なぜ人気企業をすぐに退職してしまうのか (写真:Fast&Slow / PIXTA)

就活のゴールは内定ではない」。これから就職活動を控え、必死に内定を目指す学生に、こんな言葉は不可解だろう。しかし、就活生の誰もがうらやむ企業に入社しながら、すぐに辞めてしまう先輩が少なくないのも現実だ。彼ら彼女らは、就活で内定取得には成功したものの、続けたいと思う職の選択はできなかったと言える。


今回は、人気企業に入社したのち、3年以内に辞めてしまった先輩2人の体験談をもとに、なぜそのような事態が起こるのかをひもといていく。

毎日同じことの繰り返しだった――。

朝6時20分に起床し、7時15分に自宅を出る。8時30分に会社に着くと、パソコンを立ち上げて9時の始業を待つ。経理書類の不備をチェックし、取引のある販売代理店から問い合わせがあれば、電話で回答する。

同じことの繰り返し、人間関係に辟易

日々の楽しみは、定時の17時半に仕事を終えて向かう、スポーツジムでのヨガ教室だ。ストレスを発散し、21時に帰宅して夕食を済ませると、23時には就寝している。そして、翌朝6時20分に目覚まし時計が鳴れば、またいつもと同じ1日がやってくる……。

小林明日香さん(30歳、仮名)は、立教大学を卒業後、金融大手のA社に新卒で入社し、地域限定職として働いていた。テレビCMも流れる有名な企業で、就活する学生にも人気がある。小林さんも強く希望して入ったが、わずか1年10カ月勤めて退職した。「選んだのは自分ですが、事務作業は合ってませんでした」(小林さん)。

業務内容への葛藤以上に、小林さんを転職に駆り立てたのは、人間関係だった。配属後に指導役として付いた先輩は、気まぐれに機嫌が変わる女性で、必要以上に気を遣った。いつしか、自分への「被害」を避ける接し方だけがうまくなり、ろくに仕事の質問もできなくなっていた。

ランチタイムはもっと悲惨だった。50代のお局社員がここぞとばかりにグチをぶちまける。お決まりの話題は同じ部署にいる別のお局社員の悪口で、何を食べていてもおいしく感じられなかった。

小林さんは「総合職の社員も、仕事よりも生活にプライオリティを置いて働いている人が多い印象でした。仕事に夢を持っている人は、あまりいないと感じました」と振り返る。

人間関係に嫌気がさしたとき、頭をよぎったのは、大学時代に打ち込んだフィリピンでの植林活動だった。小林さんは大学時代、ボランティア活動を行うサークルに所属し、3度フィリピンに渡っている。山中にある村で活動し、3週間ホームステイをする。受け入れ先は毎回同じ家族だったという。「私たちがお世話になったのは、人なつっこく家族のように迎えてくれる人たちだった。人って温かいなと感じたし、その恩返しがしたくて活動していた」。

フィリピンで人情に触れ、人が好きだったはずの学生が、社会に出て、「周りで働いている人がつまらない」と口にするようになっていた。小林さんは「私にはこの会社のカラーは合わない。自分を見失ってしまう」と危機感を覚え、辞める決断をした。

大手がかっこいい=勝ち組と考えていた

なぜ小林さんは、就活で大手のA社を選んだのか。理由はいくつかあるという。

「私は福島県出身で、大学で上京しました。『地方出身者あるある』だと思うのですが、そもそも有名な企業ですら知らないのです。情報の差もありますが、両親や知り合いが勤めていたなどの親近感もない。その背景で就活が始まり、企業選びではやはり大手がかっこいい、勝ち組になれると考えて選びました」

「あともう1つ」と少し照れながら挙げたのは結婚だ。「その当時、付き合っていた男性と結婚したい、と思っていました。なので、とりあえず給料がよいところを選び、やがて産休を取り、息長く仕事できればいいと考えていました」(小林さん)。

しかし、実際に働いてみて小林さんが気付いたのは、仕事に打ち込むことが、自身の充実感につながるということだ。「今思うと、就活時に描いた将来は、私が本当に求めていた幸せではなかったですね」。

小林さんはA社を退職後、人材関連企業で契約社員として3年半働き、現在は外資系の医療機器メーカーで営業の仕事をしている。正社員として入社し、2年目になる。扱うのは外科手術で使う機器で、操作を補助するために手術に立ち会うこともあるという。

「医師に頼りにされて、やりがいを感じています。仕事は誰とするかが大事ですね。外資系のため、売り上げの数字にシビアで忙しいけれど、毎日楽しいです」

自身の経験と反省を踏まえて、小林さんは就活生にこうアドバイスする。

就活は、急に『自分を知れ』『会社を知れ』『競争して内定を取りに行け』と、よくわからないまま進んでいきました。でも私はもっと多くの社会人と、特に立場がまったく異なる人に話を聞くべきだった。そうすれば、人をきっかけに興味を持って、企業を調べることができただろうなと」

小林さんは自身の今後の目標をこう語った。「今の会社では、女性の活躍に追い風が吹いている。私もそれに乗って仕事をがんばりたい。ただそろそろ結婚したい思いもありますね。相手は仕事に理解がある人でないと、今は難しいですけどね」。

「こんなことがしたかったんだっけ」

リクルートキャリアの調査によると、企業を選ぶ際に最も重視する条件として、業種や職種を挙げる就活生が多い。しかし、希望業種に就職できていても、理想と現実にギャップがあるケースもあるようだ。

「現在はウェブメディアの運営をしながら、山梨県で宿泊型のワーキングスペースも手掛けています」。そう充実した表情で語る宮田修さん(28歳、仮名)さんも、希望通りに有名企業へ入社しながら、早期に転職を決めた1人だ。


宮田さんは明治大学を卒業後、大手食品メーカーB社に就職した。理由はもともと大手志向で、学生時代のアルバイト経験などから、B社の商品を好きになったからだ。

同時に、学生時代に留学や海外でのインターンシップを経験するなど、「英語をいかしてグローバルに活躍したい」希望も持っていた。B社は海外売上高比率も高く、当時は海外で働くチャンスが多くあると踏んでいた。しかし、後にその数字は、傘下に収めた海外メーカーの業績で、出向の機会もあまり多くないと気づく。

就活は好きな商品や興味のあるサービスに関わるのが第一でした。そこに英語力を活かした海外志向も加えた。今思えば最優先にすべき軸が定まってと思います」。宮田さんがそう振り返るのは、好きなことを仕事にする理想と現実のギャップに苦しんだからだ。

宮田さんは埼玉県全域のスーパーや小売店をカバーする営業マンだった。店舗に商品の導入や販促物の設置を提案して、売り上げを伸ばすのが主な業務。人手が足りなければ、陳列も手伝い、スーツはいつも泥まみれになっていた。

日々の仕事では、売り上げを確保するために、担当店舗に無理を言って多めに発注を取ることもあった。店舗では保管し切れず倉庫に並べられる商品をぼんやりと眺めながら、「こんなことがしたかったんだっけ」と悩むようになった。

「やはり語学力を活かして、海外で仕事したい」。そんな思いが日に日に強くなり、宮田さんは「4年目を迎えるとき、海外事業に携われなかったら、会社を辞めよう」と決めた。B社に在籍した3年間、評価面談のたびに上司にその思いを伝え続けるも、結局願いは叶わず。辞表を書く決意をした。

退職後、宮田さんは7カ月間の月日をかけて、海外へ旅に出た。「会社を辞めて、自分が何をしたいのかわからなくなっていました。働いてみたい国を探し、仕事への価値観を見つめ直したかった」のだという。

その後、昨年11月に帰国して、新たに選んだ道は起業だった。旅先で出会った日本人起業家から知見を得て、「それまで考えたこともなかったですが、個人で仕事は作っていける。そんな気持ちが芽生えました」と宮田さんは話す。現在のウェブメディアの運営などは、学生時代に描いたグローバルに活躍する仕事とは違うものの、「今は自分らしく仕事できています」と胸を張る。

やってみたいことより、「上司との相性」

新卒社員がわずかな期間で辞めてしまう原因は何なのか。事業会社の人事コンサルティングを手掛ける人材研究所の社長で、企業の人事担当も20年間務めた曽和利光氏は、企業と学生それぞれの課題に言及する。

まず企業側の問題から見てみよう。曽和氏は、配属希望を叶えようとする人事担当者の善意が、結果的に配属後のミスマッチを生んでいると分析する。「新卒社員がすぐに辞めてしまう最大の原因は、上司との相性など人間関係です。であれば、優先すべきはやってみたいことの尊重よりも、一緒に働く社員のパーソナリティとの適合性のはずです」。

人事担当者にも苦悩がある。新卒社員の採用が1年がかりの業務なのに対し、配属は1カ月ほどで結論を出さなければならない。そもそも時間が限られているうえに、希望を叶えられなかった社員がすぐに辞めてしまえば、人事のせいだと文句を言われる。うがった見方をすれば、希望を叶えて辞められる分には、その社員に我慢が足りなかったと言い訳が立つ。

曽和氏は「勇気をもって希望を無視する。人事担当者が悪者になる覚悟を持つことです。結果的にその決断が、企業も社員も幸せにすると信じましょう」と強調する。

一方では、学生にも、事前の研究を促す。「大企業ならではの働き方を知らずに入社を決める学生が多い」というのが、曽和氏の指摘だ。

人気企業=大企業とは言い切れないが、現実的に大企業に学生の人気は集まりやすい。学生が待遇や知名度、社会への高い影響度などに、魅力を感じるためだろう。しかし曽和氏は、華やかなイメージだけで決めてしまうと思わぬ落とし穴が待っている、と警鐘を鳴らす。

「学生に大企業を希望する理由を聞くと『大きな仕事ができるから』という声をよく耳にします。本当にそうでしょうか? 確かに取引額の規模など大きな仕事を扱いますが、1人の社員が担うのは、それを細切れにして小さくした仕事です。あくまで分業であり、任される範囲は狭い。仕事全体を見渡すような仕事は、ある程度の立場について初めてできます」

大企業は分業で、筋書きが決まっている

たとえば、「人事」の仕事を例にとると、大企業では採用と配属で担当は分かれていて、採用の中でも新卒と中途が分かれるなど細分化している。一方で、規模が小さな会社の人事担当者は、人事にまつわるすべての業務に加え、総務などを兼務している場合もある。

大企業は何千人もの社員を抱え、業務分担で効率的に成果をあげる強みを持つが、反面、若い頃から裁量権を持って仕事したい人には、デメリットにもなり得るのだ。

分業制であることに付随して、曽和氏は「『勝ちパターン』が決まっているのも大企業の特徴です。よほどの新規事業でない限り、売り上げを立てるための筋書きは、過去の経験から決まっていることが多いのです」と説く。

商品・サービスの開発や販売において、各自が戦略を練って提案することよりも、決まったプロセスをこなすことを求められる傾向にあるわけだ。

もう1つ、大企業の向き不向きを判断する指標として、曽和氏は”おじさんリテラシー”を挙げる。そして「年上や権力に物怖じせず、でも生意気にはならずに、懐に入り込める力です。簡単に身に付くものではないですが、意思決定の経路が多岐に渡る大企業で、自分の意思を通すには大事な能力です」と指摘する。

大手や人気企業に絞って就活することや、そこから転職することは決して悪いことではない。しかし、不本意な理由で辞めるのであれば、先に手を打てなかったのかと考えてしまう。大手を目指す動機が「その企業に入社すれば、周りからすごいと言われるから」だけなら、学生は1度立ち止まって考え直してほしい。すでに苦い経験をした先輩たちの声に耳を傾けて、より幅広い選択肢を考えてみてもいいだろう。