◎快楽の1冊
『大癋見(おおべしみ)警部の事件簿』 深水黎一郎 光文社 1600円(本体価格)

 優れたパロディー作品を書くには、揶揄する対象についての深い知識が必要である。浅い知識だけを使うと、程度の低い悪ふざけに終わってしまう。
 本書『大見警部の事件簿』は本格ミステリーというジャンル全般を揶揄、批評している短篇集だ。作者の深水黎一郎は2007年のデビュー以降、このジャンルの優秀な書き手として知名度を上げてきた。つまりは専門家なのだ。加えて'12年に出した短篇集『言霊たちの夜』では卓越した、アバンギャルドとさえ言えるギャグ・センスを披露している。なので、鋭い批評眼に裏打ちされた抱腹絶倒の本格ミステリー・パロディーを完成できたのは至って当然のことといえよう。
 とにかく主人公・大見警部の強烈なキャラクターが実にいい。警視庁捜査一課の係長という第一線の立場にありながら、いいかげんこの上ない。ブルドッグのようなたるんだ体型と顔立ちの持ち主で、真剣に事件を解決しようという意思は皆無である。ただ思い付きで部下たちに対し横柄に命令を下し、自分は居眠りに多くの時間を費やしている。本作は警察小説であり、部下たちそれぞれの個性も魅力的なのだが、大見警部のわがままがチーム全体を混乱の渦に巻き込み、ドタバタ感が増す一方である。
 このコーナーで、ミステリーという大きなジャンルは何種類かに細分化される、と何度か書いてきた。中でも本格ミステリーは謎解きの面白みを第一に優先していて、お約束のパターンといえる様式美においていかに新しい謎解きプロセスを描くのか、専門の作家は腐心している。深水黎一郎は、そのいくつかのお約束パターンを徹底的にからかいまくるのである。それがナンセンスの域にまで達している。ただ作者が専門家なので、笑えて楽しい本格ミステリーの教科書に仕上がっているところがうれしい。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 4コマ漫画をご紹介。
 『セクシー女優ちゃんギリギリモザイク』(900円+税/双葉社)は、元AV女優・峰なゆか執筆の書籍。書き下ろしの4コマ漫画をはじめ、AV時代を振り返ってのインタビューなど、業界の裏側をプッと吹き出すギャグとユーモアで綴っており、楽しめる一冊だ。
 峰なゆかといえば、日本テレビのトーク番組『恋のから騒ぎ』に第11期生として出演後、『恋のエロ騒ぎ』でAVデビュー。当時はHカップの巨乳につぶらな瞳で人気を博していた。読者諸兄もご存じの方が多かろう。AV引退後は漫画家・ライターに転身し、『週刊SPA!』(扶桑社)に連載した『アラサーちゃん』は、今夏クールに壇蜜主演でドラマ化もされている。
 その峰が「AV女優のギャラは?」「男優のテクはマジですごいのか?」「AV女優の引退後の生活は?」など、ぶっちゃけトークで弾けていて、痛快である。
 中でも面白いのは「大人のオモチャ」の項。最近では女性が開発に携わった各種のオモチャが花盛りだが、実際にどれが感じるのか、AV女優の体験を基にルポしていて、男にとっては興味深い。
 また、女優の「格付け」に基づく女同士の赤裸々バトルや、路上スカウトとの丁々発止のやりとりなど、経験者にしか語れないリアルなネタが満載だ。
 AV女優という仕事は、カメラの前でセックスを披露するだけでいいと思っていたら、肉体的・精神的にも大変な重労働ということがわかる。刺激も強めのオトナの本である。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)