サイボウズの青野慶久社長

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グループウェアを提供するサイボウズは、来年1月から企業経営者を対象にした経営塾事業を始める。1月から3月までに1日8時間の講座を6回実施。定員は20社で、価格は1社につき200万円だ。サイボウズの青野慶久社長など同社の経営陣が講師を務める。「6日間で200万円」という経営塾にはどんな顧客が集まるのか。青野慶久社長に聞いた――。

■「いい話」を聞いただけでは組織は変わらない

「なぜグループウェアの会社が、経営塾を始めるのか。確かにサイボウズはグループウェアの会社ですが、ツールだけを提供することに限界を感じていました。グループウェアを導入すればいいチームができるかというと、そんなことはありません」

サイボウズの青野慶久社長はこう語る。もともと情報共有に積極的なチームであれば、ツールによってさらに風通しがよくなり、意思決定が速くなる。しかしそうではないチームでは、ツールを導入しても「そもそも情報共有なんてしなくていい」「上長の言うことだけ聞いておけばよい」といった意見が出て、想定していたような結果にはならない。ツールを提供する企業だからこそ、ツールだけで組織が変わらないという限界点を感じていたという。

「働き方改革が注目され、私も講演依頼をずいぶん頂くようになりました。講演料は今や1回100万円に上がっています。ですが一度講演を聴いたくらいでは、組織は変わりません。『いい話だった』という感想だけで終わってしまいます。ツールと同じく、限界があるのです。そこで実際に、組織を変えるためのノウハウを経営塾という形で提供したいと考えました。日本社会はこれから慢性的な人手不足に陥ることは明らかです。しかしそれにも関わらず『どうしていいか分からない』という経営者が多いのです」

「企業経営者からは、『社員の多様性(の担保)と生産性(の確保)でバランスがとれない』という悩みをよく聞きます。私はこの原因を、マネジメントのノウハウ不足だと考えています。

働き方の多様性自体は、複数の事例が世の中に出てきています。しかし、ただ真似るだけではうまくいきません。サイボウズには、100社以上で講演し、自社でも推進してきたマネジメントのノウハウがある。この経営塾では、参加者にそのノウハウを伝え、持ち帰って、実際に会社を変えてもらうことを目的にしています」

■かつては離職率28%の「ブラック企業」だった

サイボウズの離職率は、2017年の時点で4%。厚生労働省の「平成28年雇用動向調査」によれば、常用労働者の離職率は平均15%だ。しかし、創業時からこのような“ホワイト企業”だったわけではない。青野社長が就任した2005年の離職率は28%超だったという。

「私自身、ずっと『ITベンチャーなんだから死ぬほど働けよ』と思っていたんです」

お金をかけて広告を出して、採用して教育する。それでもまた辞めていく。ついにその割合は、社員の4人に1人を超えた。

「はじめは『全員の給料を上げたら頑張ってくれるのか』とも思ったのですが、そうでもない。みんなに意見を聞いていたら、『(希望する働き方が)みんな違うんだ』ということに気づいたのです」

■パリや妙高高原でのリモートワークも

そこで青野社長は、劇的に方針を転換。2007年からは、「ワーク重視」一辺倒だった評価制度を「ワーク重視型」「ライフ重視型」「ワークライフバランス型」の3種類からの選択型に改め、働き方の自由度を広げた。

また2012年には働く場所を選択できる「ウルトラワーク」制度も運用開始。フランス・パリや上越・妙高高原に住みながらリモートワークで働く正社員、ほとんど会社に来ない営業マンなど、多種多様な働き方が認められている。

「『働き方宣言』という制度があります。社員が『私はこんな働き方をします』と全社員に向けて公開してしまうんです。例えば『月・火はサイボウズの仕事、水は副業、金は会社に来るけども定時に帰ります』とか『週に1回は在宅で働きます』といったように。この情報共有に活躍するのがITツール、グループウェアです。『今からあの人に仕事を振っていいのか』『この時間に会議を入れていいのか』というのはツールを見ればわかります。この制度の実現は、ITがないとなかなか厳しいでしょうね。多様すぎてホワイトボードに書きようがありません」

■新人の出退勤、勝手に制限するような管理職は外す

とはいえ、社長がいくらビジョンを打ち出したところで、現場が付いてこなければ意味がない。特に、現場と経営の板挟みになる中間管理職からのクレームはなかったのだろうか。

「もうそれはたくさんありました。管理職の意識改革に3年くらいかかったと思います。例えば新人の出社時刻を勝手に早めたり、定時を過ぎても連絡を強制したりするマネージャーがいました。そういったことを注意をしても改めない場合は、管理職から外れてもらうこともありました。自分がそう働きたいのはわかるけれども、人に押し付けるな、と。営業には『売り上げが下がります』と言わたり、『サイボウズは子持ち社員ばかり優遇して、独身にツケが回ってきています』と言われたりしました」

■どんな「不満」も「意見」としてとらえる

「どの不満についても、一つの意見として聞きました。その上で、『じゃあどうしたらいい?』と解決策を聞くんです。不満の背景には『こうしたい』という理想がある。だからまず理想を聞き出します」

「お互いの理想と現実を確認するとその差分が分かります。何があっても出し惜しみせずに双方の理想を語り、合意点を見つけることが大切です。このサイクルを回していくと、どんどん本質的な課題と解決策が見えてきます。不満としてだけ聞くと組織が成長する機会を失ってしまいます。最後は決める人(役職者)が決めればそれに従う。そこは一般的な組織のルールどおりですが、それまでに言いたいことをみんなで徹底的に語ります」

労働時間や働き方が多様なサイボウズでは、「市場性」と呼ぶ評価指標を置いている。市場性というのは「その人の転職市場での評価」のこと。サイボウズには毎年3000人ほどの応募があるが、その情報や退職者へのヒアリングをもとに市場評価を算出。この数字をもとに年棒を決めている。

■経営者と現場責任者の共通言語が必要

では、6日間で200万円の経営塾に参加するだけで、本当に企業は変わることができるのだろうか。

「確かに、経営者の意識が変わっても、会社という組織そのものを変えるのはとても大変です。だから、経営者1人で来ないでほしい。この経営塾は、経営者の参加は必須ですが、同時にあと2人参加できます。その枠には現場のトップを連れてきてほしい。連れてこられないと成功確率が下がるよ、とまで言いたい。経営者との共通言語を現場責任者に持たせると、変革にチャレンジする土台ができる。うまくいく会社なら、講座の内容を1回2回実践するくらいで、出てきた課題にどうやって対処するのかが身につくはずです」

受講者はチームワークを高めるために必要なメソッドを講義で学び、自社に持ち込んで試し、次回の講義には課題を持ち寄る。このサイクルを繰り返す。第1期は全6回を来年1月から3月までに行う。講義時間は毎回8時間。5月からは第2期も開催する予定だ。

「1人の離職者を減らすだけで、どのくらいの損失を防げるでしょうか。それが2人3人となったら200万円は安いものだと思います」

■“チームワークあふれる社会”が目標

青野社長はチームワーク経営塾の事業収支について「目標を置いていない」とした上でこう語る。

「遠いところの理想ははっきりしています。チームワークは楽しい。だからチームワークあふれる社会になるようにしていきたい。そうすると、人間の幸福度と生産性がダブルで上げられるんですよ。よくスポーツで、個人種目で優勝しても泣かなかった選手が、団体だとわっと泣き出す、という場面があるでしょう。感謝と貢献、これは人間にとって重要です。お互いの強みも生かせるので、個々人が得意なことに集中でき、生産性も上がります。1+1が2で終わらず、3にも4にもなる。こんなに良いことはないのではないでしょうか」

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青野 慶久(あおの・よしひさ)
サイボウズ 代表取締役社長
1971年生まれ。大阪大学工学部卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。97年、サイボウズを設立し、05年より現職。3度の育児休業と短時間勤務を経験。著書に『チームのことだけ、考えた。』など。

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富谷 瑠美(とみや・るみ)
記者/編集者
2006年早稲田大学法学部卒。アクセンチュア株式会社で全国紙のITコンサルティングを担当したのち、日本経済新聞電子版記者。現在はリクルートグループの編集者と、自営業で記者の二足のわらじを履く。注力分野はIT、手法としてインタビューなど。

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サイボウズ 代表取締役社長 青野 慶久、記者/編集者 富谷 瑠美 撮影=プレジデントオンライン編集部)