ほんのささいなきっかけで、誰でも貧困に陥る可能性がある(写真:estt/iStock)

日本の相対的貧困率は15.7%(2015年)にも上る。人口に直すと1900万人以上だ。相対的貧困とは、手取りの年間所得が1人暮らしで122万円以下、4人世帯で244万円以下の世帯を指す。誰がこのような貧困者を生んだのか。『貧困を救えない国 日本』の共著者、阿部彩氏と鈴木大介氏が語り合った。

新築の家、結婚式、教育産業…「強制出費」の悪者たち

鈴木 大介(以下、鈴木):悪者探しはしたくないのですが、日本の貧困問題の悪化に加担している存在は、やっぱりあると思うんです。

阿部 彩(以下、阿部):誰ですか。

鈴木:たとえば、中間層の可処分所得を減らしている産業です。彼らが意図しているか、していないかを別にしますが、たとえばそれは新築住宅をむやみに勧める住宅産業だったり、数百万円かかる結婚式を勧めるブライダル産業だったり、中古車がたくさん出回っているのに新車を勧める自動車産業だったりする。やみくもに大学全入を勧めてきた教育産業もそうですね。

なんでこんなことを強調するのかと言いますと、地方の人たちに取材していると、身近に貧困に陥った人がいたときに「だって、あの家って3年前に新築の家建てたよね」「だって、あの家って新車乗ってたじゃん」「いい結婚式挙げてたでしょ」という話がしばしば挙がってくるからです。

自己破産者とか自宅を競売にかけられた人に取材をすると、かつて十分な世帯収入があった人たちが、あっけなく貧困に落ちているケースはごまんとあります。これは世代間を連鎖する貧困とかとは全然、別の層です。そんな人たちが、夫婦一方の失職とか、親の介護離職とか、ステップローンの金利切り替えタイミングで給与が逆に下がっているとか、命にかかわらないようなちょっとした病気とか、そんなきっかけで。

エコ減税で新車買いました、借金で。それでガソリン代が上がったなんだで大騒ぎです。火事が起きたら、事故が起きたら、そんなときのためにと保険でもむしり取る。

鈴木:キラキラした何かを見せられ、大きな消費をした人たちが、いざというときの貯えを失い貧困リスクにさらされている。35年ローンでぎりぎりやっていくというようなプランに乗せられ、綱渡りみたいな人生を送っている。

「経済的に安心して新築住宅を買える家って日本人の何%なの?」「新車を買うべき家って日本人の何%なの?」と考えていくと、「官製貧困」とも言えると個人的には思っています。日本は新築住宅を国策として奨励してきました。不動産の取引数は、そもそも経済指標として語られてきたし、その成績を向上させるためにさまざまな規制緩和とか金融サービスが生まれてきたわけです。

阿部:それって、やはりずっと右肩上がりの経済成長を前提としてきた経済政策の問題ですよね。35年ローンを組んでもみんな払えると思っていた。35年間もずっと職があって、賃金もどんどん上がっていくって本当はすごいことなんですけど、以前は確かにそれで問題がなかった。しかし、そのままではやっぱりダメなわけで、私たちの消費パターンから何から何まで全部変えなければいけない。

ただ、どうかなあ。不動産業者には私もあんまり共感することないけど、新車を売ってる人たちとかまで悪者としていいのかどうか。あの方々は1台1台売って、そのマージン取っているわけですよね。売れなかったらジリ貧ですよね。そこで一所懸命売ろうとするという気持ちは否定できないんですけど。

夢と希望を見させて回収できないお金を投資させる

鈴木:不動産はバブル崩壊以降のほうが悪質でしたけどね。リーマンショック時に大はやりした任意売却業者なんかにサルベージされたローン破綻者なんか、ほとんどバブル以降の被害者ですよ。まあ、末端の人たちは悪くないのはわかります。

けど「その産業自体どうなの?」と思うわけです。教育産業で言うなら、たとえば専門学校や通信の資格教育なんか、相当に悪質だと思いませんか? 資格を売りつける、教育を売りつける。夢と希望を見させて、でもそれがその後の所得につながらない。回収できないお金を投資させるワケです。

阿部:となると、大学もそれに入ると思います。

鈴木:まさしく。いわゆるFランク大学もずいぶん取材しました。

阿部:奨学金借りてまで大学行かせても、その分を回収できるだけの教育投資にはなりませんもの。

鈴木:そうです。

阿部:奨学金については、無利子だったらいい、給付型だったらいいっていう議論もありますけれど、そもそも、自分のお金でも、国のお金でも、投資しただけの見返りが回収できないのに4年間大学行く意味があるのか、って私はすごく思うんです。でも、それを言うと、貧困者の敵みたいになってしまいます。だって彼らにとっては、大学に行けるという夢があるとないのは大きな違いですから……。

奨学金制度と進路指導の先生

鈴木:じゃ、そこは僕が悪者になります。おかしいんです、奨学金制度。だって、日本人のうち、あるいは日本の産業の中で大学教育が必要なのはいったい何%だろう、って考えたら大学全入時代なんて状況自体、変なんです。必要がない人たちにそれを押し付けているから、そんな高い進学率になる。単なる押し売りなんです。

ところが、子どもの貧困問題が国会の議論の対象になる。そして、対策法ができるっていう、すごく理想的な流れの中で何が台頭したかといったら、教育で儲けようという人たちが、わーっとそこに寄り集まってきた感じがある。

「勉強じゃなくて、私に必要なのは就職先です」という子たちがたくさんいるはずなんです。そういう子たちに関しては、できればローティーンのところから適性を判断して、ハイティーンになる頃にはちゃんとそれで生きていけるよ、っていうような適切な就業先へのマッチング作業が必要だと思うんです。

たとえば高校の進路指導の先生いますよね。「おまえ、こういうのが好きなんだったら、こういう勉強をしてみれば?」とか適当なことを言って、「とりあえず大学で視野を広げることだな」と受験を勧める。あるいは、専門学校を勧める。資格を勧める。


でも、進路指導の現場にいる先生たちの中で、大学卒業後に一般企業に就職して働いたことのある人がどれだけいるんでしょうか? 大学を出てストレートに教師になったとしたら、それが公立の公務員教師だとしたら、一般企業の感覚がまったくわからない。ある生徒を取材したときに「進路の先生、中高時代はバイト禁止だったって」という話を聞いたことがあります。

確かに高校教員というのは専科制なので、数学だったら数学だけできればいい、国語だったら国語だけやってればいい。そんな人たちが、学校以外の社会での就労経験なくして教員になり、どうして進路指導ができるんだろうと疑問が湧きます。

進路指導は資格職であるほうが望ましいと個人的には考えています。なんて思っていたら、最近は進路アドバイザーなんて資格がまた資格取得ビジネスになっているらしい。その動きはまあまあ評価できるとしても、やっぱりそこにもビジネスなんだと思うと、なんだかもう真っ暗な気分になるんです。