サリドマイド。悪名高き薬剤である。1950年代に催眠鎮静剤として広く使用され、妊婦に対する催奇形性のためにいわゆる「サリドマイド児」と呼ばれる人々を大量に発生させ、使用禁止に追い込まれた忌まわしい歴史を持つ代物だ。そのサリドマイドの催奇形性がなぜもたらされるかについて、奈良先端科学技術大学院大学の箱嶋敏雄教授や、東京医科大学の半田宏特任教授、名古屋工業大学の柴田哲男教授らの共同研究グループがこれを解き明かすことに成功したという。

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 なお、催奇形性とは、胎児に奇形がもたらされる性質のことである。

 さて、サリドマイドの歴史について、もう一つ知られている重要な学説がある。1979年、サリドマイドの催奇形性と薬効は、それぞれ同じ分子の鏡像異性体(光学異性体ともいう)によって引き起こされる、という説を、ミュンスター大学のブラシュケ教授らが唱えた。いわゆる「左手型催奇形説」というものである。

 これが正しければ、うまく鏡像異性体を含まないサリドマイドを作れば催奇形性のないサリドマイドが作れるのではないかと期待されたのだが、結局はうまくいかなかった。何故かは不明であったが、右手型のみで合成したはずのサリドマイドは、人体に投与すると左手型の鏡像異性体を発生させてしまうのだ。

 今回の研究は、左手型のサリドマイドがどういう分子的機序によって奇形を誘発するかを明らかにしたものである。具体的には、セレブロンというタンパク質と結合して、自己ユビキチン化を強く阻害するという左手型サリドマイドの性質(なお、右手型はこの性質をほぼ持たない)が、催奇形性をもたらしていたというものだ。これが明らかになったことにより、左手型催奇形説は完全なその裏付けを得たといえる。

 ちなみにサリドマイドは実は今日なお有力な薬剤として、厳しい管理のもとでだが特殊な治療場面などでは使用されている。今回の研究は、副作用の小さいサリドマイドを再開発するための重要な手掛かりになるものと期待される。