たった1回転んだだけで「死亡」…高齢者転倒のヤバすぎる実態 転んで3ヵ月であの世に…

写真拡大 (全6枚)

たった一回、転ぶだけでそれまでの人生すべてが崩れ落ち、悲惨な死を迎える。人はなぜ年齢を重ねるほどに転びやすくなるのか。これが転倒の正体だ。

1 転倒→歩けなくなる→食べられなくなる→衰弱→死

あんなに元気だった人が、転んで3ヵ月であの世に10人のケース

「本当に、あの一瞬ですべてが奪われてしまいました。それまで大きな病気をしたこともない主人が、転んだことで衰弱して死んでしまったんです。

しかも、それは外出中の事故なんかじゃなかった。主人は何十年も寝起きしていた、いつもの寝室で転んだのです」

この8月、夫の安田康介さん(享年78、仮名)を喪った妻・芳江さん(77歳)はこう語る。

悲劇は突然訪れた。今年5月の朝8時、畳敷きの寝室で目を覚ました安田夫妻。康介さんは布団から起き出し、タンスから洋服を取り出し着替えを済ませた。

そして朝食を食べるために隣のリビングに移動しようとしたその瞬間。布団のわきに脱ぎ捨てていた自分のパジャマに左足をひっかけ、転倒してしまった。

「主人は足をねじらせ、折れ曲がるように仰向けに倒れました。倒れた瞬間に腰を畳に打ちつけたようで、転倒直後からしきりに腰をさすっていました。

よほど痛かったのか、仰向けで5分以上動きません。その痛がり方が尋常ではなかったので、すぐにタクシーを呼んで近くの整形外科へ。腰椎圧迫骨折と診断されました。

いきなり歩けなくなってしまったことで、本人も戸惑っていました。主人は普段から外出中は道路の縁石などで転ばないようにとても気をつけていました。それがパジャマ一着、たった布切れ一枚で転んでしまったんですから。

さらに、リハビリを始めようにも腰の痛みが引かない。そのまま折れた腰椎が変形してしまって病状が悪化。1ヵ月後には脊柱管狭窄症まで併発し、まるで歩けない状態になってしまいました」

そうなると、もう完全に悪循環。自宅の寝室で寝たきり生活を余儀なくされた康介さんは、食事を積極的に摂ろうとしなくなり、痩せ細っていく。

それまで週に2回は近所の仲間たちとゲートボールを楽しんでいた康介さん。そんな彼が嘘のように衰弱していった。

結局、康介さんは転倒から3ヵ月後、寝室で心筋梗塞を起こして、苦しみながら死んでしまった。

このように、60歳を超えた人たちにとって数僂呂ろか、わずか数mmの段差でさえ命取りになってしまう。

あるベテランケアマネージャーは、「87歳の女性が和室からリビングへ移動する際、1僂發覆っ丙垢紡をひっかけて大腿骨頸部を骨折したんです。すぐに手術を受けたのですが、一向に回復しなかった。

結局、認知機能も衰えてパーキンソン病認知症を発症。日に日に体力もなくなり、家族ともまともにコミュニケーションを取れないまま栄養失調で亡くなっていきました」と語る。

一度転べば、二度転ぶ

転倒は日常生活の中で突然起こる。そのリスクは、誰もが抱えている。あまりに唐突な出来事に本人も周囲も事態を飲み込めないまま、あっという間にあの世へといってしまう。

その意味では告知を受けてから数ヵ月の猶予があるがんより怖い。なんの準備もできないまま、転がり落ちるように衰弱していく。

さらに転倒が恐ろしいのが、転んで骨折した患者が熱心にリハビリをするほど、次なる事故を引き起こしてしまうこと。たとえば3ヵ月前に亡くなった佐々木和義さん(享年82、仮名)の場合。息子の哲司さん(57歳)がこう振り返る。

「父が二世帯住宅の自宅で転んだのは1年前。母の作った夕食をテーブルに運ぶ手伝いをしていたときでした。キッチンからガシャーン!と皿の割れる音が鳴ると同時に、『やっちまった!』という叫び声が聞こえてきました。

てっきり料理を落としてしまったのかと思いましたが、事態はもっと深刻。父がキッチンマットにつまずき、うずくまっていたんです」

転倒直後、哲司さんは和義さんを車に乗せ、急いで近所の総合病院へ。担当医がレントゲンとMRIを撮影したところ、右側の鎖骨と手首の骨折と診断された。

Photo by iStock

「骨折とはいえ頭や背中ではなかったので、大事には至らなかったと胸を撫でおろしました。父もホッとしたようで、『家族に迷惑はかけられない』と3日後にはリハビリを開始。ところが、そこに落とし穴がありました。

散歩から帰宅した際、玄関の引き戸のレールに足を取られて転んでしまったんです。右腕を三角巾で固定されていたので、上半身が思うようにコントロールできなかったようです。父は玄関で頭を強打して、外傷性脳損傷を起こしてしまいました。

そのまま緊急入院しましたが、もう後の祭り。徐々に頭蓋骨に血が溜まり、そのまま死んでしまった。無理をさせずにしばらくは安静にさせておけば良かったと、いまでも後悔が残ります」

転倒はこのような二次被害が多いのも特徴だ。転ぶことで起きる怪我でもっとも多いのは股関節回りの大腿骨骨折だが、股関節は歩行の支点。

そこが折れることで体全体のバランスが崩れて再び転倒、もう片方の足も折って歩行不能に陥ってしまう事故も多発している。

転んだことが原因で死んでしまった高齢者は後を絶たない。例を挙げよう。いずれも外出先ではなく、住み慣れた家の中での悲劇だ。

・86歳の男性が、自宅トイレで用を足し、立ち上がった直後にマットで足を滑らせる。その際、便器に頭を強打し多量出血。妻がすぐ発見して救急車で運ばれる。一時は意識を取り戻すも、病状は回復せずに脳挫傷で死亡。

・日課だった庭の手入れをしていた76歳の男性。前日に自分が無造作に放置してしまったホースに引っ掛かり転倒。大腿骨転子部骨折で患部を金属製の人工骨頭に入れ替えた。だがリハビリを始めても回復せず、1ヵ月後には寝たきりになり、心筋梗塞を発症して死去。

・ベランダに干していた洗濯物を取り込んでいた76歳の女性。ベランダからリビングに戻る際、段差につまずく。両手が洗濯物で塞がっていたせいで手をつくこともできず、頭部を打ち付ける。頸椎骨折と頸髄損傷を併発して落命。

・昼食を作っていた79歳の女性。調理後、換気扇のスイッチを切るため台所にあった踏み台を使おうとしたところ、踏み込む力が足りずに転げ落ちる。その際、キッチンに置かれた食器に体が触れ、グラスも一緒に落下。顔面にガラスの破片が突き刺さり20針を縫う。傷口から細菌が感染し、敗血症で死亡。

・入浴していた85歳の男性が浴室から出ようとしたが、足が上がらずにバランスを崩して浴槽から転げ落ちる。さらにタイルに残っていた石けんの流し残しに足を滑らせて胸椎圧迫骨折。脊椎が変形して歩行不能に。在宅介護を受けていたが、多臓器不全で亡くなった。

・毛糸でできた厚手の靴下を履いていた82歳の女性が、フローリングのリビングで足を滑らせて転倒。大腿骨と鎖骨、手首の骨を折る。腕を自由に動かせないことで食事量が減り体重が激減。点滴生活を送っていたが衰弱し、脳梗塞で死亡。

・'18年の西日本豪雨を経験した大阪在住の77歳男性。自宅の廊下に備蓄用の食料や水分を置いていたが、夜にトイレへ行く際に緊急時の備蓄バッグに足をひっかけて転ぶ。股関節脱臼と右手首骨折を併発。股関節の激痛のせいでリハビリができないままウイルス性肺炎を発症。病状が悪化し、そのまま帰らぬ人に。

それまでは当たり前だと思っていた日常が崩壊し、死んでしまう。転倒は、いまこの瞬間、あなたにも訪れるかもしれないのだ。

2 座布団、電気コード、急に飛び出すペット住み慣れた家の中こそ危ない

「60歳を超えると、自宅のわずかな段差でも転んでしまうようになります。絨毯のめくれやカーペットの縁ですら危ない。

服を着替える際、ズボンやスカートを穿くために片脚になっただけでも転んでしまう。なんでもない動作ひとつで転倒事故は起きるんです」

福島県立医科大教授の安村誠司氏がこう指摘するように、東京消防庁が発表している最新のデータ('17年)を見ても、それは一目瞭然だ。

都内で転倒事故が報告された5万5614件(年間)のうち、「住宅等居住場所」での事故は3万1000件以上。人は道路や駅の階段などの外出先で転倒していると思いきや、実はその過半数が自宅で転んでいる。

下のイラストで示したように、家の中の至るところに転倒リスクが潜んでいる。

'17年9月に発表された東京都生活文化局消費生活部の調査報告に目を通しても、転倒のバリエーションには驚かされる。

・リビングのカーペットに繋がれていた電気コードで転倒。
・居間のクッションを踏みつけて尻もち。
・廊下のドアノブを掴もうとしたときに手が滑り、バランスを崩して横転。
・マッサージチェアから立ち上がろうとしたら足がもつれて転ぶ。
・テーブルに立てかけておいた杖を取ろうとしたときに杖を倒し、拾おうとした瞬間に転倒。

誰もが転びやすいと注意している浴室もご多分に漏れない。風呂場の椅子から立ち上がろうとした瞬間に転んだり、浴槽のフタを外した際につんのめって転び、前歯を折る事故が多発している。

日々生活を送っている我が家は、どこになにがあるのか手に取るようにわかるもの。だが動き方が習慣化しているからこそ、わずかな体の変化に気が付かず、転倒が起きてしまう。

階段を例にとってみよう。若い頃から何千回、何万回と上り下りを繰り返してきただけに、段差の感覚は体に染みついている。

まさか踏み外すはずがない。そう思っていても、知らず知らずに足の筋力は衰えている。その感覚のわずかなズレが数mmの違いとなり、転倒事故に繋がるのだ。


拡大画像表示

数mmのズレで転ぶ

肉体の変化だけではない。天候が変わっただけでも転倒事故は起きてしまう。2ヵ月前、自宅で転んで全治3ヵ月の怪我を負ったジャーナリスト・伊藤明弘氏(58歳)はこう証言する。

「あの日は朝から雨が降っていて、足元が悪かった。夜になってからサンダルを履いてコンビニへ出かけたんです。買い物を済ませて自宅に戻ってきたときでした。

サンダルを脱いで玄関から廊下に上がろうとした瞬間、濡れた足を滑らせて派手に転んでしまいました。

転倒した瞬間はお尻から落ちて、玄関のコンクリートに腰を強打した。尾骶骨から脳天に激痛が駆け巡りました。痛すぎて声も出ないんです。その日はもう夜遅くだったこともあって病院にも行けず、痛みを堪えて横になるしかなかった。

次の日になればマシになっているのではと期待しましたが、朝になっても痛みがひかない。町医者でレントゲンを撮っても、診断は異常なしでした」

痛みは日に日に増していき、寝返りすら打てなくなってしまった。

「これはおかしいと、自宅から一番近い総合病院の整形外科に駆け込みました。そこで精密検査を受けたところ、『第一腰椎が折れていますよ』と告げられたんです。

それから専用ギプスができるまで、1週間は簡易コルセットを巻いて過ごしました。歩く速度は杖を突いて歩く人よりもスロー。玄関で転んだ瞬間が脳裏に焼き付いているので『また転んでしまう』と、体を動かすことが億劫になるんです」

これまで20年以上にわたって高齢者を見てきたケアマネージャーオフィスぽけっと代表・上田浩美氏はこう語る。

「住み慣れた家では、テーブル一台、椅子一脚にいたるまで体が家具の配置を覚えている。それが少し変わっただけで、事故が起きてしまいます。

たとえば、ダイニングテーブルを買い換えた老夫婦がいたのですが、そのせいで旦那さんが転んでしまいました。この方の家でずっと使っていたテーブルは、脚が丸形だった。

ところが、新調したテーブルの脚は四角。旦那さんが椅子に座ろうとした瞬間、いつもの丸形脚の感覚で体を動かしたために数mmのズレができ、足の指をひっかけてしまったんです」

意外なところでは、行動が予測できないペットも危険だ。これはある在宅介護士の話。

「自宅で猫を飼っている85歳の男性でした。その方は8歳になるメス猫を溺愛していました。私が週2回の訪問介護にいくときも、いつもソファでテレビを見ながら猫を撫でていたんです。

私がちょうど自宅に訪問していたある日のこと。その方がトイレに行こうとした瞬間、フローリングで眠りこけていた猫が起きて動き出したんです。その方は猫を踏んづけまいと無理に踏ん張りましたが、逆効果。体勢を立て直せず、つんのめるように頭から転んでしまいました。

転倒の瞬間、全体重が頭蓋骨にかかってしまったために陥没骨折をするほどの大怪我を負ってしまいました。結局、その方は脳挫傷で亡くなってしまいました」

Photo by iStock

では、少しでもリスクを減らすためにはなにができるのか。大阪保健医療大学准教授の山田隆人氏はこう指南する。

「家の中に障害物になるものは極力置かない。これが鉄則です。高齢者は『モノを大事にしなければならない』という感覚が強い分、障害物になるものでも捨てられない。

つまずきやすい日用品も、目に見える場所に置く傾向があります。思い切って自宅のものを整理することが大事です」

大がかりなバリアフリーも有効だが、コストがかさむ上に時間もかかる。体が動かなくなってしまってから改修を始めても、手遅れだろう。

だからこそ、普段から目につくものは床に置きっぱなしにせず片づける。簡単にできることほど元気なうちからやっておいたほうが良さそうだ。

3 転ぶ人には、こんな前兆がある

60代以上の人は、なんの前触れもなく転ぶのではない。転倒事故が起きる直前には、異変を知らせるサインが出ている。その前兆の最たるものが、極端な「すり足」だ。

すり足は、ズズッ、ズズッと足の裏全体を地面に擦り付けるような歩き方。これは大腰筋と呼ばれる、上半身と下半身を結ぶ股関節回りの筋肉が弱まることで起きてしまう。

筋力の低下でつま先をきちんと上にあげられず、引きずるように歩いてしまうのが特徴だ。すり足になることで手の振り幅も小さくなり、体全体の動きが緩慢になってしまう。

「すり足の状態になると、1僂砲睨たないようなわずかな段差でもまたぐことができず、簡単に転んでしまう。

すり足が原因で転倒して大腿骨頸部を骨折、身動きが取れなくなり救急車で運ばれてくる方は本当に多いです」(要町病院副院長の吉澤明孝氏)

前進しようとするときに足を大きく外側に振りながら歩く「ぶん回し歩行」も、危険な前兆のひとつ。この歩き方をすることで障害物に足がぶつかりやすくなり、必然的に転倒も増える。

ぶん回し歩行をする人は脳血管に障害を抱えている可能性も非常に高く、体が言うことを聞かないため、深刻な転倒事故を起こしてしまう。

都内のデイサービスに勤める理学療法士が言う。

「すり足やぶん回し歩行の他にも、『ながら動作』ができなくなっている60代以上の人は要注意です。これはたとえば、誰かと一緒に並んで歩く際、同時に会話を交わすことができない状態。歩くか話すか、どちらかしか体が対処できないのです。

この夏のことでした。ウチの施設に通っていた87歳の男性が転倒して、腕の骨を折る事故が起きました。

その方も顔馴染みのデイサービス利用者と会話しながら施設内を散歩しようとしたとき、体が思うように動かずに階段で足をひっかけてしまったんです」

このような前兆が出ていなくても、普段の暮らしの中で、とにかくよくつまずいてしまう。そんな人は、薬の多剤服用が悪影響を及ぼしているのかもしれない。

薬を服用することで起きるめまいやふらつき、起立性低血圧も転倒のきっかけになる。

実際、日本老年医学会が発表した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」でも、1日5種類以上の薬を服用している人は、なにも飲まない人に比べて140%も転倒リスクが高いことが報告されている。

なかでも抗うつ薬や高血圧治療薬を服用している人は副作用によって、たった1錠でも転んでしまうことがある。

「そんな薬のなかでも一番転倒するリスクが上がるのが睡眠薬です。特にベンゾジアゼピン系睡眠薬と呼ばれる薬は筋弛緩作用があるので、転倒事故に直結しやすい。なるべく服用を避けたほうがいいでしょう」(鳥取大学医学部教授・萩野浩氏)

なにも理由や兆しがなく転ぶ人などいない。転倒の前には、必ずそれを知らせるシグナルが出ている。

4 やってはいけない治療、使ってはいけない車椅子と杖

60代以上の人が転んで病院に駆け込んだ際、多くが間違った治療法を選択し、危険な補助器具を使ってしまう。

それが結果として病状の悪化につながり、最悪の場合は死さえ招くこともある。転倒した人が陥る決定的なミス、その最たるものがレントゲン撮影に頼りきった診察だ。

「転倒事故で病院を訪れたとき、レントゲン撮影だけで診察を終えてしまうケースが多い。これには注意が必要です。

たいがいの患者さんは、本当は骨折しているのにレントゲン撮影で『異常なし』と診断されると安心してしまう。多少の痛みが残っていても『悪いところはないんだ』と、治療をしないまま放置してしまうことがあるんです。

ですが、そもそもレントゲン撮影は傷病の診断精度そのものが低い。転倒で一番多い大腿骨骨折に関しても、実はCTやMRIを使わなければ見逃してしまう確率がかなり高いんです」(町田慶泉病院の上野正喜氏)

転んでしまってから、歩くのもつらそうにしていると、病院から車椅子を勧められることがある。しかし、安易に頼るのも考えものだ。

「私の意見としては、転倒後でも車椅子はなるべく使わないほうがいい。骨折したとしても、リハビリを頑張って自力歩行を目指すのが本来の形です。安易に車椅子に頼った生活を送ると、筋力が落ちてどんどん歩けなくなります。

これまでの経験から言っても車椅子から自力歩行に戻すのは、相当な努力が必要になります。体は使わなければ機能が落ちて、認知症も進んでしまう。それに車椅子を思い通り動かすのは、案外難しいものです」(済生会横浜市東部病院の谷川英徳氏)

転倒をきっかけに「第三の足」ともいえる杖が手放せなくなる人もいる。痛みが治まっても、「また転ぶかもしれないから」と、杖を転倒予防のお守りのようにしているケースも多い。だが、杖が手放せなくなると、二度とは自分の力だけで歩けなくなってしまう。

Photo by iStock

そもそも、歩くというのは足の筋肉をまんべんなく使い、腕を効率的に振り、姿勢をまっすぐに保つことで行う全身運動。

体全体をバランスよく使うことで「正しく歩く」ことができるのに、杖を使い過剰に腕や手首に体重をかけてしまうと、不自然な姿勢での歩行となってしまう。杖に頼って歩き続けると、最悪の場合、二次転倒に繋がってしまう。

「身長や体のサイズに合わない杖は、使っていても病状を悪化させてしまうことがあります。杖を変に使うことで、身体のバランスを崩してしまうんです」(前出の谷川氏)

車椅子も杖も、結局は補助器具。たとえ転んでしまったとしても、もう一度自分で歩けるようになるのが一番なのだ。

5 転んだらどうしたらいいか、どこの病院に行けばいいか

「私が起き抜けに、寝室の布団に足を取られて転んだのは2ヵ月前。転んだ瞬間は、腰を畳に打ちつけてしまいました。

ちょうどその日は、行きつけの接骨院に予約を入れていました。どこでどんな治療を受ければいいのかわからないし、接骨院でマッサージを受ければ痛みも和らぐだろうと、予定どおり施術してもらった。

ところが、それが間違いだった。施術後、グリグリとマッサージされた足の付け根まで痛んできたんです」

こう語るのは、現在も大腿骨骨折でリハビリ生活を送る川上孝雄さん(78歳、仮名)。

「接骨院で施術を受けた翌日、あまりの痛みで日常生活も送れないので知人に相談し、整形外科へ駆け込みました。そこで診察を受けたら、股関節の骨は押しつぶされ、完全にズレてしまっていた。

原因は明らかに接骨院でのマッサージです。整形外科の先生からは『なぜそんな危険なことをしたんですか!この状態になってしまったら金属を取り付けなければ治りません』と宣告されました」

Photo by iStock

転んだあとにどうしたらいいのかわからない、という人は多い。よほどの大転倒でもない限り、様子を見れば痛みは引くはず。わざわざ病院に行く必要もない。そう考えるのもごく自然なことだ。だが、川上さんのような悲惨なケースもある。

転倒した際、なによりも重要なのは患部のアイシング。たとえ骨折していたとしても、転倒後すぐ冷やすことで怪我の悪化を防ぐことができる。

「実際、転んだ当日は安静に過ごしてみて痛みが引いていくこともある。結果的には軽度の打撲だったというケースも、もちろんあります。

ですが、翌日になっても痛みが引かないのならば深刻な怪我を負っている可能性が高い。その場合は接骨院ではなく、整形外科で診察を受けたほうがよいでしょう」(済生会横浜市東部病院の谷川氏)

接骨院はいたるところにあるし便利なので、日常的に利用する人も多いだろう。ただし、そもそも接骨院は病院ではない。柔道整復師という資格を持った人が開業した治療院であって、施術は医療行為ですらない。

では、どこの病院を選べばいいのか。そこで重要になるキーワードが「ロコモアドバイスドクター」だ。

ロコモとは「ロコモティブシンドローム」の略称で、加齢に伴い骨や関節、筋肉が衰え、歩く機能が低下した状態のことをいう。ロコモアドバイスドクターは、日本整形外科学会所属の専門医。つまり、高齢者が起こす転倒事故のスペシャリストといえる。

試しにインターネットで「ロコモアドバイスドクター」と打ち込んでみて欲しい。すぐにHPが見つかるはずだ。そのページ内の「ドクター検索」をクリックすれば、専門資格のある医者がいる病院名が都道府県別でズラリと出てくる。

パソコンを使わない人は、直接近くの病院に「ロコモアドバイスドクター」がいるのかを尋ねてみてもいい。

備えあれば憂いなし。もしも転んでしまったときのために、いまのうちから自宅近くの病院を探しておくのも大事な転倒対策だ。

6 転ばない日々の作り方、教えます

「年齢を重ねることで、どうしても体力は衰えてしまう。そうなると、なにか事故が起きてはいけないと外出を控えてしまう方がたくさんいます。

ですが、家に籠もってばかりで積極的に外に出歩かなくなると、歩行能力は落ちていく一方。その結果、家の中で転ぶリスクが高まってしまうのです」(福島県立医科大学教授の安村氏)

そもそも、人は歩かなければ転ばない。だが、逆説的ではあるが、歩き続けなければ体はどんどん衰えて、いつの日か転んでしまう。結局、歩くこと、そして定期的に体を動かすことが、なによりの転倒予防になる。

「いくら骨粗鬆症にならないようにカルシウムを摂って骨を丈夫にしようと心がけても、転んでしまえば骨は折れます。だからこそ、下半身の筋力を維持して転ばない体を作ることが肝心なのです。

すぐに始められる運動としては、目を開けながら片足で立つ『開眼片足立ち』がお薦めです。これは下半身の強化とバランス感覚を養うのに一番。もうひとつはゆっくりとしたスクワット。この2つを朝昼晩と続ければ、かなりの効果が期待できます」(前出の安村氏)

Photo by iStock

これはどちらかといえば上級者向け。毎日体を動かすことは、それだけでハードルが高いと感じる人も多いだろう。

そこで、日本転倒予防学会理事長の武藤芳照氏は、こう指南する。

「転ばないための運動なのに、ハードなトレーニングで転んでしまっては元も子もありません。毎日、急な坂道や階段を何度も上り下りするなんて現実的には不可能でしょう。

大事なのは、あまりストイックになりすぎず、長く続けられる運動を取り入れることです。

具体的にいえば、週4日、20分程度、しっかり歩く習慣を身につけること。日光を浴びると皮膚でビタミンDが生成され、筋肉を丈夫にする作用もある。

逆に週3日はサボってもかまいません。歩く、またぐ、上る、下りる。この動作ができているうちは、人は滅多なことでは転びません」

これまで見てきたように、転ぶことを恐れて外出を控えても、人は家の中で転んでしまう。どんな場所でもリスクはあるのだ。それならば恐れず外に出かけ、転倒を予防する体力を作ったほうがずっといい。

「週刊現代」2019年9月28日号より