ベトナム・ホーチミンの夜景


(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)

 ベトナムは「労働研修生」などという言葉と共に思い浮かぶ国である。現在、日本に滞在するベトナム人は約33万人。その数は中国、韓国についで多く、近年急速に増加している。

 ベトナム人は真面目でよく働くと言われて、日本での評判は概して良い。多くが大乗仏教徒であり、日本での生活において宗教的な違和感が少ない。イスラム教徒が多いインドネシアなどとは異なり、食事についても特段の注意を払う必要がない。

 そんなベトナムの人口構成はどうなっているのだろう。今回はベトナムの人口について調べてみた。

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TFR(合計特殊出生率)が急速に低下

 ベトナムの人口は現在9700万人。2040年に1億800万人になるとされる(国連人口予測)。まだ増えてはいるが、その増加率は急速に低下している

 図1に日本とベトナムにおけるTFR(合計特殊出生率)の推移を示す。1970年頃にベトナムでは1人の女性が6人から7人の子供を産んでいた。しかし、図に示すように2015〜2020年は2.06にまで低下した。

図1 ベトナムと日本のTRF(合計特殊出生率)
2020年以降は中位推計(出典:国連人口予測)


 なぜ、TFRがこのように急速に低下したのであろうか。1つの理由として1988年に導入した「二人っ子政策」がある。人口爆発を危惧したベトナム政府は人口抑制政策をとった。しかし、中国でもそうであったが、人口抑制政策を始める前にTFRは減少し始めていた。

 図1には参考のためにタイのTFRについても示した。二人っ子政策を行わなかったタイでも、TFRはベトナムに似た形で低下している。タイの2015〜2020年のTFRは1.53である。同時期の日本は1.37だから、タイでは日本並みに少子化が進行している。

 ベトナムのTFRはタイほど低下することなく2.0程度で底を打ったように見える。この傾向を受けて、国連はベトナムのTFRは今後も2.0程度で推移するとしている。

変化するベトナム人の価値観

 だが、ベトナムのTFRは本当に底を打ったのだろうか。

 ベトナムでは二人っ子政策は廃止された。そもそもベトナムの二人っ子政策は、公務員が3人目の子供をつくると左遷や減給の対象になる程度で、法的な拘束力はなかった。これまでのところベトナム人は概して早婚で、家族を大事にする伝統があるために、結婚してすぐに子供をつくっていた。しかし、当地に滞在していると、そのような傾向がこれからも続くとは限らないと感じる。

 中国で一人っ子政策を緩和してもTFRが向上しないように、ベトナムでも経済発展に伴って、TFRが今より低下する可能性が高い。それはハノイやホーチミンなど大都市で働く高学歴の女性がなかなか結婚しないケースが増えてきているからだ。

 アジアはコメを作ってきた。コメ作には多くの労働力を必要とする。そんな農村では労働力や後継を確保する必要があったために、「女は早く結婚して、子供をたくさん持つことが幸せ」との考えが支配的であった。20世紀に入って農村でも衛生状況が改善され、医療が普及すると、幼児死亡率が減少した。これが人口爆発を招いた。

 しかし、そんなアジアの国でも経済発展が始まると社会は大きく変貌する。人口の都市への移動が始まる。若い女性が働き場所を求めて都市部に移り始める。そうなるとTFRは急速に低下する。これはわが国では年号が昭和になった頃に始まった現象である。ベトナムでも同様の現象が生じている。

 このように考えると、ベトナムのTFRが今後も2.0付近で推移する保証はどこにもない。ベトナムもタイや日本と同様に少子化に悩む日が、遠からず訪れる。

ますます減少する若年層

 図2に2020年におけるベトナムの人口構成を示す。ベトナムの人口構成はちょっと変な形をしている。これは1986年に始まった「ドイモイ」と呼ばれる経済改革が1990年代に入って軌道に乗り、若者が都市に移動し始めたからである。その結果、1990年代生まれが少ない。

図2 2020年のベトナム(縦軸5歳刻み、横軸の単位は1000人)


 しかし1980年代に生まれた人が多かったために、団塊ジュニアとも言える現在0歳から10歳に相当する層が多い。今後は親となる世代が減少することから、新生児の数も減少する。それは図3に示す2040年の人口構成を見るとよく分かる。ベトナムも日本のように団塊世代と団塊ジュニアが出現する。

図3 2040年のベトナム(中位推計による予測)


 これはTFRが中位推計で推移することを前提にしているが(注:推計は高位、中位、低位のそれぞれのパターンで推移することを想定して行う)、これまで述べたように、今後TFRは、より低下する可能性が高い。その結果、0歳から20歳の層は、この図に見られる以上に減少するだろう。

アジアから日本に来る労働者はいなくなる?

 1990年代からベトナムでは順調な経済成長が続いている。現在の1人当たりGDPは2700ドル程度とされているが、推定法に問題があったとして現在校訂中である。新たに公表されるGDPは3000ドルを超えると言われる。

 現在のベトナムは1970年頃の日本に相当しよう。そこら中で土木工事が行われている。このような状態が続けば、2030年頃には1人当たりのGDPは1万ドル近辺になろう。それは現在のマレーシアの水準であり、先進国の入り口に差し掛かるといっても良い。

 ここで考えなければならないのは、日本の労働者の受け入れ政策である。一昔前には韓国から大勢の人が働きに来ていた。しかし、現在では飲み屋やコンビニで韓国人を見かけることはなくなった。いつしか中国人に変わり、その中国人も現在減少している。それは急速に経済が成長しているからであり、ベトナムについても韓国や中国と同じことが言えよう。

 文化が似ているアジアから労働者を受け入れることができる時間は、あと20年ほどと考えていた方がよい。早ければ10年後には、「日本に来てほしい」と言ってもアジアから日本に来る労働者はいなくなってしまう。ここには示さなかったが、インドネシアなどもベトナムとそれほど変わらない状況にあるからだ。

 アジアの人に日本語を覚えてもらって、介護の手伝いをしてほしい。だが、それは虫のいい話である。あと10年もすればベトナムをはじめとするアジアの国々は少子高齢化社会の入り口に立つ。そうなれば日本の老人の世話をする余裕などなくなる。

 どうも、この頃の日本の政策は国家100年の計を考える視点に欠ける。10年程度しか有効でない政策ばかり考えている。目先のことしか考えられない。それは日本社会が本当に老い始めたからなのかも知れない。

筆者:川島 博之