ゲリー・ウェバー・オープン2回戦で途中棄権となった錦織圭【写真:Getty Images】

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世界ランク30位以内のコミットメント・プレーヤーに課される大会参加の義務

 男子テニスシングルス世界ランク9位の錦織圭(日清食品)は、ウィンブルドン(7月3日開幕)の前哨戦となるゲリー・ウェバー・オープン2回戦で左臀部の故障により、途中棄権を余儀なくされた。今季はこれまで足首、右手首、臀部と痛みを抱えながらのシーズンを送り、まだタイトルを手にできていない。

 一方、世界ランク5位のロジャー・フェデラー(スイス)は昨年、左足首の手術を受け、後半戦は休養を宣言。今季は全豪オープンを制するなど、全盛期の強さを取り戻したが、膝の負担を軽減するため、全仏オープンを含め、クレーコートシーズンを回避した。コンディションを整えながらタイトルを積み重ねるという理想的なサイクルでパフォーマンスを高めている。

 満身創痍でコートに立ち続ける錦織も、いったん故障の完治を優先させ、万全の状態を取り戻すべき――という「休養論」もファンの意見では根強い。コンディションを高めるため、日本のエースもフェデラーのような日程調整を行わないのだろうか。その裏には、男子プロテニス協会(ATP)の定めた選手規約がハードルとして横たわっている。

「ATPは選手向けにオフィシャルルールブックというものを発行しています。2016年11月7日の時点で世界ランクトップ30位に入っている選手は今シーズン、『コミットメント・プレーヤー』と位置づけられます。この30人は、17年シーズンにATPツアーで全て本戦から参加できる権利を手にできます。年間のランキングに応じて、賞金も手にできますが、一方で大会参加の義務が生じるのです。

 具体的に言えば、マスターズ1000のクラスの全大会、そして、12月のATPワールドツアーファイナルに招待された場合は重い故障などの理由がなければ、原則エントリーしなければいけません。また、500シリーズのクラスは4大会に参加しなければいけません。錦織選手が休めないのも、コミットメント・プレーヤーゆえの参加義務が理由です」

 プロテニス選手の綿貫敬介は、こう解説してくれた。

通算600試合出場、プロで12年間活動、満30歳のいずれかクリアでノルマが減少

 前年度のトップ30に入った選手は、ATPツアー・マスターズ1000の9大会にエントリーが不可欠。そして、500シリーズの4大会のうち、1つは8月の全米オープン終了後のトーナメントを選ばなければいけない。大会によっては試合出場、メディア対応、トーナメントのプロモーションなどの義務を怠った場合、年間賞金の一部を罰金として支払うなど、厳格なルールも存在するという。

 コミットメント・プレーヤーである錦織は大会参加義務をこなすため、トーナメントを連戦する必要がある。実際、今季これまで全てのマスターズ1000の大会に参加。3月のBNPパリバ・オープン、マイアミ・オープン、5月のマドリード・オープン、BNLイタリア国際の4大会に参戦。マイアミ・オープンとマドリード・オープンは故障で棄権を余儀なくされ、あと5大会が残されている。

 500シリーズの大会では、2月のリオデジャネイロ・オープン、6月のゲリー・ウェバー・オープンに参加しており、まだ2大会に参加しなければいけない。ゲリー・ウェバー・オープンは2回戦で途中棄権。大会参加義務が錦織のコンディションに好影響を与えているように見えないが、同じコミットメント・プレーヤーでありながら、対照的な戦略を取っているのがフェデラーである。4月2日にマイアミ・オープン優勝後、膝の負担を軽減するためにクレーコートでの試合の回避する戦略を発表。6月12日のメルセデスカップで公式戦に復帰するまでコンディショニングに充てている。

 なぜ、フェデラーはツアー中に十分な休養を取ることができるのだろうか。

「実はATPのルールでマイルストーンを達成したベテラン選手に設けられた特別なルールがあるのです」と綿貫は説明する。

<1>キャリア600試合出場
<2>プロ選手として12年間活動
<3>30歳を迎えていること

 このいずれか1つを満たしている選手はマスターズ1000の4大会出場のノルマが1大会減少、3つの条件を満たした選手は大会参加義務を免責されるという。

フェデラーやナダルに対し、マイルストーン条項を満たさない錦織は「休めない」

 フェデラーは35歳で、1999年からグランドスラムに出場し、通算1104勝247敗と全条件を満たしている。今季、全仏オープン10度目の優勝を果たしたナダルも31歳。2001年にプロ転向。ツアー通算849勝180敗で、3条件をクリア。マイルスストーンを達成している2人は昨季終盤戦を欠場してリハビリに専念し、今季も万全の日程調整で全盛期を彷彿させるパフォーマンスに結び付けた。

 だが、条件をクリアしていれば、休んでしまえばいいのかというと、一概にそうとは言い切れない。2人が日程調整できるのは、抜きん出た実力が備わっていることが背景にあると、綿貫は解説する。

「他の選手なら大会を回避してしまえば、その分、ポイントを稼ぐチャンスを失い、ランキング、賞金額も下がります。しかし、フェデラー選手は今季、出場する大会を絞り、すでに4回優勝。ナダル選手もクレーコートシーズンにタイトルを重ねました。出た試合で確実に優勝できる圧倒的な実力があるからこそ、コンディションを整えながら高いランキングを維持することができるのです」

 フェデラーは今季、マスターズ1000でモンテカルロ・オープン、マドリード・オープン、 BNLイタリア国際の3大会で参加を回避したが、マイルストーン枠ゆえにATPが正式に認めている。

 一方、錦織は現在27歳で、プロ転向は2007年。キャリア成績は326勝152敗で、通算600試合に届かず、マイルストーン条項を満たしていない。「休まない」ではなく「休めない」という現実的側面がある。

 輝ける実績を積み重ねた芝の帝王・フェデラーは、前哨戦のゲリー・ウェバー・オープンで圧巻の優勝。対照的に錦織は途中棄権を強いられた。連戦が続くなか、満身創痍の日本のエースは苦境を吹き飛ばすような活躍をウィンブルドンで見せることができるのか。大一番での巻き返しに期待が集まる。