“米3合の呪縛”が野球少年を苦しめている(写真:Graphs/PIXTA)

夏の暑さも和らぎ、食欲の増す季節がやってきた。メタボぎみのお父さんは「もう食べちゃダメ」と奥様ににらまれたりするが、逆に「もっと食え」と強制される子どもがいるのをご存じだろうか。

「1食につき米3合食え」

子どもの脳に詳しい小児科医で文教大学教育学部特別支援教育専修の成田奈緒子教授は、講演のため足を運んだ東北地方のある町でこんな話を聞いた。

「息子が少年野球の監督から1食につき米3合食えと命じられ、苦しんでいます」

小学5年生。野球の少年団で投手として頑張っているが、放課後行う練習が終わるのは夜9時を過ぎる。そこから米3合、茶碗に山盛り6杯ぶんの白飯を食べなくてはならない。

食べるのに夜中の12時までかかる。体が細く体も小さいため「食べないと試合で投げさせないと監督に言われた」と泣きながら食べる。プロ選手を輩出した少年団らしく、「1食3合命令」は地域の少年団でも有名だ。

しかも、白飯がおなかに入らなくなるからか「野菜や肉などのおかずは食べなくていい。塩だけで飯を食え」とも言われているそうだ。

子どもの脳育てのために早寝早起きを推進する成田教授が、さらに驚いたのは、同じ話を今度は東海地方での講演の際にも聞いたからだ。そこでも前述のケースと同様「1食米3合」を監督から命じられ、子どもたちが苦しんでいた。

実は筆者も似た話を知っている。首都圏にある少年野球クラブで以前聞いたのは「どんぶり3杯」。量的には米3合とほぼ同じだ。消化できずに下痢になるため、栄養を吸収できず太れない。体重が増えないため「おまえ、食ってないだろう!」と叱られる。そこまで食べなきゃいけないなら野球をやめたいと子どもが言う――そんな話だった。

野球少年が「1食米3合」の理不尽に苦しんでいる。

「本当に驚きました。本来なら小学生が就寝すべき夜9時まで練習し、それから米3合食べて就寝が夜中では、成長ホルモンが分泌する時刻に間に合わないので身長が伸びません。夜中に食べることで胃腸がもたれて朝ごはんがしっかり食べられないため、日中の活動に支障をきたします。本末転倒です」と成田教授は勘違いの“食トレ”に警鐘を鳴らす。

「野球食」なる言葉が登場したのは2000年前半。その後、ラグビー、サッカー、駅伝などで日本のトップアスリートたちがスポーツ栄養、「食トレ」に励む文化が生まれたが、その起点になったのが野球食だった。

それが小学生にも下りてきたのだろうか。正しい栄養指導を受けられない親たちは不安そうだ。

都内で小学6年生の野球少年を育てる40代の母親は「うちは団長が楽しく野球をやろうと方針を示しているチーム。息子も含めてみんな体は小さいけど、そこまで食事のことを厳しく言われない」と明かす。

ただ、親睦会などでコーチと話すと「実際、体が大きい子がいるほうが勝てる」とか、「野球は体が大きくないと話にならない」といった本音も聞かされる。

「根尾(昂=大阪桐蔭高校)君なんて、そんなに大きくないけど凄い選手じゃないですか。全員4番になれるわけじゃないのに。どのくらい食べさせたらいいのか。そもそも本人が嫌がるのに食べさせていいのか」

メディアの影響による勘違い

そこで、帝京大学スポーツ医療科学科助教でスポーツ栄養士の藤井瑞恵さんに、それらの疑問について聞いてみた。スポーツクラブの子どもたちの栄養指導の経験があり、現在は大学選手権10連覇を狙うラグビー部の栄養サポートをしている。

藤井さんはまず、メディアの影響による勘違いを指摘する。

「ここ数年、スポーツ栄養がメディアで取り上げられるようになり、テレビなどで、高校生や大学生のトップアスリートはこんなに食べてますよ、といった様子が報じられます。悪いことではないのですが、それを見て、小学生にも、とか、小学生からやればいい、などと勘違いされているのではないか」

無論だが、米3合に根拠はないという。

「続けていたら、体に変調をきたします。消化不良を起こし胃腸障害のもとになりかねません。下痢をしたり、嘔吐したら、ほかの栄養素も外に出てしまって逆効果。背も伸びません」

藤井さんによると、野球をはじめスポーツ少年の正しい栄養摂取は「さまざまな食材を適量食べて、しっかり吸収する」ことだ。

成長期にある小学生の間は、骨の形成にポイントを置く。骨が鉄筋とコンクリートでできていると仮定すると、鉄筋部分はコラーゲン。骨のしなやかさ、骨の質を決める成分だ。コンクリート部分はカルシウムになる。

コラーゲンをつくるには、肉や魚、卵から摂取するたんぱく質や柑橘類などに含まれる「ビタミンC」が必要になる。カルシウムは牛乳や小魚など。そのカルシウムを体に吸収しやすくするには魚やきのこ類などに含まれる「ビタミンD」と、納豆や春菊、ほうれん草などの葉物、海藻に含まれる「ビタミンK」を摂ってほしいという。

白飯が好きな子どももいるが、ふりかけをかけて食べて終わり、ではいけない。ごはんは糖質で、エネルギーに変わる大事な栄養素だが、その糖質をうまくエネルギーに変えるには豚肉や豆類にある「ビタミンB1」が必須であり、そのB1を吸収しやすくするには、一緒にネギやニンニクに入っている「アリシン」を摂る必要がある。

加えて、スポーツ少年の親が心掛けたいのは、補食の確保だという。放課後の練習など、おなかがすいた状態で始め、エネルギー不足の状態で体を動かすと脚つりやけがの原因になる。脳も糖質などをエネルギー源にしているため、頭も働かなくなる。よって、バナナやおにぎり、パンなどの補食を開始前に摂ることが重要だ。

中学校の部活動は、その観点から見て理想的ではなく、問題がありそうだ。一部の私立校以外は、食べ物を学校に持ってきてはいけないところが多い。

「小学生は平日なら一度帰宅して補食を摂れますが、中学生は昼ごはんのあと何も食べずに部活に入ります。栄養学的によくありません。学校としてのシステムを変えることを考えてほしい」(藤井さん)。

たとえば、部活生が持ってきたおにぎりなどを学校側が放課後まで預かっておくなど、工夫が必要だろう。

発育発達の面についても、もっと考えたほうがいい。藤井さんによると、小学生時代はどの競技も基礎技術を習得することが重要だという。小学生は技術、中学生は持久力。高校生から筋力に注目する。このような発達段階に応じたて指導すべきという考え方は、スポーツコーチングの世界では常識だ。

「少年野球の指導者や親御さんは、小学生の時期に何をいちばんやらなくてはいけないかを整理してほしい。小中学生の時期は、個々で成長の速さが違う。無理に体を大きくする時期ではありません」(藤井さん)

大人が勝利を求めすぎていないか

大きい子は打てる。打てれば勝てる――。そんな発想から“米3合の呪縛”が生まれ、子どもたちを苦しめていないか。まだまだ続く競技生活を考えれば、子ども時代には「野球は楽しいなあ」と感じることが最も重要なのに、大人が勝利を求めすぎている側面はないだろうか。

そんな理不尽は、すべての少年野球の現場で起きている事態ではなく、ごく一部なのだろう。だが、一方で子どもの野球離れが言われ始めて久しい。全日本軟式野球連盟に登録している小学生チーム数は、2011年度の1万4221に対し、2017年度は1万1792。6年間で2500弱のチームが消滅している。

少子化やサッカー人気に押されているとの見方も間違いではないかもしれないが、理不尽さが敬遠されている可能性も否定できないと筆者は考える。育成の環境が今の時代にあっているかどうか、点検することは無駄ではないだろう。

冒頭の成田教授は言う。

「食べることで苦しむなんて、少年スポーツに危険な側面があるという認識を持ちました。大人がきちんと新しい知識を学んで指導しなければ、子どもにとって悪影響でしかありません。指導者だって、その子を良くしたいと思っているはず。誰かがこうしているとか、そういった話を鵜呑みにしないでもっと勉強してほしい」

食事も、スポーツも、本来楽しむもの。この価値観を大人たちが共有することが何より必要だ。