8日、フジテレビ『僕らの音楽』では、ゆずとアントニオ猪木が対談した様子が放送された。

青山のマンションでライオンを飼っていたことや、ケニアでマサイ族に襲われたこと、スカイダイビングで試合会場に降りたったこと、闘魂注入ビンタ誕生のことなど、余すことなく型破りな闘魂エピソードを披露した猪木。

中でも、1976年に行われたモハメド・アリ戦について、猪木は「まあ、アリ戦は一番印象というか、これによって世界に名前が売れた」と語ったが、ゆずから“九死に一生を得た試合”を訊かれると、同年末に敵地パキスタンで行われたアクラム・ペールワン戦を挙げた。

「一番やばかったのはパキスタンだよね。アクラム・ペールワンというのは、アリ戦が終わった後に挑戦してきたんだよね。行ったらなんと(観客が)10万人以上。(試合ではペールワンの)腕を極めて取ったんだよね。当然痛いから参ったって感じにとるわけじゃない。折るわけにいかないから。したら、参ったしない。で、バックをとってね。(猪木がチョークを狙うと)今でも(手首に)歯型の傷があるけど、噛まれてね。絞めたら苦しくて噛んだんだよね。噛ませたまま、こっちの手(左手)が空いてるから後ろから左の目に突っ込んで“グゥっ”て。そうでもしなきゃ終わらないんだよ。最悪の試合というか。よくプロレスの八百長論を言う人が昔はいたけど、そういう話をすると“へぇ”って終わりになっちゃう」と明かした猪木は、そのファイティングロードの中でも特別な一戦を振り返った。