「“空飛ぶクルマ”のエネルギーには水素が最適? 燃料電池を積んだ電動航空機に米企業が賭ける理由」の写真・リンク付きの記事はこちら

水素を利用する燃料電池は、これまで地上を走る電気自動車(EV)の動力源として厳しい戦いを強いられてきた。だが、いまとなってはゼロ・エミッション化に必要な動力技術が求められ始めている。

こうしたなか、スタートアップのアラカイ・テクノロジーズ(Alaka’i Technologies)が、液体水素を燃料とする5人乗りの“空飛ぶクルマ”のような電動垂直離着陸機(eVTOL)の「Skai(スカイ)」を発表した。同社は多くの競合企業が開発に取り組むバッテリーの電気で駆動する航空機よりも、水素を用いた航空機のほうが効率的かつパワフルになると主張している。

このマサチューセッツ州のメーカーを率いているメンバーは、米航空宇宙局(NASA)や大手軍事機器メーカーのレイセオン、エアバス、ボーイング、そして米国防総省の出身者たちだ。アラカイはBMW傘下のデザインワークスと提携し、6基の回転翼をもつSkaiを設計した。そしてロサンジェルスでSkaiの原寸大模型を発表したのだ。

アラカイによると、最終的な製品は1回の燃料補給で最大4時間にわたり航行でき、航続距離は400マイル(約644km)に及ぶ。しかも、燃料は水素ステーションで10分以内に補給できるという。同社は実物大の飛行可能なプロトタイプを生産中で、広報担当者は初のフライトが「まもなく」だろうと語っている。

流線型ではない斬新なデザイン

燃料電池をエネルギー源とした航空機はSkaiが初めてではない。すでにボーイングが2008年に実現しているが、Skaiはこれまでに類を見ないものになるだろう。

まず、Skaiのボディは流線型ではなく角ばっている。この点で、ドイツのスタートアップであるリリウム(Lilium Aviation)や、ヘリコプター大手のベルヘリコプター、そしてボーイングが手がけるようなモデルとは異なる。

また、他社が構想するeVTOLは時速150マイル(同約241km)以上の速度が出るが、Skaiの最高時速は時速118マイル(約同190km)にすぎない。どちらかというと、Skaiは効率性を重視して設計されているのだ。日常的に短距離の移動を何十回も繰り返す場合は、最高速度よりも効率性が重要になる。

「われわれの目標は機体をシンプルに保つことでした。そして、丸1日以上にわたって何度も飛行できる能力に焦点を合わせました」と、NASA出身のエンジニアでアラカイの取締役を務めるブルース・ホームズは語る。

水素ならではの利点

燃料電池への期待の根拠は、結局はエネルギー密度の議論に行き着く。アラカイの創業者であるブライアン・モリスンによると、1ポンドの圧縮水素に含まれるエネルギー量は、1ポンドのバッテリーに含まれるエネルギー量の200倍以上になるという。

つまり、速度、航続距離、有効搭載量という、アラカイが他社に負けないために必要と考えている要件を満たせるということだ。それと同時に、あらゆる飛行物体にとって最も重要な要件である、機体の重量を大幅に抑えることができる。

アラカイは電力系統まわりの詳細を明らかにしていない。だが、同社と燃料電池のメーカー(こちらも明かされていない)は、こうした性能を達成するうえで技術的なブレイクスルーを果たしたことを示唆している。

燃料電池によって航空機の航続時間は大幅に延びている。NASAと共同で燃料電池の開発などを手がけるテレダイン・エナジー・システムス(Teledyne Energy Systems)の化学エンジニアであるトーマス・ヴァルデスによると、ある小型無人航空機でバッテリーを使用した場合に30〜45分の航続時間が、燃料電池なら2〜4時間以上にまで跳ね上がるという。

そして燃料電池は熱暴走の心配がないので、安全面での利点もある。仮にタンクに穴が開いてしまっても、大きな問題にはならないのだという。「加圧された水素はすぐに空気中に消散してしまうでしょう。このため従来の燃料のように、たまったり引火したりする心配はありません」と、ヴァルデスは言う。

当局の認証は迅速に実現可能か?

もちろん、ほかのeVTOLのスタートアップと同様に、Skaiにも多くの課題が残っている。最も大きな課題は、米連邦航空局(FAA)の認証を速やかかつ確実に取得することだろう。新しい動力システムを採用した新種の航空機には、何の保証もないのだ。

こうしたなかシンプルな設計が認証取得に役立つだろうと、アラカイのホームズは考えている。「従来型の航空機と比べて部品の数は大幅に少なくなっています。FAAの検査が必要な要件は従来の半分にすぎません」と、ホームズは語る。

まず、Skaiにはテールローターがない。そして緊急着陸用パラシュートがついており、燃料切れの場合にはオートローテーションに頼らず安全に着陸できる。計450馬力を出力する6基の回転翼は固定されており、垂直、水平飛行のどちらに際しても向きは変わらない。

Skaiを飛躍させるために、アラカイは“空飛ぶタクシー”よりも先に、まずは救急サーヴィスや捜索・救出ミッション、貨物の輸送などの市場を開拓していく計画だという。これらの用途には旅客便ほど厳しい認証基準が求められないからだ。認証取得には通常なら5〜10年を要するが、ホームズのとても楽観的な試算によると、数カ月しかかからない(そして2020年末までに完了する)という。

Skaiを飛躍させるために、アラカイは“空飛ぶタクシー”の実現より先に、救急サーヴィスや捜索・救出ミッション、貨物の輸送などに注力して市場開拓を進める。PHOTOGRAPH BY ALAKA’I TECHNOLOGIES

燃料電池のコストが最大の課題に

もちろん水素にも欠点はある。それは水素があまり身近にないことだ。燃料電池車は水素を補給するインフラが少ないため、これまでほとんど普及してこなかった。しかし航空機なら、ことはもっと簡単だろう。街角に点在する水素ステーションに依存する代わりに、タンクローリーで水素が供給される集約的な燃料センターがあれば済むのだ。

ほかの潜在的な障害は、ハードウェアのコストだろう。「燃料電池は長らく宇宙で使われてきた実績のある技術です」と、エンブリー・リドル航空大学の航空宇宙工学の名誉教授であるチャールズ・イーストレイクは語る。「致命的なのは、そのコストなのです」と彼は指摘したうえで、11年に同大学が着手した電気航空機プロジェクトについて語った。

このプロジェクトでは、40馬力と比較的小型の電気モーターを動かすために燃料電池を使用したが、電池は市場価格で恐らく25万ドル(約2,700万円)はしていたという。そのときから比べると技術は向上しコストは下がってきているが、研究開発コストの大部分が電池に費やされていることを考慮すると、そこまで大幅なコストダウンになっていないだろうとイーストレイクは話す。

空飛ぶ“高級車”を目指す

アラカイによると、最初のモデルは人間による操縦が必要で、のちに高度に自動化された完全自律航行になるという。価格は20万ドル(約2,160万円)前後を目標としているが、初期モデルはそれよりもずっと高額になり、年間生産台数は10,000台程度になるとみられる。

これは膨大な数だ。いまどき年間700機以上の航空機を生産できるメーカーなど存在しない。しかしこの数は、ほかのeVTOLメーカーがUberのようなシステムで採算をとるうえで必要と考える生産台数と一致している。

アラカイは将来的には個人所有者に向け、ハイエンドの高級車と同じように、さまざまな価格のラインナップをそろえることを目指している。そのような高級車とアラカイとの決定的な違いは、もちろん飛べることだ。