JR山手線の新型車両では各所に設けたディスプレーから広告を流すことができる(撮影:風間仁一郎)

JR山手線の新型車両「E235系」が2015年11月30日に営業運転を始めてからまもなく3年。車内にはドアや荷棚の上に液晶ディスプレーが多数配置されており、紙の中吊り広告がなくなるといううわさが当時飛び交った。しかし、現在のE235系にはデジタルの広告と紙の広告が両立している。鉄道の車内広告の現状はどうなっているのか。その最前線に迫った。


JR山手線を走るE235系のドアの上部には、ディスプレーが2つある。左側に広告が表示される(撮影:風間仁一郎)

JR東日本(東日本旅客鉄道)グループの広告代理店、ジェイアール東日本企画(jeki)が発行する媒体資料を見ると、紙の広告よりも先に登場するのがデジタル広告の説明だ。E235系で一気に注目を集めたデジタル広告だが、その歴史は古い。

2002年から山手線を走る「E231系」、さらに京浜東北線や中央線に使われる「E233系」ですでにデジタル広告が導入されている。車両の各ドアの上に液晶ディスプレーを2つ設置。右側の液晶は停車駅などを示す車内案内が表示されるが、左側が「トレインチャンネル」と呼ばれる広告スペースだ。これはE235系でも踏襲されている。

山手線が加わるとCM料金が倍増

トレインチャンネルはニュースや天気予報などと並び、企業のコマーシャル動画も表示する。山手線を除く中央線快速、京浜東北線など首都圏主要9路線に30秒CMを約半年にわたって流す場合、広告料金は7100万円。これに山手線を加えた10路線になると料金は1億3700万円へと倍増する。山手線の停車駅はJR東日本エリアで乗降客数の多い駅トップ10のうち7駅を占めており、その広告媒体価値の強さを見せつけられる。


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単にCMを流すだけでなく、日本気象協会が提供する「花粉情報」や「風邪ひき指数」と連動させて鼻炎薬や空気清浄機能付きファンヒーターといった関連商品のCMを流すという、コンテンツ連動型のCMもある。当然ながら単にCMを流すよりも注目度は高まる。

「テレビではできない、あるいはテレビを補完するCMを流せるのがトレインチャンネルの強み」と、jeki交通媒体局の星野雅央・担当局長が説明する。同社は今後もSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と連携したCMなど、さまざまな可能性を模索している。


E235系の貫通扉の上にもディスプレーが設置されている(撮影:風間仁一郎)

E235系はドア上だけなく、窓の上に3つ、貫通扉の上に1つの液晶ディスプレイを設置。つまりE235系は1両当たり28個の広告用の液晶ディスプレイ数を搭載している。E231系の広告用ディスプレーは8個だったので劇的に増えた。

窓上3画面に30秒CMを半年間流す場合の広告料金は2900万円。E235系の運行本数が少ないため割安になっているようだが、山手線では2020年春ごろまでにはすべての編成がE235系に置き換わる。その後は横須賀線や総武快速線などにもE235系が導入される予定だ。運行本数の拡大に合わせて認知度が高まれば、今後は窓上スペースの広告料金も上がっていくだろう。

ただ、E235系以外のJRや私鉄の電車では、本来なら紙の広告が掲出されているはずの窓の上のスペースがガラ空きになっていることがしばしば見られる。このスペースに動画のCMを流すE235系はどこまで乗客の関心を引きつけることができるか。トレインチャンネルは紙の広告にはなかったドア上という新たな広告スペースを開拓したが、窓上や貫通扉の上の広告媒体価値を高めることがE235系の課題ともいえる。

中吊りよりも人気が高い場所

デジタル広告の売り上げがぐんぐん増えている一方で、紙の広告は年々売り上げが下がっているという。その原因は車内広告の代表的な存在である中吊り広告の落ち込みだ。「30年前は中吊り広告の6割を出版社系が占めていた」(星野局長)というが、近年は雑誌の売れ行き低迷により中吊り広告の出稿を見合わせる出版社が続出。「出版以外の業界は引き続き中吊りへの出稿に意欲的」(同)というが、出版社が抜け落ちた穴を埋めるまでには至らない。


「ドア横新B」と呼ばれる広告スペースは乗客の注目を集めやすいことから、料金も高い(撮影:風間仁一郎)

もっとも、中吊りに代わって、近年人気を集めている場所がある。ドアの横にある「ドア横新B」と呼ばれるスペースだ。中吊りや窓上広告と違い、乗客の目線と同じ高さにあり、乗客が下車するときは必ず目にする。このスペースはJR首都圏主要路線を一括して販売し、1両につきドア横4カ所を1週間掲出する場合の広告料金は2000万〜3000万円。一方でほぼ同じ路線をカバーする中吊り広告料金は1週間800万円。それだけドア横新Bの広告価値が高い。


西武鉄道が2014年に社内イベント向けに実施した「妖怪ウォッチ」のラッピング電車。車体への広告は注目を集める(撮影:尾形文繁)

こうした車内広告だけではない。車体の外側も広告スペースとして活用される。山手線の場合、1編成に2週間の車体広告を行った場合の料金は600万円。別料金となるが車体広告に車内広告を組み合わせて、車両のすべてを自社の広告で埋めることも可能だ。ユニークな車体広告は新聞やテレビで話題になることも多く、波及効果も高い。

視点をJR以外に広げてみよう。東京メトロ(東京地下鉄)や東京急行電鉄など首都圏の私鉄各社でも新型車両導入に合わせ、ドア上に液晶ディスプレーを設置してトレインチャンネルのような動画CMを流している。JRだけでなく私鉄各社にも同じCMを流すことができれば、認知度は飛躍的に高まる。

しかし、各社ごとに仕様が少しずつ異なるため、複数の鉄道会社の路線に同じCMを流す場合、同じCM素材を各社の仕様に合わせて別々にデータ変換する必要があった。しかし、各社が協力して、マスターデータを各社ごとの仕様に自動変換するシステムを開発、今年7月から運用を開始している。制作コストの削減につながるため、電車内のデジタルCMがさらに勢いづくに違いない。

銀座線に広告を出すには?

続いて私鉄各社の紙の広告について。地下鉄は地上を走る電車と違い、乗客が外の景色を見ることが少ないので車内広告に目が向きやすい。中でも東京メトロ・銀座線と丸ノ内線は山手線に並ぶ広告価値の高い路線だ。東京メトロもその点は意識しており、銀座線への広告出稿は東西線、千代田線、南北線とセット、丸ノ内線も日比谷線、有楽町線、半蔵門線、副都心線とセットで広告枠を販売している。1週間の中吊り料金はどちらのセットも330万円。


東京メトロ日比谷線に導入された新型車両「13000系」にもドア上部に広告用のディスプレーが設置されている(撮影:尾形文繁)

東京メトロの路線はさまざまな私鉄に乗り入れるため、より多くの乗客の目に止まりやすいという効果がある。相互直通運転を行っている私鉄は多く、A社の路線の上をB社の車両が走っているというのは当たり前の光景だ。

基本的には私鉄各社は車内広告の営業を独自に行う。そのため、埼玉県のマンション広告が乗り入れ先の神奈川県内でも見られるという現象が頻繁に起きる。「近隣地域にしか流れない新聞の折り込み広告と違い、遠方エリアにも広告が出るのは魅力」と、ある私鉄の担当者はメリットを強調するが、関心を持たない乗客も多いかもしれない。

また、相互直通運転を行う私鉄同士で広告料金が異なるケースも少なくない。たとえば、半蔵門線を介して相互直通運転を行う東急電鉄と東武鉄道の場合、平日2日間の中吊り料金が、東急(田園都市線・大井町線セット)が50万円、東武(半蔵門線直通型)は26万円と2倍近い差がある。ある企業の広告担当者は「東武に広告を出すほうが安上がり」と言うが、はたしてそうか。

総合交通広告代理店「アド・スマイル」の調査によると、半蔵門線三越前駅に平日乗り入れる車両は上下合わせ東武が132本、メトロが144本、東急が306本だという。つまり、東武と東急の列車の運行本数は2倍近く違う。東急の車両には東武線に乗り入れないものがあるが、逆に大井町とセットになっていることを考えると、東急と東武の広告料金の差は運行本数の差である程度は説明できそうだ。

なお、最近では、東武鉄道、西武鉄道、東京メトロ、東急電鉄の4社が共同で東上線、池袋線、有楽町線、副都心線、半蔵門線、東横線、田園都市線に広告を掲出する「SHIBUライナーセット」という企画も行われている。また、首都圏の鉄道事業者11社局が共通の広告を首都圏全域に掲出する「中吊りドリームネットワーク」という取り組みもある。

スマホを見ている人は情報感度が高い

雑誌の広告はすっかり影を潜めてしまったが、「代わりに食品や日用品の広告が増えている」とjekiの星野局長は言う。「たとえばケチャップのような調味料や冷凍食品の広告が目立つ」。これは、共働き世帯が増え、家庭の主婦が電車通勤をするようになった結果といえる。電車広告から世の中のトレンドを知ることもできる。


西武鉄道の新型車両「40000系」では通路の上にもディスプレーが設置されている(撮影:尾形文繁)

電車内でスマホを見ていると、周囲が目に入らないようにも思われるが、そうでもないようだ。jekiメディア営業部の宮本守担当部長は、「スマホに没頭している人は別だが、スマホを見ている人は、何もせずぼんやりしている人に比べ、周囲の情報に対して感度が高い」と言う。この点に着目して、今後、スマホと連動した車内広告が展開される可能性もある。

デジタルの時代になっても紙の広告は健在だ。両者の長所を活用しながら、画期的な広告を目にする日がやってくるかもしれない。