号泣する準備はできている「とと姉ちゃん」146話

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連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)第25週「常子、大きな家を建てる」第146回 9月20日(火)放送より。 
脚本:西田征史 演出:深川貴志


昭和39年10月、東京オリンピックで日本中が沸くなか、重い病を抱えたかか・君子(木村多江)は自宅療養をしていた。
病をおして、風邪で熱を出した孫娘たまき(蒔田彩珠)を看病しながら、鞠子(相楽樹)の子ども時代を思い出す。
「常子(高畑充希)に似てるところがあるけどやっぱり鞠子似ね」と改めて血の濃さを噛み締め、そこでようやく母・滝子(大地真央)のことを思い出すのだった。
今更と薄情に思えるが、日々の暮しがせいいっぱいだと、かなり大きな出来事(自分の寿命が近づいているなど)、大切な思い出が浮かんでこないことってあるものだ。
ここへ来ていきなりの現実を乾いたタッチで描きはじめる「とと姉ちゃん」。

思えば、滝子は病を煩ったまま地方へ引っ越し、そのまま娘や孫たちと会うことなく亡くなった。
それと比べたら、大家族に囲まれたいまの君子がどれだけ幸せか。
美子(相楽樹)の子ども時代の髪型と同じだと孫・真由美(上杉美風)の髪の毛をとかすのも幸せそう。
病院の真っ白い壁や天井に囲まれて寝ていると時間や空間の感覚が曖昧になってしまうので、家族と過ごしながら頭とカラダを動かし続けられるかかは幸せものだ。

そうはいっても、ニンジンを嬉しそうに切っておかゆにいれるようとするのは、すでに意識が朦朧としているのではないか。三姉妹が一瞬、固まって見えるのは、それに気づいているという描写では。でも、「かか、おかゆにニンジンは・・・」なんて言えるわけない。みんな笑顔で受け容れる。

さらに現実を乾いたタッチで描く「とと姉ちゃん」。

悲しいときに鼻歌を歌うかかが久々に鼻歌。
だからなんでここへ来ていきなりシリアス。視聴者を号泣させにかかっているとしか思えない(捻くれていてすみません)。

かか「あと何回、みんなでごはんを食べられるのかしら」
常子「かか何をおっしゃっているんですか そんなの数え出したらきりがありませんよ」
〜からの「今日はぐっすり眠れそうよ」 そして、鼻歌→涙目→やや欠けた月

うわーーーー火曜日なのに亡くなりますのん? 朝ドラでは金曜日に死ぬセオリーを崩してくる? と思ったら。12月になっても生きていた。ほ。

かかは床に伏せるようになっても「あなたの暮し」を一所懸命読んでいる。
会社では、なんとなく押し黙ってた感じの常子、美子、水田(伊藤淳史)。それを心配そうに見つめる綾(阿部純子)。
切なさをこれでもかこれでもかと積み重ねてくる「とと姉ちゃん」あと10回。

そして、また歌・・・
再放送中の朝ドラ「てるてる家族」が音楽をじつにいい感じに盛り込んでいるのを意識しているのだろうか。はたまた、最後の最後でミュージカル女優・高畑充希に歌を歌わせるための前準備か! 最後に彼女がやっている某CMの歌を歌い上げたら、視聴者の2割くらいいるであろう(わたし調べ)捻くれ度の高いひと以外は何もかも忘れて感動すると思う。

号泣する準備万端です。

【ほとほと姉ちゃん】
「常子に似てるところがあるけどやっぱり鞠子似ね」
これ、以前、常子に似てると脚本で言わせてしまったばかりに、いまさら前置きしないとならなくなっているとしか思えない。必要だったのだろうか、常子似設定。

【豆知識】
145回に登場し、146回も回想された医師役は、寺十吾(じつなしさとる)。俳優でもあり、演出家でもある寺十吾は「とと姉ちゃん」出演者と意外なほど縁があり、目下、小橋家の近所さん役の西尾まりが出演している舞台「遊侠 沓掛時次郎(ゆうきょう くつかけのときじろう)」の演出を手がけていて、さらには照代役の平岩紙が10月に近藤公園と行うふたり芝居「あたま山心中〜散ル、散ル、満チル〜」の演出も担当する。そして来年は、東堂先生こと片桐はいりとも舞台で共演。要チェック!
(木俣冬)