この日の講演でも、グリーンスパン議長は「このような(富裕)資産価値の上昇は、しばしば、市場関係者の間では、構造的、かつ、恒久的なものと受け止められている」と述べ、金利上昇リスクに対する無関心さを批判した。その上で、いったん、景気が悪くなれば、資産価値は急落し、借金の取り立てが起き、株価や住宅価格は急落すると警告する。「長い間、低リスクプレミアムを享受していたあとに来る後遺症に対して、歴史は寛大だった試しはない」とまで言い切る。実際、1990年代の株式相場のバブルのとき、同議長は1996年12月にあの有名な「irrational exuberance(根拠なき熱狂)」という名言を残して、市場に冷静になるよう警告したが、市場はそれを無視して、株価は高騰し、結局、2000年に株式相場のバブルが崩壊、数兆ドルもの含み益が泡と消えている。それ以来、市場にとって、同議長の警告は重みが増しているのだ。

  FRBは、2001年のブッシュ政権発足直後から始まった景気後退を乗り越えようと、銀行間のオーバーナイト金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標を、46年ぶりの超低金利といわれた1%まで引き下げて行くが、景気の回復に伴い、昨年6月から、金融引き締めに転換、FF金利の誘導目標を「measured(徐々にゆっくりとした)」ペース(0.25%ポイントずつの小刻み)で、これまで10回連続で引き上げ、現在は3.5%まで上昇してきている。しかし、それでも、住宅ローン金利の指標である10年国債の利回り、つまり、長期金利だが、これだけはなぜか短期金利の上昇に連れて上昇しないため、住宅需要の強さは変わらず、住宅価格も6月までの1年間で平均12.5%も上昇しており、バブルは依然続いている。

  同議長はFF金利の上昇は長期金利の上昇に波及して行かない理由をうまく説明できないことから「なぞ」と呼んでいるのだが、市場でよく言われるのが、日本、そして、中国などアジアの新興市場国が膨大な外貨準備の運用先として、世界的に見てまだ金利水準が4%台と高い米国の国債を積極的に購入しているため、長期金利が上昇しにくいという説だが、同議長自身は、この説だけでは、過去の現象の説明にはなるが、ここ最近の長期金利の上昇が起きない理由としては、不十分な説明だとしている。

  債券市場が、この日の同議長の発言で注目したのは、同議長がイールドカーブ(利回り曲線)に言及した点だった。同議長は、イールドカーブや国際商品市況、名目所得などの経済指標はどれも単独でFRBの金融政策を決定することは難しいという見方を示唆したからだ。26日時点で、長期金利の指標である10年国債の利回りは4.17%、一方、短期金利の2年国債の利回りは4.04%で、その長短金利差はわずか13ベーシスポイント(0.13%ポイント)しかない状況になっている。この長短金利差を示すイールドカーブは、景気がいいときはインフレ期待が高いため、長期金利の方が短期金利よりも高くなるため、右肩上がりの曲線を描くが、いまは、平坦で、いずれ、右肩下がりのイールドカーブ、つまり、逆イールドカーブになる可能性すら聞かれる。右肩下がりということはインフレ期待が低いという表れで、景気の低迷の兆候となるから、単純に考えると、FRBは、利上げをここら辺で一休みするだろうと思うところだが、市場では、この日の同議長の発言では、イールドカーブだけで判断しないと言っているので、当面、利上げは継続すると受け止めたのだ。

  グリーンスパン議長は、この日の講演で、米経済の柔軟性と強靭性があるからこそ、原油先物が1バレル=68ドルという記録的な高騰が続いても対応できるとしたが、その強靭さも産業界の保護主義的な傾向や2008年には団塊の世代が退職し、巨額な年金を支払わなければならない時代が来ることから、財政赤字の悪化は避けがたく、早めに財政赤字を圧縮しないと米経済の強靭性も柔軟性が失われると警告した。同議長は4月21日、米上院予算委員会でも、「今後も財政赤字が拡大すれば、米経済が停滞、あるいは悪化する恐れがある」と証言し、膨張する財政赤字に対して議会が対応しなければ、米経済が長期的に悪化する恐れがあると警告している。米政府は2004年度に4120億ドルの財政赤字を計上したが、2005年度は、4270億ドルの財政赤字が予想されているのだ。  同議長は、財政赤字の削減が進めば、国民の貯蓄率が改善(上昇)するので、海外から巨額の資本流入が抑制され、経常赤字の削減にもつながると主張する。そして、この日の講演で、同議長は、「経済の柔軟性が長期的に安定して維持される限り、経済のインバランス、特に経常赤字と住宅ブームは、雇用や所得、生産を通じた痛みを伴う是正ではなく、金利や為替、物価を通じて是正されるだろう」と楽観的な見方を示した。しかし、株式市場は、その言葉の裏を取って、グリーンスパン議長は景気の悪化懸念を示したとして、26日のダウ平均株価指数は53ドル安の1万0397ドルに下落したのだった。 【了】