サッカースターの技術・戦術解剖
第19回 ヨシップ・イリチッチ

<希少な長身レフティのアタッカー>

 2019−20シーズンのセリエAで注目を集めたアタランタ。順位もインテルと1ポイント差の3位につけ、残るは最終節のみ。現時点で98ゴールとぶっちぎりの得点力を誇る。


アタランタで活躍するヨシップ・イリチッチ(写真左)とアレハンドロ・ゴメス(同右)

 ユベントスやインテルのようなスター軍団ではなく、ジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督の指導力が光るアタランタだが、そのなかでも不可欠の二枚看板がアレハンドロ・ゴメス(アルゼンチン)とヨシップ・イリチッチ(スロベニア)だ。

 2シャドーを組むゴメスとイリチッチは、身長165cmと190cmの凸凹コンビ。どちらもゲームをつくれて、アシストも得点もできるアタッカーだが、プレースタイルは対照的だ。

 キレのいいドリブルとパスでリードするゴメスに対して、イリチッチは長身らしいゆったりとしたプレーぶり。だが、懐に入れたら奪われないドリブルと正確なパス。そして十八番のカットインからの左足のシュートがある。

 イリチッチは主に中盤の右サイドでプレーするが、トップ下もやれるし、ボランチの経験もあるという。これだけの長身のサイドプレーヤーは珍しいかもしれない。

 サイドを担当する選手に求められる重要な能力がスピードだ。速さは筋肉の質にもより、速筋繊維の割合で決まるので生まれつきの才能と言っていい。

 イリチッチは遅くはないが特別に速くもない。スプリントを繰り返せるタフなタイプでもない。やはり優れた技術とビジョンがそれを補って余りあるので、サイドでプレーできているのだろう。

 長身のサイドプレーヤーで左利き――イリチッチと似た選手は、いそうでいないと思う。

 思い浮かぶのはピート・カイザーだ。1970年代のアヤックスの中心選手。正確な身長はわからないが、当時の映像を見ると明らかに周囲の選手より頭一つ以上大きい。180cm以上はありそうで、現在のフィールドにおけるイリチッチと似たシルエットである。

 プレースタイルはさらに似ている。カイザーは左ウイングなのでプレーするサイドがイリチッチと違うが、長身にもかかわらず軽快で足下が異常に柔らかい。カイザーがプレーした60〜70年代には珍しかったシザーズもやたらとうまい。

 左足のキックは独特で、きりきりとカーブしながらターゲットへ柔らかく届く。アヤックス一筋でプレーして31歳で引退したカイザーは、ヨハン・クライフと双璧のエースだった。

 もうひとり、思い浮かんだのはリバウド。ブラジル代表のレジェンドで、左足の強烈なシュートと巧みなテクニックでセレソンの10番を担っていた。身長は185cm、ブラジル代表ではトップ下だったが、バルセロナでは左ウイングでプレーしていた。ただ、リバウド自身はサイドでのプレーが不満で、ルイス・ファン・ハール監督とそのことで確執があったのはよく知られている。

 長身のレフティはたくさんいるが、サイドでのプレーヤーとなると、やはりあまり思い浮かばない。イリチッチは希少種のひとりということかもしれない。

<ローカルヒーロー>

 相棒のアレハンドロ・ゴメスもそうだが、イリチッチは「ちょうどいいスター」だと思う。アタランタには不可欠で、もっと大きなクラブでもプレーできるだろうが、32歳の年齢は移籍するにはネックだろう。

 世の中、レアル・マドリードやマンチェスター・ユナイテッドのようなビッグクラブばかりではない。と言うより、そんなチームはピラミッドの頂点にいるほんのひと握りだけだ。圧倒的多数はそんなにビッグでもリッチでもない。

 たとえば、中東資本が参入して超リッチになる前のパリ・サンジェルマン(PSG)は、フランスリーグではビッグでリッチだが、ヨーロッパ全体となるとそこまでではなかった。

 もちろんチームにスター選手はいたが、そんなにスーパースターでも意外と困る。ジョージ・ウェア(リベリア)やロナウジーニョ(ブラジル)は、その意味でクラブの規格に合わないぐらいのスーパースターだったので、すぐに移籍してしまった。ウェアはミラン、ロナウジーニョはバルセロナで、それぞれバロンドールを受賞している。

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 バロンドールを獲るぐらいの才能は、その頃のPSG規模のクラブでは長くプレーしなかった。それよりも、チームの中心として長くプレーしてくれるスターのほうがクラブにとっては有り難い。当時はライー(ブラジル)やパウレタ(ポルトガル)くらいがちょうどいいスターだった。

 若くて才能に溢れていると、すぐに上位クラブに引き抜かれてしまう。アタランタもずいぶん引き抜きに遭ったが、ゴメスとイリチッチが残っているのは彼らがベテランの域で、次の転売がしにくいという事情もあるに違いない。22歳だったら、ふたりともとっくにアタランタから移籍しているはずだ。

 どのぐらいのスターが、そのクラブにとって「ちょうどいい」のかは、それぞれの事情や状況次第だろう。

 バレンシアのダニエル・パレホ(スペイン)は、ちょうどいい感じがする。レアルやバルサでもプレーできる力がありながら、バレンシアの主将という位置づけがちょうどいい。マルセイユのディミトリ・パイエ(フランス)や、レスターのジェイミー・バーディー(イングランド)もちょうどいい。

 一方、マジョルカの久保建英はよくはない。レアルには早いかもしれないが、マジョルカのエースで収まる器ではない。PSGのキリアン・エムバペ(フランス)も、本人はちょっとムズムズしているかもしれない。もっと相応しい舞台があるだろう。

 所属するチームと本人のバランスがとれていないと、チームにとっても本人にとっても幸福ではない。

 2017−18シーズンからアタランタに加入したイリチッチは、11ゴールで自分の力を証明し、次のシーズンも12ゴール。クラブ史上初のチャンピオンズリーグ(CL)出場に貢献した。そして今季のCLではラウンド16のバレンシア戦2試合合計で5ゴールの大暴れ。CLのホーム&アウェー2試合で5点以上決めたのは、ほかにリオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドだけだ。

 正確な左足のキックと抜群のキープ力、確かな戦術眼を兼ね備えたイリッチッチはアタランタのスターだが、ハードワークも惜しまない。バルセロナのスターなら守備はしなくても大丈夫そうだが、アタランタではそうはいかないのだ。

 ちょうどいいローカルヒーローの存在は、地元ファンにとっての自慢で誇りだ。PSGのファンはロナウジーニョを忘れるかもしれないし、バルセロナのファンが思い出せない、鳴り物入りで来たが不遇に終わったスターはたくさんいるに違いない。

 しかし、アタランタのファンがイリチッチを忘れることはないだろう。