トヨタ自動車・豊田章男社長

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プリウスPHV試乗会に、サプライズで現れたトヨタ自動車の豊田章男社長。突然始まったインタビューの場で、巨大自動車メーカーの長はきわめて率直に、7カンパニー制の狙い、人事評価の仕方など「トヨタを変える」想いを語った。

8月26日、トヨタは新型プリウスPHVの先行試乗会を袖ケ浦フォレストレースウェイで開催した。この試乗会にサプライズで現れたのがトヨタ自動車の豊田章男社長。サーキットのミーティングルームで突然の囲み会見となった。

臨席したのは、プリウスPHVの開発責任者と、状況をよく知る少数のジャーナリストのみ。雑談的な気楽さもあって、豊田社長の言葉は公式なインタビューとは異なりポイントポイントだけを簡潔に語るものだった。本記事では、背景を補いながら豊田章男氏の話した内容をご紹介する。

■7カンパニー制の狙い

トヨタは2016年5月2日に、トヨタを「先進技術開発カンパニー」「トヨタコンパクトカーカンパニー」「ミッドサイズヴィークルカンパニー」「CVカンパニー」「レクサスインターナショナルカンパニー」「パワートレーンカンパニー」「コネクティッドカンパニー」という7つのカンパニーに分ける大規模な組織改革を発表した。各カンパニーにはそれぞれ責任と権限を持つプレジデントを置き、企画から生産までの一気通貫を目指す。豊田社長はこの改革の狙いについてこうコメントした。

「中央集権や独断スタイルで経営できるのは600万台までだと思います。1000万台の規模になれば、新しい形が求められるのです」

トヨタ自動車は年間1000万台以上の自動車を生産する大きなメーカーだ。巨大になった組織では、意思決定に必要な部署間調整が社員の処理能力を超え、意思決定の速度を遅らせる。どれくらい深刻かといえば、それは豊田社長の口から「何も決まらない会議」という言葉が出るほどだ。

こうなると、ゴール日が決まっていることばかりが優先され、「重要だが期日が決まっていないテーマはどんどん後回しになっていく。これはよくない」と話す。あらゆるリソースが、既存のプロジェクトをいかに効率的にするかに集中していく。トヨタという会社はその点については長けているという自覚があるが、一方で本質的な、仕組みややり方の改善によって従来価値を破壊して創造していく力に欠けていた、と分析する。

豊田社長は、こうした状況を打破するには、トヨタを再び小さくするしかないと考えた。意思決定をスピードアップするためのカンパニー制導入だ。ここで重要なのは、カンパニー分割を「機能軸」ではなく「製品軸」で行うことである。例えば商品企画、設計、生産、販売といった機能軸で分割しても、クルマを作る時、これらの機能は全部必要だから調整は減らない。そのため「車種群を軸にした分割を意図的に行った。それが新しいトヨタの姿」と豊田社長は話す。

■目標設定シートでは◎より△を評価する

組織改革に加えて、豊田社長がもう一つ、トヨタという会社の体質を変えるために着手したと話すのが評価システムだ。

「成功したことだけを評価すると、誰も失敗をしたくなくなります。だから私は、打席に出たらまずバットを振れと言うんです。振った三振には、きちんと『ナイストライ!』と声を掛けてあげる体制がなくてはいけません。振らないで見逃し三振はダメ。それよりも、勇気を持ってバットを振ったことを評価するシステムが必要なのです。

トヨタ社内には『方針シート』と呼ばれる自己申告型の目標設定用紙があるのですが、これは自分で目標設定をして、後で本人が自己評価します。そうすると自己採点が5段階の一番上である◎に集中するのです。しかし、◎を取るためにイージーな目標設定をして達成したと言われても、全トヨタにとっては全くプラスにはなりません。だから私は今、一生懸命社員に言って回っているのです『意欲溢れるナイストライで、価値ある△を取れ』と。△というのは5段階の真ん中なのですが、やりがいのある目標設定をしたら、そう簡単に◎を取れるわけがありません。大失敗は困りますが、難易度の高い目標を定めて、最低限△で止められるような工夫をすることは、極めて価値が高いと思いますね」

この意識はトヨタが2015年に打ち出した「もっといいクルマづくり」というコンセプトにもつながっていく。良い評価を得たい人は、売れるクルマにばかり関与したがる。一方で売れるクルマは、実績をベースに求められる機能がハッキリしており、ユニークで面白いクルマ、新しいコンセプトのクルマが生まれにくい環境につながっている。これまでの評価方法では、例えばスポーツタイプのクルマの開発に関わっても、売上や利益に対する貢献は小さいため、社員のキャリアにプラスにならない部分があった。しかし、意欲的なナイストライを評価する制度が確立されれば、新しい物をやってみようという意欲が生まれるはず、ということだ。

■プリウスはカッコ悪い

「やることはたくさんあるんですよ。例えば、今トヨタに入ってくる人たちは優秀な人たちです。先のことまで考えて、新型車に搭載できる技術の一部を、マイナーチェンジに備えて取っておく。出し惜しみです。マイナーチェンジの時にそれを投入すれば、やった仕事としてアピールしやすいし、クルマも具体的に変わった部分が訴求できますからね。でもそれはダメだと。出せる物は全部出し切って、マイナーチェンジに向けてはまた一から意欲的なチャレンジをすべきなんです。

優秀な人たちと言えばもうひとつあります。クレバーな議論はダメです。社内の議論は、社会の縮図であるべきなんです。(社内の人材は粒が揃っているが)現実の世界にはいろいろな人たちがいて、それぞれに考えることは違う。だから互いの立場を察した予定調和のような議論は止めようと。徹底的に文句を言い続けることが変革の力だし、チャレンジにつながります。TNGAの第一弾として重要な今回の(4代目)プリウスについても、私はずっと言ってますよ、『カッコ悪い』って。主査の豊島には最後までそう言い続けました。でもそれが健全な議論だと思います。言いたいことが言える。多様性を認める。トヨタと言う組織を変えていくには、そういう活発なコミュニケーションが一番重要なのです」(後編に続く)

(文=池田直渡)