JR川口駅前から眺めると、周辺にはタワーマンションや高層ビルが並び立つ(筆者撮影)

川幅の広い荒川の鉄橋をゴトンゴトンという走行音で電車が渡りきると、そこは埼玉県川口市だ。川口駅は京浜東北線で東京都北区である赤羽の次の駅だ。

埼玉県内でも和光市、新座市、所沢市など東京都と地続きの地域と比べると、川を渡ることでの越境感がある。現在大ヒット中の映画『翔んで埼玉』の作品中でも、東京と埼玉の間の“関所”が設けられているのは川口という設定だった。

林立するタワマン

その川口の街を東京側から眺めると、タワーマンションが建ち並び、まるで絵に描いた未来都市のよう。浦和や大宮、そして近年タワーマンション街となっている武蔵浦和といった県内各地のどこをも凌駕する数だ。


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比べるとすれば、神奈川県川崎市の武蔵小杉だろうか。武蔵小杉には現在11本のタワーマンションが建っているそうだが、ざっと眺めたところ、川口にはそれ以上の数がある。ここはいわゆる「埼玉都民」が多く住む東京のベッドタウンだ。

川口駅前に貼ってあった川口の観光ポスターには「荒川を渡るとそこは川口 東京のとなり 行ってみよう川口!!」というコピーが躍っていた。数年前には「ほぼ東京」「治安だって、言うほど悪くない」といった自虐広告を川口市がYouTubeなどにアップし移住促進を図っていた。


駅前に貼ってあった「荒川を渡るとそこは川口」と書かれた観光ポスター(筆者撮影)

埼玉県内でも、東京へのアクセスのよさ、そして人口は約60.3万人(2019年1月1日)とさいたま市に次いで多い。2011年には鳩ヶ谷市と合併。2017年に人口60万人を突破し、2018年には中核市となっている。市の財政力に関しても、財政力指数は0.96あり、財政に余裕があるとされる値の1.00に近く、全国の市町村の中で74位だ(総務省「市町村別決算状況調」2016年度)。

川口市の特徴について複数の市民に話を聞くと、やはり東京へのアクセスのよさに触れる。同じ東北線(京浜東北線)沿線の浦和、大宮といった街に対しては、「浦和にも、大宮にも行かない。買い物や遊びに行くのは、まず池袋」と言う声が多い。それに対して市外の人からは「川口は工業都市の印象」という声も聞こえてくる。

埼玉県内の都市間競争といえば、浦和VS大宮の構図がまず思い浮かぶが、東京からの視点で見ると、川口VS浦和・大宮というのも成立するようだ。

団塊の世代前後の人には、川口といえば吉永小百合主演の映画『キューポラのある街』を思い浮かべる人も多いだろう。


東口の広場にはキューポラをかたどった記念碑がある(筆者撮影)

1962(昭和37)年に公開されたこの作品は川口の地場産業である鋳物工場を背景にして、貧しくも健気に生きる少女の成長を描いたものだ。

筆者は平成に入った頃、日本映画の名作としてこの作品を見て、川口にはまだキューポラ(溶解炉)はあるのだろうかと思い、京浜東北線に乗って初めて川口に行った記憶がある。

平成初期、川口駅前には「鋳物は川口」という大きな看板が掲げてあったが、映画に描かれていたようなキューポラが並ぶ街並みはすでに見当たらなかった。

昭和30年代には鋳物生産高が全国一

近代以降に勃興した川口の鋳物工場は、昭和30年代には全国一の鋳物生産高を誇ったが、それ以降には工場の移転、廃業が続き、川口駅周辺の工場は激減。現在、市内でタワーマンションが建っている場所は、かつて鋳物工場だった敷地が多いそうだ。

昭和30年代、小学生時代に川口で育った人の話によると、当時は鋳物工場の煤煙がひどかったため、工場が操業する昼間に洗濯物を干すと衣類が黒ずんでしまうので、洗濯物は夜に干して朝方に取り込むのが日常だったとか。

先日、ほぼ25年ぶりに川口駅前に行ってみたが、その変貌ぶりに驚愕した。東口駅前は、一瞬、大宮駅前と見間違うような風景が広がっている。そごうデパート、商業施設や市立図書館などの公共施設の入る複合ビル「キュポ・ラ」などが建ち並び、以前の風景はまったく思い出せない。


そごうデパートは1991年開店(筆者撮影)

駅前の川口1丁目の再開発事業は、1985(昭和60)年に開始され、21年の歳月をかけ、2006(平成18)年に完成したものだという。そごうデパートが開店したのが1991年。西口駅前に2000席超を備えるホール「川口総合文化センター・リリア」が開設されたのが1990年のことだった。

【2019年4月21日12時20分追記】初出時、キューポラの記念碑と川口総合文化センター・リリアのある場所について間違いがありました。表記のように修正しました。

2001年には、東京メトロ南北線と直通する埼玉高速鉄道が開通し、川口市内には川口元郷駅など6つの駅ができた。

【2019年4月21日12時20分追記】初出時、駅数について間違いがありました。表記のように修正しました。


東京メトロ南北線赤羽岩淵駅から1駅目、埼玉高速鉄道の川口元郷駅前からはタワーマンション・エルザタワー55が見える(筆者撮影)

その川口元郷駅で電車を降りて地上に出ると、1998年に当時日本で最高層のタワーマンションとして建設された「エルザタワー55」が間近に見える。

つまり1990年代から2000年代にかけて、川口駅周辺は大きな変貌を遂げたのだ。今もマンション開発の勢いは止まらず、川口駅には大手デベロッパーによる新築マンションの広告が複数掲げられていた。

西川口駅周辺は?

最近話題になっているのは、京浜東北線の西川口駅付近がかなりディープな中国料理店街として人気を呼んでいることだ。中国でも東北地方、蘭州地方、新疆(しんきょう)ウイグル地区など珍しい地域の料理店があり、日本語が通じなかったりすることで異国感が味わえる。


最近の西川口は、ディープな中国食堂街として人気(筆者撮影)

実は、西川口は以前から風俗街として関東一円でも名を轟かせていた土地。しかし10年ほど前から埼玉県警が徹底的な撲滅作戦を展開して風俗店は壊滅し、その跡がチャイナタウンとなったと聞いたが、今も駅西口の西川口一番街を歩いていくと「美熟女ソープ」「人妻マットヘルス」など際どい看板が並ぶ街並みが健在だ。

西川口にこの風俗街が誕生したのは、川口オートレース、戸田競艇という2つの公営ギャンブル場に近く、博打に勝った負けた両方の顧客ニーズがあるからだと聞いた。

そしてもう1つの川口市の特徴は外国人人口の多さだ。埼玉県内では、さいたま市の2万3358人より、川口市の3万3608人と1万人以上多く最多[2016(平成28)年法務省在留外国人統計]。

隣市の蕨(わらび)駅に近い芝園団地は、外国人住民比率が50%以上でそのほとんどは中国人。西川口に本格的チャイナタウンが誕生したのは、それら地元中国人住民のニーズがあったからともいえそうだ。

東京への利便性やタワーマンション街としての威容では圧倒的な優位性を持つ川口だが、その反面の貌もある。

一方で、東京への主要ターミナルやオフィス街へのアクセスのよさでは、埼玉県内でも、埼京線の戸田公園、県内唯一の東京メトロの駅である和光市といった土地も挙げられる。次回以降はそれら埼玉県内の川口の“ライバル”である街を検証していきたい。