『アイ・キャン・スピーク』の試写会にて AFLO

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 韓国は集中度が高く横並び社会なので何でもみんな「わっ」とくる。朴槿恵・前大統領をあっという間に弾劾・罷免に追い込んだ例のロウソク群衆デモなどその一例だが、毎年のように話題になる「観客動員1000万人突破!」などという映画もそうだ。人口5000万の国でこんな極端(?)な風景は韓国ならではだろう。

 その映画で今年夏、「1000万突破確実、2000万も!」と事前に大いにもてはやされた反日・愛国映画『軍艦島』が日韓双方で話題になったが、意外にも途中失速し忘れ去られてしまった。戦時中の日本の炭鉱で反日暴動などあまりに荒唐無稽なうえ、炭鉱の映像が汚らしく、さらに日本に協力する韓国人がいたりで観客には印象がスカッとしなかったようだ。

 その後、新たに二つの話題作が封切られたのだが、一つは『アイ・キャン・スピーク』という名の一見コメディ風の映画。ところがこれがとんでもない食わせモノだった。

 主人公は地域のことを何でも区役所に垂れ込む独り暮らしの名物バアちゃんで、彼女が一生懸命、英会話を学ぼうとする話。「米国にいる離散家族の弟と英語で話したいから」といい、映画の半分以上は彼女の日常生活をめぐるユーモラスなドタバタ劇なのだが、途中から実は彼女は元慰安婦で、米議会で日本糾弾の“証言”を英語でしたいために英語を習っていた…というトンデモ映画だったのだ。

 最後は米議会で拍手喝采を浴び、抗議の日本大使館員に「日本は何も謝っていない!」と毒づくなど、結局、今はやりの慰安婦問題をネタにした反日愛国物語だった。これが韓国社会の英語ブームを背景に「おバアちゃんの英語学習!」という「家族そろって楽しめるホームドラマ」風に仕立てられ人気なのだ。『軍艦島』より悪質である。

 もう一つの話題作が『南漢山城』。これは人気作家・金薫の歴史小説を映画化したものだが、近年の韓国映画には珍しく「韓国の惨めな歴史」を真面目に描いた“自己省察”ドラマ。日本相手に「やっつけた!」「勝った、勝った!」のお手軽な反日愛国アクション娯楽モノばかりが目立つ中で、韓国映画界の名誉のため(?)にあえて紹介しておく。

 この映画は日本が相手ではない。17世紀中ごろの清(中国)から受けた“屈辱の歴史”を正面から扱っている。李氏朝鮮は当初、明(中国)を宗主国と崇めていたため、中華文化圏では“蛮族”だった満州族(女真)の清を無視。これに怒った清に攻め込まれる(韓国では「丙子胡乱」という)。

 朝鮮朝廷はソウル近郊の「南漢山城」に立てこもって抵抗するが、最後は降伏。王・仁祖は清の皇帝の前で頭を地にこすりつけ「臣従の誓い」をさせられる(三田渡の誓い)。この降伏にいたる朝廷内部の和・戦をめぐる意見の対立がドラマの核心で、最後は、清の勃興という時代の流れを無視し明を奉る主戦派の「大義・名分」より、「生き残り」を主張する和平派の意見を王が受け入れる。

 今、中国にいじめられている韓国の外交的現状や米国と対決する北朝鮮のきたるべき身の処し方、さらには“愛国”とか“反日”とか“反米”とか民族感情にもとづく大義・名分と現実との折り合いなど、「歴史の教訓としていろいろ考えさせられる」といって話題なのだ。

 余談だがこの映画は雪の南漢山城など冬の映像が実に美しく、坂本龍一を起用した音楽もいい。日本による韓国併合・支配も「民族的屈辱」だろうが、こんな風に日本との歴史も自己省察的に描いてくれるようになれば、お互いの歴史認識も多少は接近するだろうに。

【PROFILE】黒田勝弘/1941年生まれ。京都大学卒業。共同通信ソウル支局長、産経新聞ソウル支局長を経て産経新聞ソウル駐在客員論説委員。著書に『決定版どうしても“日本離れ”できない韓国』(文春新書)、『隣国への足跡』(KADOKAWA刊)など多数。

※SAPIO2017年11・12月号