保育園児と幼稚園児で発達に違いがあるのか、長時間預けると悪影響があるのか――。働く親が気になるギモンに脳科学の専門家が答えます。
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■「保育園児と幼稚園児は違うのか」問題

“わが子をどこに預ける(通わせる)か?”は、親にとって大きな課題です。特に、就学前の子供をもつ働く母は、「子供と一緒に過ごす時間の長さよりも中身が大事」と考え、子供を長時間預けながら日々奮闘しています。

しかし、信念を持って働く母の道を選んでいても、「(病気の時など特に)長時間ちいさな子供を預けるのはかわいそうなのだろうか?」と自ら感じることもあれば、周りからこれに近いことを言われ心を痛めた経験を持つ人も少なくないはずです。

実際には、「子供も楽しそうに保育園等に通っているし、仕事も(なんとか)できる」ために、上述のような強い風当たりに心を痛めてもかろうじて乗りきっているわけですが、子供が3歳を超え「小さい時から子供を預けるのはかわいそう」という風当たりが落ち着いてきたあたりから、新たな悩みに遭遇します。今度は「保育園児と幼稚園児ってやっぱり違うのよね」という見方が登場してくるためです。今は保育園とひと言に言ってもさまざまな形態があるにもかかわらず、この見方は根強く存在し続けています。

■3歳児神話という虚構

保育園と幼稚園は、管轄している省庁が違いますし、その目的も違います(保育園は、厚生労働省管轄であり、保育をするための児童福祉施設なのに対し、幼稚園は、文部科学省が管轄をする教育施設)。0〜2、3歳までの子供を保育園などに預けている母親にむけられる「そんなに小さい時から子供を預けて……」というネガティブな見方の背景には、「3歳になるまでは母親が子育てをしないとその子供に悪い影響が出る」という虚構(3歳児神話といわれ学術的・科学的な根拠がない)があると考えられます。

では、「保育園児と幼稚園児ってやっぱり違うのよね」は果たして真実なのでしょうか? 通う園の特徴、子供を預ける時間の長さ、家庭環境……などの要素の中で、どのようなことが実際の子供の発達に大きく影響するのでしょうか?

■70年代は保育園児を否定的に捉える研究も

日本でも、早期に母子分離を経験した子供は情緒的不安を示す、として、保育園児を否定的に捉える研究が多数報告されていました。ただしこれは、1970年代までがほとんどです。そして、これらの研究は、実験的環境に限定された結果であり、日常生活における子供の適応などを正しく反映したものではないという意見も多く述べられていました。

その後、1980年代に入り日本の公立・私立幼稚園児、公立保育園児211人を対象に行った実験では、自立・自主性、と神経質傾向に、幼稚園児と保育園児で差があることが報告されています。保育園児は自立・自主性(自分の身の回りのことを自分でやる)が幼稚園児より低く、神経症傾向は、保育園児より幼稚園児のほうが高かったのというのです。

■自主性や神経質傾向の違いが出る本当の理由

ただし、論文上にも記載されている、この研究結果について理解する上で最も重要なことは以下の通りです。

「保育園児は、長時間におよぶ集団生活の中で自立を促され、自分のことは自分でやるように促されています。そのため、園生活においては、自分のことをきちんと自分で行います。ところが、母親と同席する場面(実験下や家庭内等)では、その反動で母親に甘え、依存的になる傾向が出てくるのです」

つまり、その後の小学校生活や、お友達のお家に行った時などに、きちんと自分の身の回りのことを自身でできるかどうかは、幼稚園児でも保育園児でも違いはないのです。

一方、幼稚園児の方が保育園児よりも精神反応過敏性を有していた(神経質な傾向があった)、というのは、母子密着の度合いが高いと、親も子も新しい経験に緊張したり過敏になったり、周囲の物事を気にする傾向が強くなるためです。そのほかの、自制力、攻撃性、園への適応、体質的不安定などの項目には、幼稚園児と保育園児で差は認められていません。幼稚園児や保育園児というカテゴリーで比較してみえているように感じている違いは、実はあくまで家庭環境による「個人差」なのでしょう。

■子供を預ける時間の長さは、発達に影響するか

保育園児だからといって幼稚園児に比べて自主性が低い、攻撃性が高い、ということが真実ではないことにホッとしたところですが、幼稚園と保育園で最も違うことの一つは、預ける時間の長さでしょう。この時間の長さは、子供の発達に影響するのでしょうか?

アメリカの国立小児保健・人間発達研究所(NICHD)が子供の発達と保育との関係を明らかにするために、全米から1300人ほどの新生児を選んで、追跡調査を行い、出生から4歳半までの研究成果をまとめ発表しています。その中で、4歳半になるまでに母親以外に保育されている(保育園、幼稚園、祖父母、シッターなど)時間が長い子供は、その時間が短い子に比べて問題行動が少し多めに見られることを報告しています。

このアメリカの大規模な調査結果を見ると、子供を長時間預けることに対して不安になりますが、日本で認可保育園児232人を対象に長時間保育が子供の発達に及ぼす影響について追跡調査を行った結果では、保育時間の長さと5年後の子供たちの発達や問題行動に関連が見られませんでした。つまり、日本の質の保たれた保育環境では、長時間子供を預けても、その子供の発達に悪影響がでたり、問題行動が増えることにはつながらないことが明らかにされているのです。

■通わせる園の質よりも家庭の質

国内外の研究を問わず、養育の質と子供の発達には大きな関係があることが示されています。この「質」とは、その子供が預けられている施設(保育園、幼稚園)の特徴(質)より、親や家庭の特徴(質)の影響が強いことがわかっています。

具体的には、「両親の教育レベルが高いこと」「家庭の収入が高いこと」「情緒的に多くのサポートがあること」「家庭が知的に刺激的な環境であること」「母親が精神的に健康であること」などがあり、これら家庭の特徴は、子供の「言語発達」「知的発達」「社会的行動の発達」「親との良い関係」「実行機能」などと関連があります。

家庭内でどんな養育をしているかは、家庭で大半を過ごす子供と同様に、家庭外で保育を受ける時間が長い子供の発達にとっても、とても重要なのです。

■将来の成功のカギは、やり抜く力

親にとって、子供が将来成功し幸せになってくれることは喜びですし、そのために幼少期からたくさんのことを学んでいってほしいと願っています。どこに通わせるか、どんなことを学ばせるか(お稽古)で思い悩むのは、そのような思いがあるからこそです。

ところが、子供たちの将来を決めるのは、子供の頃から知能レベル(IQ)が高いとか、英語やプログラミングができるというような認知能力といわれるものの高さではなく、「やり抜く力」の有無であることが研究から明らかになっています。この「やり抜く力」とは、研究上、実行機能(非認知能力)などという言葉を使って説明されるものですが、「目標に向かって行動し目標を達成する力」のことを指します。

■経済格差が子供の脳の発達に与える影響は?

家庭の経済状態が子供のどのような側面の発達に影響を及ぼすかを調べたアメリカの研究では、経済状態が、実行機能と言語能力に強く影響するとの結果を示しています。この実行機能(やり抜く力)は、脳の中の前頭前野と密接な関係があります。前頭前野は、ストレスの影響を強く受けることや、ほかの脳の場所にくらべて成熟するのが遅い(10代にかけてまでゆっくり発達していく)ことも明らかになっています。そして、つい最近、日本の研究で、子供(3〜6歳)が実行機能課題を行っている時の前頭前野の働きは、家庭の経済格差の影響を受ける(低所得者の子供は高所得者の子供に比べ前頭前野の働きが悪い)と発表されました。

ただ、低所得家庭の子供全員が前頭前野の活動が低かったわけでもなければ、中・高所得家庭でも、前頭前野の活動が低い子供もいたはずです。経済格差が意味することを深堀りする必要があり、一概に、経済力が脳の発達に影響することを気にしすぎる必要はないと考えます。

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細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
博士(医学)
東京大学大学院総合文化研究科研究員/科学技術振興機構さきがけ研究員/帝京大学医学部生理学講座助教。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科認知行動医学卒業後、英語学習による脳の可塑性研究を実施し、研究成果が多数のメディアに紹介。その研究をきっかけに、「目標達成できる人か?」を脳構造から判別するAIを作成し特許取得。現在は、プログラミング能力獲得と脳の関連性、 Virtual Realityを利用した学習法、恋愛と脳についても研究をしている。
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(博士(医学) 細田 千尋 写真=iStock.com)