■委託賃加工の企業体質を変える

私がセーレンの社長に就任したのは1987年でした。社長就任までの経緯は前回(http://president.jp/articles/-/14296)の連載でお伝えしましたが、当時は繊維不況のあおりを受け、会社は14年間連続の赤字経営を余儀なくされていました。それまでのセーレンは、繊維メーカーから預かった生地を、言われたとおりの色や柄に染めて戻すだけの委託賃加工業。その企業体質から抜け出し、自分たちの製品を企画開発、販売して利益を生み出す企業に変わらなければ、会社の存続はないと思いました。

まず取り組んだのは、「ビジネスモデルの転換」です。繊維産業は製糸、織や編み、染色加工、縫製など製造プロセスごとに分断されているため、トータルで品質コントロールができないことが最大の課題でした。問題が発生しても、その原因を突きとめることが難しいばかりか、力の弱い染色加工メーカーにその責任が押しつけられてしまいます。糸から縫製まで一貫した生産体制が不可欠だと考え、製造工程の内製化を進めていきました。

この方針転換に対する社内の反発は相当なものでした。前回の連載でも申し上げましたが、セーレンは創業以来ずっと委託賃加工業で利益を上げてきました。つまり、取引先の言うとおりに作業していればよかったのです。何も考える必要はなかった。経営企画部や営業企画部はありましたが、企画といっても何も企画することはありません。私の同期は、入社後すぐに幹部候補生としてこれらの部署に配属されましたが、彼らにとっては何もしないのが仕事でした。それで儲かってきたのですから、それがセーレンの常識だったのです。

作業者のままでは自分たちの未来はない、といくら訴えても危機感は伝わりません。どうすれば会社を変えることができるだろうかと、ずいぶん悩みました。それで社長就任から10年くらい経った頃、「5ゲン主義」を打ち出しました。5ゲン主義とは、「現場」「現物」「現実」の三現主義に、「原理」「原則」を加えたものです。製造現場に限らずすべての担当者が仕事をする現場で、原理原則どおりに仕事がなされて、初めて会社に利益をもたらす付加価値を生み出すことができるという考え方です。

■現場で起きた問題は、誰の責任か

5ゲン主義を実践するにあたり、まずは「現場」の捉え方を180度変えました。従来の会社組織は、社長が頂点にいて、役員、管理職、そして底辺に現場が位置するピラミッド構造でした。言い換えれば、現場がその上の管理職や役員、社長を支えている構図です。しかし、この組織のあり方では、5ゲン主義の実践が難しいことに気づいたのです。

5ゲン主義が目指すのは、現場がしっかりと付加価値を生み出せるよう、管理職や経営者として何ができるかを追求することです。従来のピラミッド構造では、管理者はその上の役員や社長のほうを向くばかりで、現場を見てはいません。本来、会社組織は逆ピラミッドであるべきです。つまり、現場を頂点にして、その下で管理職、役員、社長が支える構図です。私は組織のあり方をこの逆ピラミッドに転換することにしました。そして、現場がやるべきことを正しくできるよう、管理監督することが管理者の仕事だと明確にしたのです。

たとえば、現場で不良品が発生したとします。なぜ不良品が発生したのか。これまでは現場で不良品を出した担当者の責任だとされてきました。しかし、5ゲン主義を導入してからは、現場が不良品を出さないように管理者はきちんと管理監督を行っていたのかと、管理者の責任を問うようになりました。

現場にマニュアルはあったのか。もし、マニュアルが存在せずに不良品が発生したのなら、作成を怠った管理者の責任です。では、マニュアルがあったにもかかわらず、不良品が発生した場合はどうでしょうか。現場がマニュアルを使いこなせるよう、きちんと教育していたのか。教育していなかったなら、それも管理職の責任です。それではマニュアルが存在し、教育したにもかかわらず不良品が出た場合はどうでしょう。きっとマニュアルの出来が悪かったのでしょう。これも管理者の責任です。

現場で起きる問題の99%は、管理者の問題です。このように管理者の責任を明確にした結果、管理者の仕事のやり方に変化が見られるようになりました。それまでは工場長の仕事と言えば、机に座って新聞を読んだり、たまに現場に顔を出して「がんばれよ」と声をかけるくらいでしたが、現場に問題が起きていないか見回ったり、課長や係長、担当者のコミュニケーションがスムーズか、現場のモチベーションはどうかを気にかけるようになったのです。

■一人ひとりが付加価値を生むための原理原則

「現場」「現実」「現物」を見る三現主義だけでは不十分だとして、付け加えたのが「原理」と「原則」です。会社が利益を出すには、現場で起きている現実や、その結果つくられる製品やサービスが、原理原則に沿って動いていかなければならないという考え方です。

原理とは、一人ひとりが果たすべき責任のことです。原則とは、就業規則や社内ルール、社会的規範などを守りながら仕事をすることです。私たちが原理原則を大切にするのは、一人ひとりが付加価値につながる仕事をするためです。

仕事と作業は違います。作業とは、付加価値にはつながらない働き、つまり無駄な動きです。それまで委託賃加工業に甘んじていた当社がやってきたことは、ほとんどが作業でした。仕事と作業の違いを明確にし、社員一人ひとりに「付加価値につながる仕事をしていますか?」と問いかけるのが、原理原則というわけです。

社内で一歩歩けば、その一歩は利益につながっていなければなりません。何も考えずに漫然と機械を動かすのは、たんなる作業です。機械を動かすスピードは適切か、この方法で不良品の発生を抑えることができるのか、もう少し効率を上げることはできないだろうかと考える。生産性の分析データを作成したなら、データを作成して満足するのではなく、そこから問題を見つけ出し、解決して会社の利益に結びつけてこそ仕事だと言えるのです。

現場の人たちが自分たちの仕事のやり方を見直すのはもちろん、管理者たちが現場に向かって仕事をするようになって、ようやく会社が変わり始めた手ごたえを感じるようになりました。私たちはもう一歩踏み込んで、5ゲン主義を具現化するために、「整流」活動を始めました。これについては次回お話しできればと思います。

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川田 達男(かわだ・たつお)
セーレン会長兼最高経営責任者
1940年、福井県生まれ。62年明治大学経営学部卒、同年福井精練加工(現セーレン)入社。87年社長就任。2003年より最高執行責任者(COO)兼務。05年より最高経営責任者(CEO)兼務。05年に買収したカネボウの繊維部門をわずか2年で黒字化させる。14年より現職。セーレン http://www.seiren.com/

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(川田達男=談 前田はるみ=構成)