「見ると幸せになる」ともいわれるドクターイエローはイベントでも人気者だ(撮影:尾形文繁)

新幹線電気軌道総合試験車923形。堅苦しい正式名称からは何のことかわからないが、「黄色い新幹線」と言えば、誰もがピンとくるだろう。「新幹線のお医者さん」こと「ドクターイエロー」である。

新幹線700系をベースに開発され、2001年に登場。最高時速270kmで走行しながら、さまざまなセンサーを使って電気設備や軌道設備の状態を計測。得られたデータはその日のうちに保線所に送信され、保線作業に活用される。

運行周期はおよそ10日に1回。運行ダイヤが明かされないことから、走る姿を目撃するのが難しく、いまや「見ると幸せになれる」とまでいわれる存在に。運よく駅に停車していると、ホームにいる誰もがスマホや携帯で写真をパチパチと撮り始める人気ぶりだ。

「引退の日」は近づいている?

そのドクターイエローが近いうちに引退するかもしれない。

ドクターイエローを保有・運行するJR東海はこの件について、いっさい口をつぐむ。しかし、東海道新幹線を紹介する同社パンフレットの最新版には、ドクターイエローを「21世紀初頭の長きにわたり使用する車両」と説明している。“初頭”が何年までを指すかはっきりした定義はないが、少なくとも何十年も使い続けるつもりがないことは読み取れる。

では、ドクターイエローの引退の日はいつやってくるのだろうか。

まず考えられるのは、2020年3月末である。

JR東海は2013年のN700A導入を機に、従来のN700系全編成を改造してN700A並みの性能を持たせる「N700Aタイプ化」を進めている。その結果、N700Aの導入に合わせる形で、700系は東海道新幹線から退役することになる。JR東海は2019年度末、すなわち2020年3月末までに700系の置き換えを終えるという方針を2015年10月に発表している。また、JR東海の発表から約1年遅れとなる2016年12月、JR西日本もN700Aを追加投入して、東海道・山陽を直通する700系を2019年度末までに退役させると発表している。

東海道新幹線の全車両をN700Aタイプ化する理由は、「安全・安定輸送の実現と快適性の向上」である。中でも注目すべきは、営業最高時速270kmの700系がすべてN700Aタイプ化されることである。それによって、営業車両の最高速度が時速285kmで統一される。遅く走る列車がいなくなり、運行ダイヤに余裕ができるというメリットが生まれるのだ。

700系引退と同時に消えるか

ここで問題となるのは、ドクターイエローが700系をベースに製造されているということだ。現在のドクターイエローが開発された理由は、新幹線0系をベースに製造された先代のドクターイエローは最高時速が700系よりも遅く、ダイヤ編成に支障が出るというものであった。

これと同じことがN700Aタイプ化によって現在のドクターイエローにも起きようとしている。つまり、700系が東海道新幹線から引退する2019年度末に合わせてドクターイエローが引退することは十分考えられる。


2015年夏のJR東海浜松工場「新幹線なるほど発見デー」。ドクターイエローがクレーンで吊り上げられる場面は注目の的だった(撮影:尾形文繁)

今年1月、700系の「最後の全般検査」がJR東海の浜松工場で行われた。新幹線を含むすべての鉄道車両は全般検査というオーバーホールが義務づけられている。新幹線車両の場合は3年に1度あるいは走行距離120万kmに達した時点のどちらか早い時期に、車両からすべての部品を取り外して、細部にわたる徹底的な検査、整備が行われる。

JR東海によれば、700系の全般検査は「これが最後」。つまり、700系は遅くとも3年後の2020年1月に東海道新幹線から姿を消すことになる。700系の2019年度末の引退は、前倒しでカウントダウンが始まっているのだ。なお、700系の引退が営業車両だけでなくドクターイエローも含むのかどうかについては、JR東海は言及を避けている。

さらにもっと早い、2018年夏にドクターイエローが引退する可能性もある。その理由はドクターイエローの検査周期にある。

ドクターイエローも営業用の新幹線車両と同様、全般検査が行われる。ドクターイエローの直近の全般検査は2015年夏。順当に考えれば、その3年後である2018年夏に再び全般検査の時期が巡ってくる。

全般検査は車両を分解して検査・整備した後に、あらためて組み立てて再塗装も施すので、その費用はばかにならない。もし、2018年夏に全般検査をしても、2019年度末までは1年半程度しかない。だとしたら、2018年夏で次回の全般検査を見送り、一足早く引退するということも考えられる。

「来夏引退」の可能性は?

この早期引退シナリオの妥当性を占う事象が今年の冬にやってくる。

実はドクターイエローは2編成あり、もう1編成はJR西日本が保有している。両編成は共に東海道・山陽新幹線の区間を検査走行している。


ドクターイエローJR東海JR西日本がそれぞれ1編成ずつ保有している(撮影:尾形文繁)

JR西日本ドクターイエローも全般検査はJR東海の浜松工場で行っており、前回は2015年1月に行われた。だとすると、次回の全般検査は遅くとも2018年1月までに行われることになる。JR西日本ドクターイエローは2005年製。JR東海と同じタイミングで引退するにはまだ早い。現時点でJR西日本ドクターイエローに関する発表は何も出ていないので、今冬の引退はなさそうだ。

そこでポイントとなるのが、次回の全般検査も浜松工場で行うのか、あるいはJR西日本の博多総合車両所で行うのかだ。もし博多で行うとすれば、それは今後、浜松でドクターイエローの全般検査を行わないことを意味する。つまり、JR東海ドクターイエローは2018年夏に浜松で全般検査を行わずに引退するというシナリオが現実味を帯びてくるのだ。JR西日本は2015年1月にドクターイエローの全般検査を浜松工場で行ったことは認めているが、「今後については未定」としている。

来年夏に引退するのかどうかはさておき、老朽化によりドクターイエローが引退する日はいつか必ずやってくる。そこで、気になるのは引退した後だ。

JR東日本は「イースト・アイ」というドクターイエロー同様に検査機能がある車両を保有しているが、JR九州はこうした車両を持たず、営業用の新幹線車両に検査機器を搭載して検査を行っている。実はJR東海も、一部の営業用車両に軌道の状態を計測する装置を搭載している。このほうが合理的にも見える。

JR東海もJR九州のように、営業車両に検査機器を搭載してドクターイエローの代わりにするという可能性はあるのだろうか。

ドクターイエローが国民的な人気を博していることはJR東海も認める。それだけでなく、海外向けの新幹線売り込み資料でも、日本のインフラメンテナンスの優秀性を示す象徴としてドクターイエローがアピールされている。そう考えると、安全性の象徴として新しいドクターイエローを導入するという可能性が高い。

次世代車導入なら新造か


ドクターイエローの車内。計測用のモニターなどさまざまな設備がある(撮影:尾形文繁)

では、新たなドクターイエローは既存の車両の改造なのか、あるいは新車なのか。N700系には量産先行試作車として製造されたX0編成がある。その名のとおり量産化に先立ち試験運行を行い、そのデータを量産車両に役立てることを目的とする。量産開始後は、深夜の時間帯に時速332kmで走行するなど、営業車両ではできないさまざまな運行を行ってきた。

だが、2018年3月には次世代新幹線N700Sの確認試験車が登場する。これに合わせてN700系X0編成の出番は減る。

そう考えると、X0編成をドクターイエローに改造するといった案もありそうだが、この件については、「ドクターイエローのような特殊な車両は、改造でも新造でもコストの大きな違いはない」と、JR東海に近いある関係者は語る。だとすると、新たなドクターイエローは既存車両の改造ではなく、N700Aの新車をベースに新造されることになりそうだ。

7月22、23の両日にわたって、JR東海の浜松工場が一般公開された。毎年恒例のイベントだが、今回の目玉はドクターイエローの車内見学。従来は限られた人しか見ることができなかった車内が、ついに多くの人の目に触れることになった。これをドクターイエローに引退の時が近づいている証拠と見るのは考えすぎだろうか。

引退の時期はどうあれ、ドクターイエローはいまや多くの国民に愛される列車であることは間違いない。その代替わりともなれば、0系や300系といった営業車両を上回るような国民的イベントになるに違いない。