首相官邸に入る安倍晋三首相。体調不安説が広がっている(8月20日、写真:時事)

体調不安説が広がり、安倍晋三首相の求心力が急速に弱まる中、二階俊博自民党幹事長と菅義偉官房長官の急接近が永田町の注目を集めている。

自民党総裁である安倍首相に代わり、二階氏が自民党の最高実力者となる一方、内閣では菅氏が指揮官となりつつある。両氏が連携を密にすることで、政界では「政権は今や、二階・菅の『2頭立て態勢』になった」(自民長老)との見方も広がる。

再度の検査で乱れ飛ぶ憶測

安倍首相はお盆明けの8月17日に、かかりつけの慶応大病院で7時間半もの検査に臨んだ。1週間後の24日にも4時間近い追加検査を受けたことで、政界では「近日中に退陣表明」「臨時代理に任せて入院」などの憶測が乱れ飛んだ。

24日の追加検査後、首相官邸に入る際に安倍首相は「今日は先週の検査の結果を詳しくうかがい、追加的な検査を行った。体調管理に万全を期して、これからまた仕事に頑張りたい」と淡々とした表情で語った。 

その一方で、同日に首相としての連続在職記録を更新したことについては「7年8カ月、国民にお約束したことをいかに実行するか、日々全身全霊で取り組んできた。その積み重ねで現在がある」と笑みを浮かべながらはっきりとした声で語った。

安倍首相はその後、コロナ対策の会議などをこなし、午後7時前には帰宅した。周辺によると、月内にも本格的な首相記者会見を開き、コロナ対策と自らの健康状態について説明する方向だ。

これを受けて、政界が騒然となった安倍首相の「病気による早期退陣」説は、いったんは沈静化の方向となっている。ただ、25日に予定された自民党役員会は中止され、在職記録更新に伴い二階氏が企画していた27日の「お祝いの会」も見送りとなった。安倍首相の体調悪化に対する政府与党内の懸念はなお拭いきれない。

こうした安倍首相の体調不安説に伴い、「党と内閣の事実上の主役」(自民幹部)となったのが二階氏と菅氏だ。両氏の動きに、政界だけでなく国民の注目も集まりつつある。

菅氏は「首相はこれまで通り執務を続けている」と繰り返し、二階氏も「首相を全力で支えるのが自分の務め」と語るが、その表情には近い将来の「ポスト安倍」候補を差配しようとの気概もにじむ。

二階氏が幹事長に就任したのは2016年夏。それ以来、第2次安倍政権は麻生太郎副総理兼財務相と二階、菅両氏が「政権の3本柱」として安倍1強を支えてきた。ただ、3氏の首相との距離は三者三様で、相互に牽制し合いながら、それぞれの立場で内閣や党を動かしてきたのが実態だ。

二階・菅氏は親密ぶりをアピール

首相経験者でもある麻生氏は、安倍首相の長年の盟友で後見人を自任している。「首相の精神安定剤」として独自に振る舞い、危機管理や人事を担う菅氏と重要な局面での意見対立も目立ってきた。

一方、自民党ナンバー2として党運営を委ねられた二階氏は、「百戦錬磨の寝業師」(自民幹部)として党内ににらみを利かせ、安倍首相も「最も政治的技術を持った人」と評価してきた。ただ、野党の保守系議員の取り込みなど「政界駆け込み寺」と揶揄される二階派の露骨な拡大戦略で、麻生氏や岸田文雄政調会長ら他派閥の領袖とのあつれきも生じている。

これまで「つかず離れずの関係」(自民幹部)を続けてきた二階、菅両氏だが、2019年9月の党・内閣人事で安倍首相が岸田氏の幹事長起用を模索した際に、菅氏が二階氏続投で安倍首相を説き伏せた辺りから、連携が深まったとされる。安倍政権がコロナ対応で迷走した通常国会の閉幕前後から、政局の節目ごとに会談し、親密ぶりをアピールしてきた。

安倍首相の体調不安説に政界が騒然となっていた20日夜も、両氏は国会近くの日本料理店で会食した。両氏の会談は3カ月連続で、約2時間半にわたった密談の内容も「政局の分析と対応が中心」(二階氏周辺)だったとされる。

与党内では「首相の体調不安も踏まえ、党・内閣人事の行方や衆院解散の可否、さらにはポスト安倍候補の品定めなどで、本音を語り合った」(閣僚経験者)との憶測も広がる。

政権危機もささやかれる中で会談を重ねる二階、菅両氏は、「菅さんは立派な指導者でポスト安倍の有力候補」(二階氏)、「二階さんが党をしっかり主導してくれている」(菅氏)などと互いに熱いエールを送り合う。ただ、そのこと自体が「ポスト安倍をにらんだ両氏の権力拡大戦略」(自民幹部)と受け取る向きもある。

二階氏は81歳、菅氏は71歳。10歳の年齢差はあるが、政治家としての共通点は多い。両氏とも国会議員秘書を長く勤めて政治家修行をし、二階氏は和歌山県議、菅氏は横浜市議を経て中央政界入りしたいわゆる「叩き上げ」だ。

両氏とも観光業界との関わりが深く、コロナ感染第2波の最中の7月下旬に、各界から噴き出す反対論を押し切って菅氏が「GoToトラベル」の前倒し実施に踏み切ったのも、二階氏の後押しがあったからだとみられている。

たたき上げvs世襲エリート

地方政治を経験した両氏は、中央政界入り後も地方振興に力を入れ、二階氏の発案で9月に発足する地方創生関連の議員連盟では、菅氏が呼びかけ人に名を連ねている。両氏はまさに「土の匂いのする政治家」(古賀誠元幹事長)の代表格でもある。

これに対し、安倍首相と内閣の大黒柱の麻生氏は、どちらも祖父が首相という名門出身で、代表的な世襲政治家だ。若手時代に「都会育ちのお坊ちゃん」(自民幹部)と揶揄されてきた点も共通しており、「苦労人」の二階、菅両氏の対極に位置する。このため、政界では「安倍、麻生両氏は籠に乗る人で、二階、菅両氏は籠を担ぐ人」と色分けされてきた。

ただ、ポスト安倍政局では菅氏が有力候補と目されるなど、状況は変わりつつある。政界では安倍、麻生、二階、菅の4氏が「それぞれキングメーカーを狙っている」(自民長老)と見る向きもある。

二階氏と菅氏の接近は、安倍首相と麻生氏による後継選びに対抗する動きともみられている。このため、自民党内では「すでに『安倍・麻生対二階・菅』の権力闘争が始まっている」(幹部)との見方も出ている。

安倍首相の体調次第ではあるが、当面は9月中に予定されている党・内閣人事が政局の焦点となる。これまでは安倍首相が後継者と期待する岸田文雄政調会長の幹事長就任など、現体制を一新する可能性も取り沙汰されてきたが、安倍首相の健康不安により「人事自体が先送りされるか、やっても小幅にとどまる」との見方も浮上している。9月に入っても現状が続けば、安倍首相が人事の主導権を握るのは困難と見る向きが多いからだ。

「二階外し」を伴う岸田幹事長説についても、「岸田氏を評価していない二階、菅両氏が抵抗すれば無理」(自民幹部)との見方が支配的だ。このため、安倍首相が退陣表明せずに体調不良を押して人事を強行しても、二階・菅連合に主導権を奪われる可能性があり、「そのこと自体が安倍首相の求心力をさらに低下させて、結果的に早期退陣につながる」(自民長老)との声が広がっている。