いま振り返れば、それは一時、襲われた熱病に見える。約10年間という一過性の出来事だったと言った方が適切ではないか。海外観戦する意欲の低い国。これが本来の姿に見える。

 五輪がいい例だ。日本人は自他とも認める五輪好きの人種だが、これまで現地まで観戦に出かけた人は、選手の親族、友人以外にどれほどいるだろうか。過去9度(夏季大会5度、冬季大会4度)五輪を現地で観戦取材したこちらの経験に基づけば、各大会とも1万人に遠く及ばない数だったと推測できる。

 今年の東京五輪には海外から観戦者が大挙押しかけてくるとばかり、そのインバウンド効果を期待する日本人は少なくない。何兆円という経済効果が見込まれると、大はしゃぎするのは結構だが、日本人は過去の五輪で現地にどれほどお金を落としてきただろうか。インバウンドの話をする人は無数にいるが、アウトバウンドの話をする人はほぼゼロに近い。格好のいい話ではまったくない。現地に行ったこともないのに、訪れる人のことがよく分かるなと思う。

 日本のよさをどうアピールするかに頭を捻るのもいいが、ならばその分だけ外国のよさを学ぶ必要がある。このバランスが日本はとても悪いように思う。サッカーの現状に照らせば、悪化の一途を辿っている。

 新装なった国立競技場の善し悪しについても、海外にアウェー観戦に出かけたことがなければ本来、語ることはできないはずだ。比較対象を日本の過去に建てられたスタジアムに求めれば、それはよいスタジアムであることはハッキリしている。しかし五輪は国民体育祭ではない。世界的なビッグイベントだ。比較対象を世界に求めるのが筋だ。

 サッカー界では東京五輪の直前に、ユーロ2020が欧州各地のスタジアムで行われる。語るべきは、それらのスタジアムと比較してどうなのか、であるにもかかわらず、そうした視点はほぼゼロ。言い換えれば、国立競技場はその結果としての産物といっても過言ではない。

 私は東京五輪の陸上競技と競泳のチケットが当たったとか、私はサッカーとゴルフが当たっただとか、仲間内で報告し合っている姿を目にするが、その一方で外への関心は低下するばかりだ。サッカーファンには敢えてこう言いたい。そのお金があるならユーロ2020観戦に出向いた方が有益だと思いませんか、と。インバウンドではなくアウトバウンド効果が日本をよくする道ではないか。そう思わずにいられない2020年の初頭である。