USBコネクタの違い。右から、Type A、Type C、Micro B。Type CはLightningと同じく上下の違いがない。(写真=iStock.com/Supersmario)

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■2012年から採用されているアップル製の独自規格

2019年モデルのiPhoneの充電端子(コネクタ)が、現行規格の「Lightning(ライトニング)」から「USB Type‐C(USB‐C)」に変更される、との報道が話題になっている。

これは台湾メディア「DigiTimes」が報じたもので、アップルが発表したものではない。ただ、その可能性は十分にあるだろう。USB‐Cのスペックは、現行規格よりも良いからだ。

現行規格のLightningは2012年から採用されているもので、アップル製の独自規格だ。その規格が現在も使われている背景には、アップルがスマートフォン市場をリードしてきたという事実と深い関係がある。アップルは、他社に先駆けて新しい機能をもった商品を創造し、ユーザーの満足度を高めてきた。そのため、長年にわたって独自の規格を使い続けることができた。

それでは、アップルがiPhoneのコネクターを変更する、という観測記事が話題になったのはなぜなのか。現在、アップルが直面している状況をもとに考えてみよう。

■「アップルの規格だから仕方ない」で済んできた

アップルのiPhoneは、事実上、スマートフォンの概念を世界に浸透させた商品だ。

iPhoneが登場した当時、マイクロソフトのWindowsやノキアのシンビアンなど、さまざまなモバイル・デバイス向けのOS(オペレーティング・システム)がシェアを競っていた。その中で、iPhoneのシンプルなデザイン、説明書を必要としないiOSの操作性の高さに、世界は魅了された。アップルはiPhoneというスマートなデバイスの開発を通して、日々の暮らしの中にスマートフォンを定着させた。

アップルはiPhoneを開発することで、モバイル・デバイス市場での先行者利得を手に入れた。つまり、「アップルの規格だから仕方ない」と人々が特段の抵抗感を持たず、あるいは無意識に受け入れてしまう状況を実現したのである。見方を変えれば、アップルは自社の考え(規格)に、他の企業や消費者を従わせる力を手に入れたといえる。

Lightningは、その典型だ。アップルはiPhoneに使われるLightningコネクタを特許登録した。他社が規格に準拠した製品を開発・販売する際には、特許料をアップルに支払わなければならない。それは、特許料という収入の確保につながった。

それ以上に重要だったのは、安価なケーブルが出回り、ブランドイメージが毀損するのを防ぐことだ。低品質なコードを用いた時にデバイスが発火したと仮定しよう。ユーザーは、デバイスとケーブルのどちらに問題があったかを把握することが難しい。そのため、ケーブルが問題だったとしても、アップルの製品への不安を抱く恐れがある。

そうしたリスクを回避し、ブランドイメージを保つためにも、独自の規格を用いる意義は大きい。それができたのは、iPhoneというヒット商品を生み出し、「アップルの製品を持ちたい」という人々の欲求を高められたからだ。

■スマホ市場は機能競争から価格競争に移行した

投資家のなかには、iPhoneの販売台数は今後伸び悩む、という声が根強い。なぜなら、2017年、世界のスマートフォンの出荷台数がはじめて減少したからだ。それは、各社が画面の大型化、人工知能の搭載などを進めた結果、それぞれの製品の機能面の差が少なくなってきたことを意味する。

2018年1〜3月期、世界全体でスマートフォンの販売台数は前年同期比で1.3%増加した。この増加を支えたのが、150ドル未満の低価格モデルである。スマートフォンの市場では、機能の違いに基づく競争ではなく、価格競争が進んでいる。言い換えれば、機能面よりも、価格の低さに魅力を感じる人が増えている。

この状況でアップルが成長を続けるためには、新しいヒット商品が必要だ。それは、従来の規格をもとに、機能を部分的にアップデートした商品ではない。最先端のテクノロジーを搭載して、従来にはない使いやすさ、楽しさを実現するデバイスを生み出すことが求められる。

■狙いは「データ送受信の高速化や充電時間の短縮」か

そのための施策として、コネクタを見直すことはあり得ることだ。自社規格だからといって、Lightningを使い続けることは、環境変化への対応という点でマイナスに働く可能性がある。

機能面ではUSB‐Cは、現行のLightningよりも優れている。たとえばデータ送受信の高速化や充電時間の短縮などを劇的なレベルで行うには、規格そのものを見直す必要がある。

こう考えると、冒頭で示したとおり、アップルがUSB‐Cの採用を検討することに、何ら違和感はない。むしろ、自らの規格に固執し続けると、企業がヒット商品を生み出すことは難しくなるかもしれない。アップルが先端テクノロジーの可能性に注目し、その実用化によって新しいデバイスを創造し、ヒットさせることができれば、成長を続けることは可能だ。その取り組みの一つとしてUSB‐Cの採用がどうなるかを考えるとよいだろう。

■成功体験を捨てることの大切さ

成功体験を捨て、新しい発想で、新しいモバイル・デバイスなどの機器を生み出していけるか否か、アップルは重要な局面を迎えつつあるといえる。アップルはiPhoneの創造によって成長を遂げてきた。では、今後もiPhoneは、同社が成長を追求するために不可欠な要素かといえば、それは違うだろう。

重要なことは、先端のテクノロジーを実用化して、人々が「あったらいい」、「できたらいい」と思う機能を実現していくことだ。

アップルが自社の規格にこだわらず、社外のより良いテクノロジーの利用を重視すれば、アクセサリー製品などを手掛ける企業は、在庫の処分などを迫られる可能性がある。それは「良い」「悪い」の問題ではない。変化とはそういうものだからだ。

■発売前夜を盛り上げてきた「後悔回避」という心の働き

アップルが顧客のロイヤルティーを活かし、新しいテクノロジーの活用を目指すのであれば、USBケーブルなどの需要が高まるなど、波及効果も期待できる。変化に適応し、それを活かそうとする発想が重要だ。

これまで、アップルの新製品が発売される当日前夜になると、銀座や渋谷などの直営店には、長蛇の列ができた。それは、“後悔回避”という心の働きが影響している。新製品を使ってより快適にデジタルライフを送る状況と、それがない状況を比べると、前者の方が魅力的だ。それを実現できないと、後々、がっかりする姿がまぶたに浮かぶ。それを避けるために、われ先に、アップルの新製品を手に入れようとするのだ。

今なお、多くの人がアップルの製品を使うことに満足を感じている。その間に、アップルが“あっと驚く新製品”を発表できるかどうか。それは、IT業界を中心に、各国の企業経営を左右するほどのマグニチュードを持つだろう。反対にそうした変化を起こせなければ、アップルは価格競争に巻き込まれ、競争力は低下するだろう。

アップルはUSB‐Cなどの要素と、自社内のコンセプトやデバイスの規格を結合し、新しい商品を生み出すことができるだろうか。それは同社の創造力を評価する重要なポイントとなるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=iStock.com)