昨年12月、日比谷シャンテ内にオープンした「リンガーハットプレミアム」(編集部撮影)

中国料理にルーツを持ちながらも、日本で進化を遂げ、色とりどりに花開いているラーメン文化。日本人にとっては身近で手軽なグルメであるだけでなく、国内各地で発達したご当地ラーメンが旅行の楽しみの1つともなっている。さらに日本のラーメンチェーンが海外で繁盛したり、外国人旅行客からジャパニーズグルメとして人気が高まるなど、海外からの注目もあって、今、ひときわ盛り上がってきているようだ。

新たな方向性を模索しているリンガーハット

そんななか、売り上げ、店舗展開ともに伸ばしてきているのがリンガーハット。ラーメンとは別に、ご当地めんとして独自のジャンルをつくりあげている長崎ちゃんぽんの専門店であり、また、野菜たっぷりのヘルシーさにより、女性からの支持が高いチェーンとしても知られている。

同社の2019年2月期第1四半期(3-5月)決算は売上高が117億2800万円で、前年同月比3.8%プラスだった。現在、同社の店舗数はとんかつの「濱かつ」など他業態をあわせて788店(海外店含む・8月末時点)。そのうち、長崎ちゃんぽんリンガーハットの店舗数は8月末時点で678店になる。新規出店を続けており、3月末の664店から14店純増している。

ヘルシー路線で差別化を図ってきたリンガーハットだが、さらに最近では、別業態の展開により、新たな方向性を模索しているようだ。たとえば、アルコールやおつまみをそろえた居酒屋店舗「ちゃんぽん酒場」や、特別感を醸し出す「リンガーハットプレミアム」などだ。

今回は、そのリンガーハットプレミアムに取材し、「既存の店舗とどこが違うのか?」について詳しく聞いてきた。


自身も長崎ちゃんぽんを食べて育ったという、リンガーハット営業戦略部の堀江純平氏(編集部撮影)

「目指したのは『いつもと違うリンガーハット』です」と語るのは、リンガーハット営業戦略部の堀江純平氏。プレミアム1号店は劇場・映画館や店舗を備えた複合施設、日比谷シャンテ内に2017年12月にオープン。付近には帝国ホテル、東京ミッドタウン日比谷などがあり、都内でもひときわ格調高くおしゃれな界隈だ。

「そもそもは、こうした私どもがなかなか入りづらかった商業施設からお声をかけていただき、またその際に『普通と違う、非日常的な店舗にしてほしい』と相談されるようになったことがきっかけです」(堀江氏)

近年、商業施設のレストラン街やフードコートでの「ハレの場」ニーズが高まっている。モノ消費からコト消費へニーズが移行するなかで、ただ食べるだけではない、楽しむ場所として、飲食店の役割が重要になっているのだ。

「ただし、リンガーハットを支持してくださっているお客様が使いづらくなってしまっては本末転倒です。ですので、“いつもよりちょっとリッチ”をコンセプトとしました」(堀江氏)


壁には長崎の風景をあしらった絵皿が飾り付けてある(編集部撮影)

実際の店舗を見ると、外観、内装を含め店の雰囲気は普通のリンガーハットとまったく異なっている。壁には長崎の風景をあしらった絵皿が飾り付けてあり、商品ポスターなどの掲示物も高級感の漂うデザイン。スタッフの制服も縦じまのエプロン&帽子と、小粋な感じだ。

いつものちゃんぽんとの違いは?

では、商品に違いはあるのだろうか? メニューの写真を一見したところでは、高級感のある器が使われているということぐらいで、違いはわからない。そして値段は、ちゃんぽんが通常590円のところ、690円と、100円高い。

「100円でできることのなかで、価値を感じていただけるように努力しています」(堀江氏)


プレミアム長崎ちゃんぽん690円(編集部撮影)

まず大きな違いは、“いかげその復活”だという。数百店舗という規模になって以来、材料の調達が困難なため、同店のちゃんぽんから姿を消していた具材だ。また昔はげそと言えば味はいいのに値段は安い、庶民の味だったが、今は価格が上がってきているらしい。

「それから、スープの塩分を下げて、うまみ、コクなどをプラスしています。上に千切りキャベツを炒めてトッピングしていますが、これがスープに甘みを加えています。ただ、非常に微妙な違いですから一般の方にはわかりにくいかもしれません」(堀江氏)

そのほか、野菜の品数が1品多いなど、微妙な違いがある。

オープン後の反響は予想より30%増しで、非常に好調とのこと。平均して日に350人程度が訪れる。これは普通の長崎ちゃんぽんと変わりないが、客単価が違う分、収益もアップするわけだ。

どんな客が訪れるのだろうか。まず第1は、根強いリンガーハットファン。同店の近隣に普通のリンガーハットが点在するにもかかわらず訪れる。これらの客の大きな来店動機は「何がプレミアムなの?」という好奇心だという。第2に、これまでリンガーハットを利用しない客層。つまり、観劇やショッピング、観光目的で日比谷界隈を訪れる客層だ。

男女比およそ6:4という、ラーメン・めん類を扱う店としては高めの女性比率を誇るリンガーハットだが、プレミアム店ではさらに女性7〜8割となる。確かに、プレミアム店なら、1人客の女性でも抵抗なく入れる。普通は置いている半量ちゃんぽんがメニューにないのが残念だ。観劇前などにちょっと食べるのに、需要は高いのではないだろうか。


店内はカウンター席とテーブル席がある(編集部撮影)

とはいえ、店の雰囲気はともかく、メニューにはあまり違いがないようだ。「どこがプレミアムなの?」という好奇心に対し、「100円増しでちょっとリッチ」な部分は正直なところわかりにくいかもしれない。しかし、それでも集客が落ちないということは、価値が伝わっているということだろう。

また、リンガーハットのファンは価格アップに寛大であるともいえるかもしれない。近年の天候不順により、リンガーハットでは8月に商品の価格を改定。21品のうち主要な13品において、平均3.3%の値上げに踏み切った。

「改定後お客様がどの程度減少するのかと、心配でした。しかしふたをあけてみると変わらなかった。また、『10円アップしても国産を守る姿勢を評価する』とメールでご意見をくださった方もいます」(堀江氏)

同社が最近、特に注目されている理由として、国産野菜、小麦粉や保存料や合成着色料不使用などを打ち出し、材料の原産地情報を発信するなど、食の安心・安全に力を入れていることが大きい。転機が訪れたのは2009年だ。

野菜の国産化を断行

「会長の米茺和英が、ぜひやってみたいと、社内の反対を押し切って野菜の国産化を断行しました。米茺は創業者であり、1店舗から始めた当時は当然、国産の野菜を使っていました。それが店舗数を増やしてからは全面国産野菜は厳しく、使用量が多いキャベツ・モヤシのみに留まっていた。会長には、いつか原点に戻りたいという想いがあったようです」(堀江氏)

米茺会長のこだわりには理由があった。長崎ちゃんぽんは地元の人にとってソウルフードであり、また、1食で野菜、魚介、肉がバランスよくとれるヘルシーな食事、というイメージが強く定着している。地元の人にとって、ちゃんぽんとは、家庭の食事のように安心感のある食事なのだ。


プレミアム長崎皿うどん720円(編集部撮影)

また、当時ちょうど、中国製冷凍ぎょうざの異物混入事件が起こり、食の安全・安心について、社会的に取り上げられた。食材について再検討するのにふさわしい時期だったのだ。

そのほか、大きな改革を可能とする体力が蓄えられていたことも大きいだろう。もともとロードサイド店中心に店舗拡大を進めてきたが、2005〜2006年あたりから商業施設内のフードコートなどに出店するようになり、大きく店舗数が伸びた。店舗を飛躍的に拡大できた背景には、“厨房の改革”がある。中華鍋を使用して調理するいわば手づくりの方式から、IHなどを使う電気式の調理システムへと切り替えた。味のばらつきがなくなり、調理スピードがアップ。また、火をあまり使わないので厨房温度が高くならず、油汚れも少ない、力のいる“鍋振り”もなく、作業がラク、といった点で、労働環境が改善されたという。

「また、野菜の国産化にスムーズに移行できたのは、キャベツを通じ、契約農家との信頼関係が形成されていたからでしょう」(堀江氏)

このように、現在の“ヘルシーなちゃんぽんのチェーン”というイメージがつくられるまでには、さまざまな積み重ねがあったわけだ。

今、プレミアム店のメニューだけを見ると、“プレミアム”と冠するほどの大きな違いは感じられない。それはある意味、既存のちゃんぽんがほぼ理想型にたどり着いているからかもしれない。

ただ、プレミアムと銘打つ以上は、企業側も力を入れている。人材戦略もその1つだ。リンガーハットは約3割の店舗がフランチャイズだが、プレミアム店はもちろん直営店で、立ち上げには選りすぐりの人材を店長として投入しているそうだ。さまざまな店舗を視察している堀江氏に、「いい店長とはどんな存在か」を聞いたところ、「まず、いい店長は、スタッフを大事に育成する」という。スタッフが定着するので、店のポテンシャルが維持・向上する。スタッフのモチベーションがサービスや店全体の雰囲気に反映されるなど、ばかにできない影響がある。

近年は売り手市場で飲食店の人手不足は深刻なので、同社もスタッフ確保に力を入れているようだ。ちなみに勤務地の場所柄がよくて制服がおしゃれなプレミアム店はスタッフ確保に有利で、これまでのところ客からのクレームも少ないという。

庶民の味で挑む「プレミアム」の訴求

「あと、味は均一化されているのであまり変わりはないのですが、いい店長がいる店は盛りつけ方が違う。たとえば『野菜たっぷりちゃんぽん』なら、野菜を高く盛り、いかにも“たっぷり”という感じで盛りつけます」(堀江氏)

堀江氏は味が均一化されているというが、ある長年のリンガーハットファンに言わせると「店によって微妙に違う」そうだ。盛りつけ方に見られるようなちょっとした丁寧さが、作業過程の随所で積み重ねられ、味の違いに表れてくるということはありうるだろう。

このように見てくると、リンガーハットプレミアムは、こうしたわずかな違いの積み重ねで、店全体でおもてなし感が味わえる店と言えるかもしれない。

「ただ、もっと差別化してほしいという声もあるので、お客様のご意見をもとにブラッシュアップを重ねていきたいと思っています。幸い店舗数も少なく小回りがきくので」(堀江氏)とのことで、具材やメニューについては今後も変更の可能性がある。近くはちゃんぽんに海鮮具材を1品追加することを検討中だ。

プレミアム店は拡大の方向に向かっており、すでに横浜、軽井沢、新橋に4号店まで展開、さらに福岡への出店も決まっている。

「店舗にご当地カラーを出していきたいと考えています。たとえば横浜店はトッピングにアオサを使ったり、大葉で巻いて食べるぎょうざなど、オリジナルメニューを出しています」(堀江氏)

評価の高いメニューがあれば他店にフィードバックするなど、柔軟に検討していきたいという。なお横浜店はアルコールやおつまみが充実し「ちょい飲み」客も多いため、客単価が通常より140〜150円高いそうだ。こうして見ると、プレミアム店はフラッグシップ店のような位置づけで、ブランド訴求やマーケティングに活用できるのかもしれない。今後は、主要都市を中心に展開していくそうだ。

ちゃんぽんという料理自体が庶民の味だからこそ、「プレミアム」の訴求には、ある難しさがあるのかもしれない。ただ、飲食業ではプレミアムブームが盛んで、消費者はプレミアムという言葉に慣れている。健康的な食事、という大きな柱を維持しながら、もっと思い切ってプレミアムを追求してもよいのかもしれない。