「図を描く」ことと、ビジネスの成功にはどんな因果関係があるのでしょうか(写真:adam121/PIXTA)

1枚の紙ナプキンに描いた事業構想の図から世界的なビジネスが生まれた。そんな逸話が数多くある。なぜ経営者たちは紙に図を描くのか。なぜそこに描かれた図は大成功につながる起点となるのか。

外資系の事業会社やコンサルティングファームを経て、いまはビジネススクールで教鞭をとり、『武器としての図で考える習慣:「抽象化思考」のレッスン』を上梓した筆者が、ビジネスで「図を描いて考える」ことの重要性と意味を解説する。

職場では「考えろ」とよく言われます。


「この問題についてしっかり考えろ」「もっといいアイデアを考えろ」

しかし、肝心の「考え方」については、上司は教えてくれません。みんな無意識か、自己流でやっていて、自然にできる人だけが身に付けていく。そんな感じだと思います。

私自身、いろんな人に尋ねられていちばん答えに窮する質問は、「どうやったら『深く考える』ことができるのか?」です。

でも、その答えの1つに「図で考える」があるような気がするのです。

図で考えることは、ビジネスで大きな武器を手に入れることになります。頭のいい人たち、仕事のできる人たちの多くが、図を使って考え、決断しているのです。

1枚の図が数十億円のビジネスを動かす

私が最初に「図」のパワーに遭遇したのは、30年前の就職活動中、世界的な戦略コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーでサマーインターンの機会に恵まれたときでした。PPMという、とても豊かな図を初めて知って、「目からウロコ」の体験をしたのです。


PPMは、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(Product Portfolio Management)の略で、とても豊かに大事なことを表現する力を持った図です。どの事業からキャッシュを生み出し、どの新規事業を育てるべきか。こういった経営課題を議論するための枠組みです。

「金のなる木」にある事業は、シェアが高くて市場はもう成熟しているのでキャッシュを生み出しているはず。その儲けたキャッシュを「問題児」にある事業(今は弱いけど、市場は伸びていて魅力的)に投入してスターにしよう。スターになれば、市場が成熟したとき、その事業は「金のなる木」になる。そうしたら、そこから生まれるキャッシュを再び「問題児」に……という「循環の戦略論」を、このPPMの図は表現しているのです。

なんとまあ豊かな図なのでしょう。

今では多くの人がPPMを知っていると思います。でも30年前はとても新鮮な全社戦略の考え方でした。

そして、何億、何十億円のビジネスが、こうした図を描いて検討され、ジャッジされていることに、当時は正直かなり感動したものです。

世界の名経営者たちも図で考えている

私の経験談だけでは説得力がありませんので(笑)、ここで、図を描いて事業を構想・ジャッジし、ビジネスを成功させた2人の世界的経営者をご紹介しましょう。

1人目はアマゾンの創業者、ジェフ・ベゾス。彼は創業後間もない頃、アマゾンのビジネスモデルの原点とも言えるべき図を紙ナプキンの上に描いたと言われています。ここで描かれたビジネスモデルによって、アマゾンは時価総額約1兆ドル(2020年1月)の事業へと成長しました。


(画像出所:Amazon.jobsHPより)

ゼネラル・エレクトリック(GE)を再建させたジャック・ウェルチもそうです。彼は1980年代初め、大企業病に陥り、業績が悪化していたGEのCEOに就任しました。当時のGEのビジネスは非常に多岐にわたり、経営資源が分散し、どれも中途半端でうまくいかない状況に陥っていました。

彼が試みたGEの立て直しは、その状況を根本から見直し、構造を変えようとするものでした。有名な「No.1、No.2戦略」です。このアイデアは、夫人とレストランで食事をしているときに着想し、紙ナプキンの上に描かれたと言われています。


(出所:ジャック・ウェルチ、ジョン・A・バーン著/宮本喜一訳『ジャック・ウェルチ わが経営』〈日本経済新聞出版〉より)

ウェルチは、ここに描かれた図の戦略を厳格に推し進めることによって、事業の選択と集中を進め、GEを立て直していきました。

なぜ図を描くと深く考えることができるのか?

このほかにも、最初のビジネスの着想を紙ナプキンの上に図で描いたという話は多く耳にします。もちろん、原因と結果を取り違えてはいけません。紙ナプキンの上にビジネスモデルを描いたからと言って必ず成功するわけではありません(笑)。

着目すべきは「図を描いた」ことです。彼らは図を描いて考えることで、より洞察深く考えることができ、優れたビジネスにつなげることができたのです。ここには少なからず因果関係があるような気がします。

ではなぜ図を描いて考えると優れた結果に結びつくのか?

図とは「紙1枚に描かれる線や丸や四角と言葉で表現されるイメージ」ということができます。紙1枚に描かれた図は思考の全体像になります。それは、現実から抽象的に切り出された本質的に大事なものであり、頭(とくに右脳)でいじることのできるイメージです。

なぜイメージしやすいのか。それは紙が「2次元」だからです。人は多くのインプットを2次元の画面から得て、頭で処理します。テレビ、雑誌、手帳、スマホ、看板、チラシ……すべて2次元。おそらく皆さんが、何か考える際に頭の中に描くのも2次元のイメージではないでしょうか。3次元で自由自在に考えられる人はそうそういないと思います。

また、図にすると、文章のようにあまりたくさんの情報を入れることができません。どうしても情報量が限られてしまいます。そうなると図に描けるのは、大事なものであり、論理であり、本質になるのではないでしょうか。

つまり、本当に理解すべき大切なことは結局図でしか表せない。あるいは図で表すのが最も手っ取り早い。なので意識して図で考えるようにすれば、深く考えられるようになる。そう思えるのです。

ちなみに、本稿で述べている「図で考える力」は、与えられた問題を解く力、受験を突破する力とは異なります。受験における論理は、与えられた問題に対して、すでにある解答を頭にインプットし、記憶し、アウトプットすることです(極端に言えば)。これは本稿で言うところの「深く考える」ではありません。

ここで伝えたい「考える」は、真っ白な紙の上に、自分の頭で発想し、ものごとを理解していくことです。解くべきお題を与えられ、答えへの道筋がすでにわかっていることを試されるのとはまったく訳が違います。

真っ白な紙の上からスタートするのですから、何を考えるべきかも含めて考えなければなりません。これは、「本当の問題は何か」を考える問題設定の課題であり、100%正解のない問題に対して答えを出していくということでもあります。こんな能力はなかなか受験勉強では鍛えられません。
だから、高学歴の人と、「深く考えている」人の間の相関は必ずしも高くないのです。

図は完成しなくてもいい

本稿では、考えるうえで「図を描く」ことの重要性を示してきましたが、最後に大事な話を付け加えておきます。それは、「図は完成しなくてもいい」ということです。

図を描くという作業は、「考えるプロセス」そのものです。図との対話によって考えを広げ、深めるのが「図を描くこと」の目的です。決して完成させることが目的ではなく、図を拙速に完成させること自体に意味はありません。図を完成させることに意識が向きすぎると、図から学べなくなります(それゆえ、資料作成に意識が向いてしまうパワーポイントで図を描くことは避けたほうがいいと思います)。

図はじっくりと寝かせればいいのです(ワインのように)。未完成の図を宙ぶらりんにする居心地の悪さに耐えながら、頭の中でイメージを反復し、発想が湧くのを待つ。

これが「図を描いて考える」あるべき姿だと思います。