3月18日から前編が公開される映画『3月のライオン』。

原作はご存知、羽海野チカの同名人気漫画だが、キャスティングの見事さとともに、気になるのは、零がお世話になる「川本家」の古く温もりある部屋や、温度が伝わってくるような美味しそうなご飯だ。



これらを手掛けたのは「装飾」担当の渡辺大智さん。



「食べ物の吐息まできちんと表現したい」


「装飾」はかつて「小道具」と言われていた仕事で、台本に登場する道具、『3月のライオン』ではカバンや靴、指輪、メガネからタバコ、将棋の駒、食べ物、部屋の家具、装飾品まですべて手掛けているそう。


「食べ物専門の『フードコーディネーター』を入れる映画もありますけど、それは今回はしたくありませんでした。『装飾』って、基本的に現場にずっといて、ものすごく台本を読んで考える人が多いんですよ。食べ物でも湯気が立っているのか、冷めているのか、ご飯の出し方一つでも、その人のキャラクターやシチュエーションで違うはず。そういうことを自分がまだ駆け出しの頃に、ものすごく怒られて教え込まれてきたので、食べ物だけ作品から独立して他の方が担当するっていうのは、特にこの作品では違うんじゃないかな、と思いました」(渡辺さん 以下同)

「食べ物の吐息まできちんと表現したい」という思いから、食べ物はすべて手作りの家庭料理とした。
ただし、いざ食べ物を考えたとき、調べれば調べるほど、原作の真似で作っている人がネット上にたくさんいることを知り、自信をなくしたこともあったそう。
「だったらもう、体を動かすしかないなと。まず川本家にありそうな古い食器を、長野や山形の古物市に行って、山ほど買いました。小道具会社の在庫からそれらしいものを選んで来るっていう方法もあるんですけど、『この物語のためにある道具』って、絶対にあると思うんです。そういうものを、足を削って探すのは楽しいし、見つけたときは本当にうれしい。川本家のカレーの器を見つけたときなんか、すごく嬉しかったですね」

原作通りに部屋を作ると何か足りない映像になることも


また、原作よりも細やかに作りこまれているのは、佐々木蔵之介演じる島田開の家。


「飾りは、山形の工芸品を作っている職人さんに実際に作ってもらいました。大友(啓史)監督もすごく盛り上がってくださって。また、原作でサボテンが飾られていたのが気になって、『サボテンを育てる人って、どういう人なんだろう?』っていうところからどんどんイメージを広げていきました。『鳥を飼ってるんじゃないか』『植物って育てるのは大変だから、あたたかみのある人なんだろうな』『メダカがいても良いね』なんて話もして。『子どもの頃から必死で将棋をさして、町のスターになっているわけだから、地元のおばあちゃんたちから送られたものも捨てられないタイプじゃない? トウガラシの魔除けみたいなのも飾ると良いんじゃない?』などなど」

台本には細かな描写説明はされていないというが、その行間を毎日徹底的に読み込んでイメージを広げる。その一方で、原作はできるだけ読まないようにしているという。
「例えば、『スカッとした部屋を作ってくれ』と言われたとき、単に原作通りに作ると、映像としては絶対に何か足りない印象になるんです。でも、原作を読みすぎると、『原作ではこうだから良いや』って、そこで躊躇しちゃう。だから『原作忘れろ!』っていつも自分に言い聞かせています(笑)」

映画オリジナルストーリーの「退会駒」


ところで、映画には、原作にはない「退会駒」が登場するシーンもある。
これは、零を引き取った幸田が、零にクリスマスプレゼントとして贈った将棋の駒にオリジナルストーリーを加えたものだ。
「将棋関係の小説や本をたくさん読んで、『奨励会』のシステムを知ったんです。プロ棋士になれなかった人には、奨励会を退会するときに、『お疲れさまでした』と、本人の名前の入った退会駒をプレゼントするんです。もう将棋なんか見たくもない、やりたくてもできない、どうにかして将棋を忘れなきゃいけないっていうとき、未来が絶たれた人に駒を贈る――ものすごく残酷ですよね。 実際にもらった人には、その場でゴミ箱に捨てる人もいれば、質屋に持っていって故郷への切符代にするという人もいて。どこかでこれを活かしたいなと思っていたとき、幸田から零にクリスマスプレゼントで将棋の駒を渡すという場面があったので、『あ、これ(退会駒)だ!』と思ったんです」

零の父がかつて医者になるために将棋を諦め、奨励会をやめたこと。零の父と幸田はもともと親友で、幸田はプロ棋士になっていること。そうしたピースがピタリと重なり、「零の父親は将棋を諦めるとき、まだ将棋の世界で頑張れている親友・幸田に、自分がもらった退会駒を渡したんじゃないか。その駒で幸田はプロ棋士を目指して頑張ったんじゃないか」というイメージが見えたそう。
「そして、後に幸田が零を引き取ってくれたことで、偶然幸田家に来て、そこで零がプロ棋士を目指すことになる。すると、亡くなった父親の退会駒が、偶然にも、またその息子のもとに戻るというストーリーが見えて。それを監督にプレゼンしたら、『いやー、残酷だねえ』って言われました(笑)」

小道具一つ一つに込められた登場人物のキャラクターや思い、バックグラウンドの数々。それらを探り、読み解いていくと、映画の楽しみ方がさらに広がりそうだ。
(田幸和歌子)

『3月のライオン』【前編】 3月18日(土)【後編】 4月22日(土)2部作・全国ロードショー
(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会
<STORY>
中学生でプロ棋士としてデビューした桐山零は、東京の下町にひとりで暮らしている。幼い頃に交通事故で両親と妹を失い、父の友人である棋士の幸田に引き取られたが、ある事情から幸田家を出るしかなかったからだ。深い孤独を抱えてすがりつくように将棋を指し続けていたある日、零は近隣の町に住む川本家の3姉妹と出会い、彼女たちとのにぎやかな食卓に居場所を見出していく。今、様々な人生を背負った棋士たちが、頭脳と肉体と精神の全てを賭けて挑む、想像を絶する戦いが零を待ち受ける!

監督: 大友啓史
原作: 羽海野チカ「3月のライオン」(白泉社刊・ヤングアニマル連載)
出演:神木隆之介 有村架純 倉科カナ 染谷将太 清原果耶 佐々木蔵之介 加瀬 亮 伊勢谷友介
前田 吟 高橋一生 岩松 了 斉木しげる 中村倫也 尾上寛之 奥野瑛太 甲本雅裕 新津ちせ 板谷由夏
伊藤英明 / 豊川悦司
配給:東宝=アスミック・エース