キャッシュをどれだけ持っているかが不況に耐える力を左右する(写真:yongyuan/iStock)

新型コロナウイルス感染症の世界的な広がりが経済に暗い影を落としている。

今回のパンデミック(世界的な流行)が与える経済へのインパクトを1930年代にアメリカで起きた「世界大恐慌」と重ね合わせる専門家が多くなってきている。当時の失業率は30%程度まで拡大した。日本に当てはめれば1800万人が失業するような異常事態だ。リスクマネジメントとは、つねに最悪のシナリオを想定して、それを乗り越えるシミュレーションをして準備する必要がある。

ところが、日本ではまだそうした緊張感や切迫感が希薄なような気がしてならない。その背景には企業が抱える463兆1308億円(2018年度)とも言われる「内部留保」があるのかもしれない。

「うちは従業員の給料の数年分の内部留保があるから倒産しない」――大企業であればあるほど、安心感がある……。そんなイメージを持っている人も多いのではないか。しかし、この新型コロナウイルスとの戦いを、世界的な規模で人類とウイルスが戦う戦争と考えると、そう簡単に解決できるような代物ではない。

そもそも、日本人の多くは「内部留保」を間違った概念で考えている人が多い。内部留保とは、企業の「内部に蓄えた利益」ではなく、現金や預金のみならず国内外の債券や株式に投資した「自己資本」の1つと考えたほうがいい。

日本企業の場合、通常2〜3カ月分の売り上げに匹敵する運転資金をキャッシュ(現預金)で持っていれば比較的安全というのが一般的な認識だが、これから先もそれで持ちこたえられるのか。昔と比較して、大きく様変わりしたと言われる日本企業の財務体質について考えてみたい。

アベノミクスで増え続けた企業の現預金

そもそも内部留保とは何か。簡単に説明すると、1年間に稼いだ「純利益」から配当などを差し引いた言葉で、決算上は「利益剰余金」として処理されるのだが、実は法令で定められたものではない。

要するに企業が稼いだ利益から配当など社外に出ていったものを除いて、内部留保と呼んでいるにすぎない日本独特のものだ。大きく分けて企業内にそのまま留保される「社内留保」、そして貸借対照表上に計上して処理される「利益剰余金」と考えていいだろう。

日本の上場企業の社内留保463兆円という数字は、この社内留保と利益剰余金を合計した金額と言っていい。さらに、ここに「法人企業統計上の内部留保」というものもある。2016年度の数字では次のような構成になっている(金融業、保険業を除く、財務省「法人企業統計調査」より大和総研調べ)。

社内留保(損益計算上の企業に残る最終利益)……30兆円
内部留保(貸借対照表上に計上される蓄積された利益剰余金)……406兆円
法人企業統計上の内部留保(資金調達の内訳の中にある数値)……48兆円

そもそも日本企業が内部留保をため込むきっかけとなったのは、リーマンショックや安倍政権誕生と大きな関わりがあると考えられている。いつの間にか「内部留保=企業の貯蓄」のようなイメージをもたれてしまっているが、日本企業の内部留保が急速に増えたのもアベノミクスと大きな関係があるということだ。

内部留保=現預金ではないのだが、日本企業の現預金がここ10年以上、増え続けてきたのは間違いない。法人企業統計によると、企業の現預金が増え始めたのはリーマンショックの2008年前後からだ。

以前の企業は、現在の欧米の企業同様に現預金の積み上げを回避する傾向にあった。それが、2008年度のリーマンショックを機に日本企業の現預金は加速度的に増していく。実際に、2000〜2009年度までの企業の現預金の伸びは年率1.2%だが、2009年度から2016年度には年率4.3%と伸びている。

現預金は150兆円→211兆円に

金額にして、2009年度には150兆円程度だったのが、2016年度には211兆円にまで増えている。この背景には、日本銀行による異次元緩和の影響が大きい。日銀が量的緩和で市中の日本国債を大量に買い入れたため、その資金が巡り巡って家計や企業の現預金に回っていく。

しかも、企業はその現預金を従業員の賃金や株主への配当に回さずに、海外の企業買収(M&A)資金などに回した。本業のビジネスでは稼げないから、海外の利益の高い企業に投資して、利益を稼いできた。それが、日本企業の現実と言っていい。

さらに、M&Aなどの資金を銀行から借り入れて行うのではなく、内部留保の現預金で行ってきた。その背景には、借り入れのようなリスクを取りたくないというのもある。また、内部留保が多いと銀行に対する信用度が増すために、資金調達の1つの方法になっていると考えられる。

無借金経営の企業が多いのも、そうした背景があるからだ。その反面で、株主からは増配を求められ、政府からは「内部留保課税」を課すプレッシャーをかけられる。従業員からの賃上げ要求は、労働組合を形骸化することで免れてきた。

実際に、実質無借金企業の割合は、2008年度には37.3%(財務省財務総合政策研究所調べ、TOPIX500から金融機関を除いた企業)だったのが、2017年度には51.7%(同)に達している。アメリカの18.3%(2017年)に比べれば大きな差だ。

さて、問題は内部留保の使われ方だが、貸借対照表上の統計では、内部留保は大きく分けて「有形固定資産」「投資有価証券」そして「現預金」に分けられる。これらの2006年度から2016年度の推移を見ると、次のようになる(財務省年次別法人企業統計)。

投資有価証券(株式や債券など)……179兆円→304兆円。125兆億円増(+69.7%)
現預金(預金などのキャッシュ)……147兆円→211兆円、64兆円増(+43.4%)
有形固定資産(設備投資)……464兆円→455兆円、−9兆円(−2.0%)

ちなみに、同じ10年間で内部留保のほとんどを占めている「利益剰余金」は252兆円から406兆円と、153兆円増えている。プラス61.0%の伸びだ。この10年間の企業の「負債及び純資産合計」は1390兆円から1647兆円と、257兆円増えており、伸び率+18.5%から考えても、内部留保の伸びは顕著だ。

要するに、企業は内部留保の格好で資産を貯めているのだが、その蓄えた資金を設備投資に回したりせずに、主として国内外の株式や債券に投資していると考えていい。また、現預金も総額で211兆円もため込んでいる。

ただ、言い換えれば内部留保とはいっても比較的自由に使える資金は、現預金の211兆円しかないとも言える。

今回の新型コロナウイルスによる経営危機で、従業員への支払いや固定費の支払いなどで多額の資金が必要になるわけだが、それで賄えるかどうかだ。

コロナで生き残れる企業と生き残れない企業?

そこで、注目されるのが新型コロナウイルスによる経営危機で、日本企業は生き残れるかどうかだ。今回のパンデミックは、世界中の企業が破綻の危機を迎える可能性があることを示している。

企業が破綻する最も多い状況は、手持ちの資金が枯渇して破綻するケース。リーマンショック時のリーマンブラザーズのように、潤沢な資産を持ちながら、目の前の決済に必要な資金が確保できずに経営破綻するケースだ。

そこで注目されるのが、「ネットキャッシュ」という概念だ。手持ち資金が豊富な企業の財務体質は健全であり、パンデミックのような状況でも強いと考えられる。ネットキャッシュというのは「現預金と短期保有の有価証券の合計額から、有利子負債と前受け金を差し引いた」金額のこと。

例えば、東洋経済オンライン編集部は、年に2回、ネットキャッシュに関わるランキングを公開している。そのベスト10を見ると、次のようになっている。

<手元流動性(ネットキャッシュ)が潤沢な企業ベスト10>
1位 ソニー……1兆4351億円
2位 任天堂……1兆0829億円
3位 信越化学工業……1兆0274億円
4位 東芝……9008億円
5位 キーエンス… 8632億円
6位 SUBARU……8512億円
7位 ファナック……6221億円
8位 京セラ……6042億円
9位 ファーストリテイリング……5865億円
10位 SMC……5443億円
(出所:東洋経済オンライン「最新版!これが『金持ち企業トップ500社』だ」2019年12月4日配信)

例えば、1位ソニーの1兆4351億円のネットキャッシュの内訳は、現預金1兆4700億円、短期保有有価証券1兆3245億円。ただし有利子負債1兆3594億円はマイナス材料になる。健全性の高い企業と言われる有利子負債0円という企業も、任天堂やキーエンス、ファナックなどがランクインされている。

ただし、これらのランキングはあくまでも平時の企業財務の健全性を測る目安と言っていいのかもしれない。問題は、「短期保有有価証券」の額だ。短期保有有価証券というのは、例えば債券の場合、決算日から満期までの期間が1年以内であれば「短期保有有価証券」となり、1年超であれば「投資有価証券」となる。

短期保有有価証券を換金する動きもありえる

詳細は省くが、どちらも内部留保なのだが、問題はパンデミックのような状況下で、市場で売買されている債券や株式を内部留保に組み入れている企業だ。子会社化した企業の株式という形で保有しているケースもあるが、市場価格のある有価証券であれば、価格変動のリスクを受けることになる。

現預金で1兆4700億円もあるソニーのようなケースでは、あまり問題ないかもしれないが、現預金があまり多くなく、短期保有有価証券をたくさん持っているような企業の場合、そして有利子負債も多い企業の場合、銀行などの緊急融資では間に合わずに、短期保有有価証券を市場で換金しようと考えるはずだ。今後、緊急事態宣言が長引いた場合には多数出てくることが予想される。

そうなれば、債券市場や株式市場は、再び「売り圧力」にさらされることになる。銀行に潤沢な資金が日銀から提供されてはいるものの、想定外に集中した場合、銀行からの融資がショートするような事態は、経済的なショック時にはよくあることと言っていい。企業もとりあえず有利子負債を増やすよりも、手持ちの短期保有有価証券を市場で処分しようと考えるはずだ。

実際に、パンデミックによる緊急事態宣言が出る前から、企業や家計で現金を確保しておく動きがあると言われる。株式や債券を売却して、現金化しておくことでいつでも使えるマネーを手元に置いておきたい、という動きだ。

今後、このままの状況が続けば、企業は一斉に内部留保を現金化して、賃金などの支払いに回すことが予想される。債券市場や株式市場でも大きく売られることになる。

株式市場も、日本銀行がETFを買って市場の価格を支え続けているが、今後は支えきれない状況になることが予想される。市場は、再び2番底を試す局面に陥る可能性が高いということだ。

債券市場も、売り圧力が高まると金利が徐々に上昇することになる。パンデミックの下では、人命に関わることなので財政出動に躊躇している余裕はないが、経済危機は何かのイベントが起きた後にやってくる。

短期保有有価証券が多い企業は油断大敵かも

どんなに手元流動性が豊かでも、例えば現預金が少なく短期保有有価証券や有利子負債が多いような企業は、盤石な財務状況とは言いがたい。また、有利子負債ゼロの優良企業でも、現預金が少なく、短期保有有価証券が多いような企業は、パンデミックのような状況では不透明だ。速やかに現預金を増やす動きに出るはずだ。

さらに、企業の中には極端にネットキャッシュが少ない企業もある。同じく本サイトで発表されている「手元資金に対し借り入れが多い会社」のランキングを見ると、その実態がよくわかる。列記しておくと――

<手元資金に対し借り入れが多い会社(10社)>
1位 ソフトバンク……−11兆8265億円
2位 武田薬品工業……−5兆0488億円
3位 東京電力ホールディングス……−4兆8901億円
4位 東海旅客鉄道……−4兆2062億円
5位 三井物産……−3兆8708億円
6位 三菱商事……−3兆7592億円
7位 関西電力……−3兆6728億円
8位 日本電信電話…−3兆3165億円
9位 住友不動産……−3兆1705億円
10位 東日本旅客鉄道……−3兆0107億円
(出所:東洋経済オンライン「最新版『借金が多い企業』ランキングTOP500社」2019年12月5日配信)

自動車ローンを扱っている自動車メーカー、そして金融系企業を除いたランキングだが、どの企業も有利子負債が莫大な額になっている企業ばかりと言っていい。

有利子負債が多いこと自体はそれほど大きな問題ではないのだが、やはり現預金の少ない企業は、現在のような緊急事態ではやや不安が残る。

よく言われることだが、企業倒産には「黒字倒産」という言葉があるように、資金がショートしてしまえば、倒産することになる。ソフトバンクのように、15兆6000億円もの有利子負債があるにもかかわらず、3兆8000億円の現預金しかない状況は楽観できないのかもしれない。しかも、ソフトバンクは世界中のIT関連企業に投資しているため、今後の資金調達方法には注目しておく必要があるかもしれない。

また、心配なのはパンデミックで世界の貿易がストップしている状況では、三井物産や三菱商事といった総合商社、そして観光収入が大きい東日本旅客鉄道なども大きな影響を受けやすいことだ。

もっとも、こうした社会インフラの要素が強い企業は政府が支援するだろうが、問題はリーマン級の「大きすぎて潰せない企業」が、今回は同時に複数出てくる可能性があることだ。政府が躊躇せずに救済できるかが大きな課題だが、安倍総理も、黒田日銀総裁も日常的に「躊躇せずに行動する」と言っておきながら、いざとなると躊躇しまくっていることが気になるところだ。

「現預金を除く内部留保」が多い企業は要注意?

本来、日本企業の内部留保が多いのは国際的にみるとやや異常だった。欧米系の投資ファンドなど「モノ言う株主」は、再三にわたって内部留保は株主に還元すべきだと主張していた。配当もしくは自社株買いによって株主に還元することで、利益を株主に還元するのが資本主義社会の考え方だ。

その点、日本企業の多くは従業員の低すぎる賃金に充てるでもなく、株主への配当も怠ってきた。では何をしてきたかと言えば、海外の株式や債券に投資してきた。

実際に、406兆円もある利益剰余金は、現預金の211兆円を除いた資金は別の形に変えている。これまで紹介してきたように残りの200兆円弱の資金が「投資有価証券」や「設備投資」「不動産」になっているわけだ。

言い換えれば、今後は「現預金を除く内部留保」が多い企業というのは、世界的な景気後退局面の中で、損失を出してくるケースが増えるはずだ。とりわけ、短期保有有価証券などはすでに大きく額面割れしているはずであり、今後相場が急速に回復することも望めない。企業によっては、意外と財務体質が弱いことが明らかになるケースも増えてくるはずだ。


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このパンデミックがいつ終息するかわからない現状では、今後はさまざまなリスクに備える必要がある。歴史的にみると、例えばペストが流行した14世紀のヨーロッパでは、それまで最も人々に信頼され、権力も握っていた教会が「信者を守れなかった」という理由で、急速にその権威を失ったと言われる。

現在、圧倒的多数で権力を握っている自民党も、コロナショック後には消えているかもしれない。それだけの覚悟を持って企業も生き残りを図る必要があるということだ。