※ひとたび「儲かる」となれば同業種間の競合も激しい。北京市内の喫茶店内では、3社の「シェア充電器」が熾烈なシェア争いを繰り広げていた。筆者撮影。

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中国ではあるビジネスモデルが流行すると、猫も杓子もマネをする。爆発的に普及しつつある「シェアサイクル」に続いて、洗濯機や冷蔵庫などさまざまな「シェアリングエコノミー(シェアエコ)」が登場している。だが、それらは日本や米国とは根本的に違う点がある。ルポライターの安田峰俊氏が現地事情を解説する――。

■本来のシェアエコは「遊休資産」の貸し出し

今年に入り日本でも注目を集めているのが、シェアサイクルに代表される中国のシェアリングエコノミー(シェアエコ)の拡大だ。中国はあるビジネスモデルがいったん流行しはじめると、猫も杓子もマネをする。ゆえに現在までに日本語で報じられたものだけでも、スマホ向けのシェア充電器をはじめとして、シェア洗濯機、シェア冷蔵庫、シェアルームランナー、シェア昼寝部屋など、さまざまなサービスが市場に登場している。

これらの中国式シェアエコは、自分が購入して所有するには初期投資やランニングコストが比較的高価な物品を「共有」。スマホ決済システムでデポジット(預り金)を支払い、QRコードを用いて解錠、その物品を一定の時間利用できるというシステムが取られる事が多い。

「中国共有経済発展報告2017」によると、昨年の中国シェアエコの市場規模は3兆4529億元(約59兆902億円)に達し、今後も数年間は年40%増という驚異的なペースで拡大を続ける見込み。2020年には市場規模がGDPの10%に達し、1億人近い関連雇用を生み出すと試算されている。

だが、こうした中国におけるシェアエコは、どうやら他国で一般に認識されているものとは概念が違うようだ。例えば日本の場合、総務省が平成27年版『情報通信白書』で示したシェアエコの定義は「典型的には個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸出しを仲介するサービス」となっている。

実際、シェアエコの本場の米国では、もともと個人宅の空き部屋を旅行者に貸し出すシステムだった「Airbnb」や、個人が自分の車に他者を乗せるシステムだった「Uber」など、少なくとも立ち上げの時点ではこの概念に近い思想から始まったサービスが多い。

■中国式シェアエコは「B2C」ばかり

いっぽう中国の場合、シェアエコを名乗って物品を提供する母体の多くは「企業」だ。例えばシェアサイクルやシェア充電器は誰かが持つ遊休資産を貸すわけではなく、最初から運営元企業が顧客への貸し出しビジネスのみを目的として投資・開発したものである。

もちろん、中国版Uberである「滴滴出行」や家を民泊として貸す「途家」のような、米国式のシェアエコに近いサービスも存在するが、全体としては企業主導型B2Cのほうが多い。

ゆえに、本来シェアエコの理念として存在したはずの、資源の節約や対等な個人同士の資源の交換・共有といった思想は、中国ではかなり希薄である。なかには単なる「スマホで決済できるだけの旧来型ビジネス」にしか見えないものが「シェア○○」を名乗っている例も少なくない。

■中国メディアも「偽シェアエコ」を批判

ゆえに今年夏ごろから、中国メディアでも、現在のサービスのありかたを「偽物シェアリングエコノミー」と呼び、その商業主義の強さや羊頭狗肉ぶりを批判する論説が現れるようになった。なかでも代表的なのは、今年8月24日に『新週刊』誌上に発表された「出て行け! 偽シェアエコどもめ」という過激なタイトルの一文だ。著者の蘇静氏は冒頭からこう指摘している。

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“ちかごろ、ベンチャー分野ではヘンな言葉づかいが流行している。どこにでもあるものに「シェア○○」とくっつけることで、ネット時代に流行するニューエコノミーモデルの一環であるかのように偽装することができるようになったのだ。”

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蘇氏が文中で指摘する、中国の「偽シェアエコ」の事例は以下のようなものだ。

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“たとえば合肥市に「書店があなたの書斎に!」とうたう「世界初のシェア書店」というものができた。アプリでデポジットを貯めてから書籍を借りられるシステムを提供しているというわけだが、これは図書館となにが違うのだろうか?”

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“福州市で展開している「シェア冷蔵庫」は、まずアプリをダウンロードしてQRコードを使ってお金を払い、シェア冷蔵庫内に置かれた飲み物やフルーツを買えるというシステムである。言うまでもなく、これはシェアでも何でもない、ただの「自動販売機」にすぎないのではないか”

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■違いはスマホ決済ができる点だけ

実のところ、他の「シェア○○」についても同様の指摘ができるものは多い。例えばシェア充電器は、日本でもこれと類似したコイン式の共用充電器であればスーパーなどに多数置いてある。実物の画像を見れば明らかなように、シェア洗濯機はただのコインランドリーでしかなく、シェア昼寝部屋はカプセルホテルにそっくりだ。

違いはスマホ決済ができる点だが、よく考えると充電やコインランドリーはわざわざアプリをダウンロードするよりも硬貨で支払ったほうが楽な気がする。少なくとも、支払い方法を除けば到底ニューエコノミーとは呼べないサービスであることは間違いない。

さらに蘇氏は他の問題もばっさり切っていく。2017年中に全国で2000万台に達するとみられるシェアサイクルは、放置車両や廃車が続出して街のゴミと化し、その金属の総量は航空母艦5隻に匹敵する30万トン。「資源の節約」という本来のシェアエコの理念はどこへやら。企業主導の野放図なサービス展開が大量のムダを生み出している。

加えて蘇氏は、多種多様な「シェア○○」ビジネスの目的は、流行のニューエコノミーに見せかけて投資を集めたり、デポジットのキャッシュを積み上げたりすることにあると喝破する。そもそも中国のシェアエコのカネの流れはほとんどがB2Cタイプで、儲かるのは企業ばかりというわけだ。

事実、ロイターが今年5月30日に報じたところでは、今年4月から5月にかけてベンチャーキャピタルやエンジェル投資家から、中国国内の24社以上の新規シェアエコ・ベンチャー企業に対して、少なくとも16.9億元(約290億円)の投資が実行されたという。

中国式シェアエコの問題点を指摘した蘇氏の主張に近い話は、当局の意見を代弁する傾向がより強いメディアである『法制日報』や『澎湃新聞』でもなされている。ここ数カ月の中国は、どうやら国内で玉石混交状態に陥りつつある「シェア○○」ビジネスを適度に間引いて、業界の交通整理をおこなおうとしているようにも見える。

■スマホ決済でようやく「信用」が担保可能に

中国式のシェアエコは、QRコード読み取り機能を用いたスマホ決済という日本人にはあまりなじみがない支払いシステムを伴う。決済時の見た目が近未来感を覚えさせるのだろうか。現地事情をそれほど深く知らない日本のビジネスパーソンたちは、強いインパクトを受けるようだ。事実、今年に入って中国式のシェアエコを紹介する記事では、「中国はすでに日本を越えた」「ハイテクだ」といった主張が目立つ。

だが実際のところ、中国においてシェアエコとして喧伝されるサービスの内実は、もともと先進国には当然のように存在するものが多い。つまり近年になり「シェアエコ」の形で登場したコインランドリーやカプセルホテルは、これまで中国では利用者のマナーへの不信感などから大規模に展開できなかった業種である。

個人情報と紐付いたスマホ決済の普及や、とりっぱぐれがないデポジット制度が登場したことで、中国でもようやく利用者の「信用」が求められるサービスを展開できるようになった、という話なのだ。

もちろん中国式シェアエコには、爆発的に普及しつつあるシェアサイクルのように(問題も多々あるものの)非常にイノベーティブなビジネスモデルを持つものもある。だが、現地事情に詳しくない外国人は、「トホホ」な実態しかないサービスでも、派手な宣伝にだまされて、妙に過大な期待を抱いてしまう。どちらも中国ではよくあることだ。

今年10月24日に閉幕した中国共産党第19回大会では、「イノベーション(創新)」や「シェアリング(共享)」を今後の「発展思想」に含める方針が打ち出され、国家としてこれらをいっそう推進していく姿勢が改めて示された。今後の中国のシェアエコ業界がどう変わり、その等身大の姿はいかなるものであるのか。より冷静な目で眺めていきたいところである。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。1982年滋賀県生まれ。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。在学中、中国広東省の深セン大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。鴻海の創業者・郭台銘(テリー・ゴウ)の評伝『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)が好評発売中。

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(ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師 安田 峰俊)