三陽商会が展開する「ポール・スチュアート」の売り場(記者撮影)

高級紳士服「ダーバン」などを展開するレナウン。そして、「ポール・スチュアート」や「マッキントッシュ ロンドン」で知られる三陽商会。かつて名門アパレル企業と名を馳せた両社はまさに、存亡をかけた瀬戸際の戦いを迫られている。

3月26日、都内で開かれたレナウンの定時株主総会は、波乱の展開となった。取締役10人全員を再任する会社側の提出議案に対し、株式の53%を持つ親会社の中国繊維大手・山東如意科技集団が修正動議を提出。その結果、北畑稔氏(当時会長)と神保佳幸氏(当時社長)の続投が否決されたのだ。

レナウンは総会後に取締役会を開き、同日付で山東如意の邱亜夫(チウ・ヤーフ)董事長を会長に、レナウン取締役の毛利憲司氏を社長にする人事を決定。北畑前会長は顧問に、神保前社長は相談役に退いた。

動議を出すのか半信半疑だった

レナウンによると、山東如意から「経営体制を見直したい」との連絡が来たのは3月中旬のこと。すでに定時株主総会の招集通知を出した後だったため、臨時株主総会を別途開くことも提案したが、山東如意は「どうしてもこの時期にメンバー変更を行いたい」と譲らなかったという。3月27日の記者会見で前社長の神保氏は、「動議を出してくるか半信半疑で総会当日を迎えた。あまり例を見ない手続き(での社長交代)となってしまい非常に残念だ」と釈明した。


レナウンの毛利憲司・新社長は「山東如意との(信頼)関係は崩れていない。話し合いを密にして、関係強化に努めていく」と語った(記者撮影)

山東如意が動議を出した背景について神保氏は、「資本・業務提携から10年が経ち、残念ながら業績面で芳しい結果を出せなかった。10年の節目のタイミングで、経営刷新をしたいという思いが強かったのではないか」と説明する。

また、同じく27日の会見で登壇した毛利新社長は、山東如意側でも今年1月に各事業体の若返りを見据えた経営陣の入れ替えを行っていたことを挙げ、「レナウンも若返りが必須と考えたのだろう」と推察した。

レナウンは山東如意傘下となった2010年以降も、ほとんど業績が改善していない。不採算ブランドの整理・縮小は進めたが、提携当初にもくろんだ中国での販売拡大は失敗。主力の百貨店向けブランドの苦戦で2013年度以降は減収が続き、数年おきに営業赤字と営業黒字をさまよっている状況だ。


2019年12月期(10カ月の変則決算)は売上高502億円(前19年2月期は636億円)、営業損益は79億円の大赤字(同25億円の赤字)に沈み、決算書には「継続企業の前提に関する疑義注記」がついた。

業績悪化に対して親会社が経営陣の刷新を求めるのも理解はできる。ただ、直近の大赤字の理由の一端は山東如意側にもある。レナウンは同じ山東如意傘下の香港企業に綿花や羊毛などの原材料を販売しているが、その売掛金の回収が滞り、2019年12月期に53億円の貸倒引当金を計上した。

この取引において親会社の山東如意は連帯債務者であるにもかかわらず、M&Aなどに多額の資金を投入したことが主因で資金繰りに窮しており、レナウンへの債務保証を行えていない状態だ。レナウンの毛利新社長は「(山東如意の)邱董事長が会長となり、レナウンは山東如意と一心同体ということがより鮮明になった。新体制全員で未回収金問題の解決に当たっていく」と強調する。だが、いまだに売掛金の回収時期のメドは立っていない。

日本の消費動向に知見が乏しい山東如意

レナウンは今後の成長への切り札にECの拡大を掲げるが、市場関係者の間では「山東如意傘下のまま経営再建が図れるのか」といった懸念もくずぶる。紡績工場を祖業とする山東如意は小売りや日本国内の消費動向に知見が乏しく、「レナウンの経営は生え抜きの日本人の幹部に任せるままで、親会社としての的確な指示が出せていなかった」(アパレル企業元幹部)。


2010年の資本業務提携に関する会見に出席した山東如意の邱亜夫董事長(左)とレナウンの北畑稔社長(当時)(撮影:尾形文繁)

足元では、「ダーバン」や「アクアスキュータム」などの主力ブランドは新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛の影響を受け、売り上げの大幅減を強いられている。別の業界関係者は、「もはやシナジーはほとんど発揮できていない。このままレナウンの浮上の兆しが見えなければ、山東如意が出資から手を引く可能性もありえるのでは」と推測する。

レナウンは2019年12月末時点の現預金が53億円と、100億円弱あった約3年前から大きく減少。切り売りを続けた不動産などの保有資産もごくわずかとなった。毛利新社長は「資金繰りに関しては今のところ大丈夫。貸倒引当金の問題が解消されれば、攻めの姿勢に移ることができる」と話す。それでも今2020年12月期も売掛金を回収できないまま赤字が膨らめば、経営存続が危ぶまれる場面が出てくる可能性は否定できない。

三陽は株主が”身売り”を提案

レナウンと同様、度重なる赤字決算の末に瀬戸際に立っているのが三陽商会だ。屋台骨だったイギリスブランド「バーバリー」とのライセンス契約が2015年に終了し、その損失を「マッキントッシュ ロンドン」などのほかのブランドで埋め切れず、2016年度から3期連続で営業大赤字に陥った。


2018年末には販売職を除く社員の約4分の1に当たる247人の希望退職を実施し、人件費を大幅圧縮。さらに2019年夏には手薄な20〜30代の顧客開拓を狙った新ブランド「キャスト」を立ち上げ、約30店舗を一気に出店した。

だが、短編映画を使った広告手法が顧客にうまく訴求できず、出店立地とターゲット層が乖離しているなどといった問題も露呈。キャストの売り上げは想定を大幅に下回った。既存ブランドも不振が続き、2020年2月期(14カ月の変則決算)も営業赤字を計上する見通しだ。

この状況に業を煮やしたのが、同社株を約6%保有するアメリカの投資ファンド、RMBキャピタルだ。2017年から株主となったRMBキャピタルは2019年12月、戦略的パートナーへの会社売却の検討を提案する書簡を三陽商会に送付した。

RMBキャピタルの細水政和ポートフォリオマネジャーは身売りを提案した理由について、「高品質な縫製技術など三陽商会の優良な資産を有効活用するには、リストラを続けるよりも、ブランドのライセンスを保有する総合商社など大手の傘下で再建したほうがよいと考えた」と語る。ガバナンス体制強化のため、RMBキャピタルは5月に開催予定の三陽商会の定時株主総会に向けて、細水氏の社外取締役選任を求める株主提案も行ったという。

百貨店への集客依存があだに

三陽商会は2020年2月に、「ザ・ノース・フェイス」を展開するゴールドウインで副社長を務めた大江伸治氏を5月末付で代表取締役兼副社長に起用する人事を発表。経営体制の強化で再建を目指す意思の表れとも受け取れるが、業績回復に向けた具体策が示されないままでは、第三者への会社売却のシナリオも現実味を帯びてくる。

三陽商会はもともと、業界内で「お公家さん」と呼ばれるほど資産が潤沢な会社だった。それが3期連続の赤字に加え、新規施策やM&Aへの投資もかさみ、5年前に274億円あった現預金は昨年末に108億円にまで急減。2020年1月に発表した2020年2月期第4四半期の決算書には、「継続企業の前提に関する重要事象」が初めて記載された。

現在も銀座や四谷の自社ビルや大量の有価証券を保有しており、当面の資金繰りに問題はないにせよ、売り上げの減少に歯止めをかけることができなければ、数年後に経営が火の車となる可能性もある。

三陽商会レナウンも、百貨店を主要販路に、高品質・高価格帯の商品を主力としてきた点で共通する。百貨店が隆盛を誇った時代は売り上げもよかったが、現在の百貨店は都心・地方を問わず若者を中心とした顧客離れが深刻化。両社は長年にわたり百貨店の集客力に頼ってきたことがあだとなり、新規客獲得のために商業施設に直営店を出したり、若年層に合った価格帯の商品を展開したりするノウハウが乏しかった。時代の変化に合わせて柔軟に経営の舵を切れないまま、百貨店依存から転換するタイミングを見失っていった。

新型コロナウイルスの感染拡大により、国内では消費マインドの大幅な低下が長引く可能性も懸念されている。かつての名門アパレルは、この難局を乗り切ることができるのか。株主からの視線も厳しさを増す中、両社に残された時間と体力は決して多くない。