業績絶好調の米ネットフリックス。その強さの源泉はどこにあるのか(記者撮影)

米有料動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」の業績が絶好調だ。本拠地である米国で安定的に収益を拡大するとともに、足元ではそれ以外の成長が著しい。2017年には米国外の有料会員数が米国内を初めて抜き、海外事業は長く続いた赤字を脱した。
4月に発表した直近2018年1〜3月期の決算でも、有料会員数の伸びが米国の現地アナリスト予想を大きく上回った。株価は今年に入ってから60%弱も値上がりした。『週刊東洋経済』5月7日発売号には、エンターテインメント業界にゲームチェンジを起こしつつある同社の実像に迫るリポートを掲載している。
なぜ世界中の視聴者や制作者を引き付けるのか。日本テレビ、ソニー、LINEなどを経て動画ベンチャーを起業し、ITとエンタメの両業界に精通する森川亮・C Channel社長に話を聞いた。

重要なのはテクノロジーよりもコンテンツ

――ネットフリックスの強さはどこにありますか。

動画配信で似たようなサービスがたくさんある中で物を言うのは、結局「ここでしか見られない面白い作品」の制作力と調達力だ。配信やパーソナライズの技術を磨くことも重要だが、本質ではない。日本の有料動画のプレーヤーには“ありもの”コンテンツを流すのが基本というところが多いが、それだけだとユーザーに高いおカネを払わせるのは難しい。


C Channelの森川亮社長はネットフリックスのコンテンツ力に着目した(撮影:今井康一)

その点、ネットフリックスはもともと映画産業の盛んな米国を地盤とするだけに、オリジナル作品にかける制作投資が大胆。加えて経営陣にはエンタメ業界出身でセンスや目利き力の高いメンバーがそろっている。素質のある会社がまっとうに勝負を仕掛けて他を圧倒している、という構図だ。

黒字化に対する投資家の考え方が日米で違うのも大きい。上場する、しないにかかわらず、日本の投資家は短期的な損益を重視しがちだが、米国の投資家は行けると思ったら長期的に株を保有して長く応援する傾向が強い。すると、会社も大きな勝負ができる。ネットフリックスもそうだ。

――技術ばかりでは意味がないと。

IT企業として最先端技術の開発は大事だが、人をわくわくさせることをビジネス化できる才覚やセンスは、別次元のもの。特に日本では、技術さえあれば勝てると思い込む企業が多い。たとえば家電のトレンドは技術からデザインに移ってきた。韓国サムスン電子などはデザイン特化型の拠点を設け、いろいろな国のデザイナーを採用している。一方の日本は、いつまでも技術にこだわった結果、以前のようには商品が売れなくなった。


今年3月にシーズン2が公開されたオリジナル作品「ジェシカ・ジョーンズ」 では米マーベルとタッグを組むなど、ネットフリックスはコンテンツ強化を進める(記者撮影)

本当は日本も、技術だけではなく優れたクリエイティビティやセンスを持ち合わせた国だと思う。日本企業はそういうものの重要性をしっかり評価して、思い切った投資すること、専門人員をそろえることに目を向けなければ、どんな業界であっても世界で通用しなくなってしまう。

――制作会社の側から見て、ネットフリックスと組むメリットは?

一気に世界1億人以上の視聴者にリーチできるのは魅力だろう。あとは単純に動くおカネの額が大きいこと。テレビや動画サービスの場合、制作会社側の収入はレベニューシェア(動画の視聴数に応じて積み上がる支払い)ではなく、基本的には放映権や配信権を売る際の1回きりの支払い。すると当然、受注額が大きいほど制作会社の実入りも大きくなる。

むしろライバルはユーチューブ

――ライバルとして、米アマゾン・ドット・コムの「プライムビデオ」がよく引き合いに出されます。

アマゾンはあくまでEC(ネット通販)の会社なので、動画コンテンツは客引きのツールというか、そこで儲けようとしていない。一方、ネットフリックスはコンテンツビジネス一本で勝負している。ライバルととらえるのはあまり意味がないのかもしれない。むしろ個人的に興味があるのは、今後ネットフリックスと米YouTube(ユーチューブ)の戦いがどうなっていくかというところだ。

――最大のライバルはユーチューブ?

動画分野ではそうなる。これは“プロ”と“素人”の戦いだ。おカネと時間をかけた一流作品が並ぶネットフリックスと、素人視点の動画が次々投稿されるユーチューブ。違う土俵にいるように見える2社だが、どちらも消費者の「可処分時間」を奪い合う、エンタメの巨大サービスだ。


オリジナル作品の制作で使われるカメラについて、ネットフリックス社内では解像度や色味の確認を行うほどの徹底ぶりだ(記者撮影)

ECにおけるアマゾンと中国アリババの戦いも、同じような構図といえる。人気の高い商品が整然と並んでいるアマゾンに対し、アリババのECサイト「淘宝(タオバオ)」には、なんとなくうさんくさいものも含めて有象無象の商品が雑多に並んでいる。どちらで買い物したいか好みが分かれるが、地域によって多少傾向の違いがある。

LINEを経営しているときにもスタンプの使われ方などを通して感じたことだが、なんとなくアジアでは、有象無象が集まる中から宝探しをする感覚が好まれるように思う。動画の世界でも、近年はユーチューバーやインフルエンサーなど素人の作品が全盛だ。今後、プロの作品を扱うネットフリックスが欧米と同じ勢いで、アジアで浸透するとは限らない。

――確かに欧米に比べ、アジアではネットフリックスの存在感が薄いです。

アジア人は、欧米人と比べて動画におカネを払うことに慣れていない。特に若い人は、先進国、新興国にかかわらず無駄なものにおカネを使いたがらない。この先もネットフリックスの会員数はある程度まで伸びるだろうが、そこから先の成長を考えるなら、何らかの無料モデルを入れないと、厳しい気がする。

だからもし、ネットフリックスが(スウェーデンの定額音楽配信サービスである)スポティファイくらい大胆に無料プランを展開し始めれば、アジアの状況は一変するかもしれない。ネットフリックスがもう一段の大勝負に出ると、放送事業者など世界中の旧来型メディアを窮地に追い込む可能性もある。

ハリウッドで映画を作る意味はあるのか

――最近ではカンヌ国際映画祭から撤退というニュースもありましたが、既存の映画業界とネットフリックスとの関係はどうなっていくのでしょう?

エンタメ産業の「オムニチャネル化」はもう止まらない。リアルな劇場も視聴者との1つの接点として残るが、あらゆる映像作品はPCやスマートフォン、あるいはネットにつないだテレビ端末で見るのが基本になっていくだろう。勝負のポイントは、どの会社が面白いコンテンツを作れるか、獲得できるか。それが既存の映画会社なのか、ネットフリックスのような新興勢力なのかは関係ない。


森川亮(もりかわ・あきら)/1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門でネット広告や映像配信、モバイル、国際放送などの新規事業立ち上げに携わる。その後ソニーを経て、ハンゲームジャパン(現LINE)に入社、2007年社長就任。2015年に退任し、動画メディアを運営するC Channelを創業(撮影:今井康一)

先ほど話した“素人”も、今後もっと力をつけることになる。エンタメ作品の作り方は急速に変わっている。わかりやすいのは音楽だ。作り手は、今やPC上で自分の思い描く音楽を作り出せるし、部屋から一歩も出ずとも世界中に配信できる。すると、音楽レーベルって本当に必要なんだっけ? メジャーデビューって何の意味があるんだっけ? となる。そういった議論がすでに起きている。

映像作品も同じ。今でもある程度の映像制作はPCで簡単にできるし、ゆくゆくは俳優をバーチャルデータにして貸し出すような事業も発展してくる。プログラミングで動かしたり、しゃべらせたりするわけだ。十分使える技術になるまで、おそらく10年もかからない。そうなれば、カンヌって何ですか? ハリウッドで映画を作る意味は? と問われる時代が来るだろう。