ばなくても解決できる方法がある」と提案してきたのだ。

自転車の転倒はなかったが、男性は腕にケガを負ったと強く主張する。突然自分の趣味だというサイクリングの話をしてきたかと思えば、レントゲンの相場はだいたい2万円ほどですよね、と持ちかけてきたという。

「完全にシナリオができ上がっていた」

「今から思えば、完全にシナリオができ上がっていた。『このあと用事があり、急いでいて、警察を呼ぶと現場検証や調書をとったりと時間がかかる。運転手さんも免許の点数引かれたくないでしょ。タクシーセンターに連絡を入れましょうか? それよりももっと建設的な解決方法もあるはずなので話し合いましょう』というんです。

タクシードライバーなら誰しも、免許の点数は引かれたくない。保険の手続きも複雑です。そして何より、事故を起こすと会社からの追及も受けるし、収入に直結する。

男性からは、直接的な金銭要求はありませんでしたが、私は3万円くらいのお金で解決できるならそうしたいと思い、財布を取りに車に戻ろうとした。事故を起こしてしまったかもしれないという緊張感と、長時間に及ぶ話し合いで私の頭は完全に麻痺してしまっていたのです」

ドライバーと当たり屋のやり取りを後ろで確認していたのが、冒頭の山田さんだ。自身も1年前に新橋で同様の当たり屋詐欺によって3万円を支払った人物でもある。

後輩ドライバーが延々と外で話し込む様子を見ていると、自分が金を払わされた人物と特徴が類似していた。大野さんが車に戻ろうとしたとき、急いで制止した。山田さんはこう回顧する。

「交差点で車と車の間に入ってくるような運転があまりに不自然でした。それで注視していたら、後輩と話し合う男が、僕がやられた人物とそっくりなんです。それで、『こいつは当たり屋だから金を払う必要はない。警察を呼ぼう』と言って私も出ていきました」


大野さんが被害にあった六本木4丁目の交差点(写真:筆者撮影)

すると、男は「こちらもそんな大きなケガではないし、急いでいるので」と述べ、逃げるようにその場を離れていったという。

タクシードライバーにとって過失事故はタブーとされている。それが人身事故であろうものなら、一発で免許停止ということもありえるからだ。物損であれ、自費負担を強いられることも多い。

さらに営業所へのクレームや、ドライバーが最も恐れる「タクシーセンター」に連絡がいこうものなら、仮に過失がなくとも数日間の業務停止に至る可能性もある。

それだけに軽い人身事故であれば、過失の裁量がハッキリしなくとも金銭で解決してしまおう、というのが大抵のドライバー心理というわけだ。そこにつけ込んだ当たり屋の行動は非常に悪質であり、計画的であるといえる。

どんな場所で被害が出ているのか

ほかのドライバーたちの話をまとめると、同様の事案が起きた場所は、最も多いのが銀座、次いで六本木、麻布十番、八重洲、新橋、祝田橋、兜町といった都内の中心地である。昨年3月に祝田橋交差点で被害にあったドライバーが、その実態を語る。

「3、4年前にも新宿や大久保辺りで当たり屋集団による被害が相次いだ時期があったんです。ただ近年ではほとんど聞かなくなり、令和の時代にこんな古典的な詐欺行為を行う輩がいるなんて、ドライバーも思ってないわけです。

場所も銀座や丸の内、東京駅周辺や新橋と、サラリーマンが多い場所ですから。だからこそ、コロッと騙されてしまったというのもあります。

私は怪しいと思い、支払った額は、財布に入っていた3000円だけでした。腑に落ちないと思っていたら、1カ月後に同僚から『当たり屋に遭遇した』と連絡があったんです」

そのわずか1カ月後。日本きっての証券街である兜町に着け待ちしていた吉岡さん(仮名・40代)のタクシーに、1台の自転車が突っ込んできた。一方通行の細い路地で一時停止をし、発進前には充分な安全確認をしていただけに、驚きを隠せなかった。

「発進と同時に、私の右側からスポーツタイプの自転車がサイドミラーギリギリのところを通り抜けようとしたかと思えば、『今当たりましたよね』と言ってきた。こちらは当てた感覚はありませんから否定すると、かなり強い関西弁で、『誠意を見せろ』と脅してきた。

本人は『俺はこの辺りでコンサルティングとして働いており、素性は確か。金に困っているわけではないが、あなたから誠意が感じられないから示してほしい』と明らかに金銭を要求しているのだろうな、と感じた。

見た目はIT企業でSE(システムエンジニア)でもやってそうな風貌だったので、そのギャップに私も気が動転しましたが、これは先輩と同じケースでは、と思い立ちました」

吉岡さんが先輩運転手に連絡してみると、やはり先月と同様の当たり屋だったという。通報したところ、駆けつけた警察官による取り調べが始まった。だが、直接的に金銭を要求したわけでもなく、事件として処理されることはなかった。

「被害届を出そうにも、こういったケースでは捜査を続けるのは難しいと言われてしまった。事件化してないため、男性の顔写真も名前も出せず、注意喚起もできない。警察も当たり屋の存在を把握しているのは間違いないですが、証拠不十分という判断になってしまった。

ドライバーもできれば表面化はしたくないのが本音ですが、私のあとにも同じように被害にあったドライバーが後を絶たない。誰かが声を上げる必要があると感じたんです」

近日中に連名で被害届を提出も

当たり屋に遭遇したドライバーが勤務する会社にドライブレコーダーの確認を依頼したところ、「企業として対応することは難しい」とのことだった(通常、タクシー会社のドライブレコーダーの保存は2、3日間と短い)。

多くのドライバーが泣き寝入りしてきた港区、中央区を中心としたこの「令和の当たり屋」詐欺だが、事態を重くみたドライバーたちが集まり、被害者の連名で近日中に被害届を出すことも視野に入れているという。

現在のところ、ほかの運送業車両や一般ドライバーに対しての当たり屋行為は明るみに出ていないというが、今後はその余波が及ぶ危険性も秘めている。コロナ禍で弱ったタクシー業界を狙った計画的な当たり屋行為は、倫理的にも、その姑息さからも、到底看過できるものではない。