昨年、日本ハムの大谷翔平は日本人選手として初めて「2ケタ勝利&2ケタ本塁打」を達成した。そして二刀流挑戦3年目を迎えた今季、大谷は開幕投手に指名された。栗山英樹監督はどんな思いで、大谷に大役を託したのだろうか。そして今シーズンの大谷に何を求めるのか。栗山監督が大谷翔平について、すべてを語った。

―― 栗山監督の目に、20歳の大谷翔平はどんなふうに映っているのですか。

「正直、一番本音が見えないかな(苦笑)。ただ、こちらが勝手にそう思い込んでいるだけなのかもしれないね。というのは、彼はこちらの意図をすごく考えるし、自分の存在価値もわかってる。本当にいい子だと思えば思うほど、ふと『翔平、本当のところはどう思っているのかな』って思っちゃう。そんなふうに思わせる選手はなかなかいないし、稀有(けう)な存在だよね」

―― 去年の今頃、監督はプロ2年目の大谷選手について「日本一から逆算して考えると(大谷)翔平が中6日のローテーションで投げなきゃダメだ」とおっしゃっていました。あれから1年、今やローテーションは当たり前のところにまで来ていると思いますが、プロ3年目、今年の彼に求めるものは何ですか。

「もちろん結果も必要だけど、一番、求めているのは"姿"かな。要するに、翔平がマウンドに上がれば必ず勝つとみんなが思うところまで持っていってほしいということ。実際、だいぶ雰囲気は出てきているよね」

―― だからこそ、開幕投手を早い段階で託したということですか?

「開幕投手というところだけじゃなくて、オレは翔平にもっと違う、もっと大きなことを課したからね。なぜオレが開幕投手を2月20日に伝えたのか。なぜ2月20日でなければならなかったのか......それは、その日が長嶋茂雄さんの誕生日だったから。これからの彼は、長嶋さんがやってきたことを作っていかなきゃいけないから。プロ野球は今、新しい方向に歩み出さなきゃいけない時期に来ている。そのためには、みんなが見たいという選手がいなければいけないんだ。それは斎藤佑樹もそう。そういう意識を選手自身が持たなきゃいけないからこそ、佑樹にも翔平にも、開幕投手を伝える時には手紙を書いた。オレが何を求めているのか、おまえは何をしなきゃいけないのかということを、きちっとした形で示すべきだと思ったんだ」

―― 実際に大谷選手に開幕投手を伝えた時、彼の様子はいかがでしたか。

「アイツ、その時のことを今、あんまり覚えてないんじゃないかな。珍しくオレの前で緊張していたからね(苦笑)。あんなに緊張している翔平を見たのは久しぶりだった。急に呼ばれて、何を言われるんだろうと思ったのかもしれないね。いろいろ考えさせたくなかったから、あえて急に呼びに行かせたんだよ。こっちはその日の翔平のスケジュールを把握して、この時間なら大丈夫だというタイミングを計って急に呼んだんだけど......それでも相当、緊張してたね(笑)」

―― それは、彼なりに背負ったものの重さを実感していたからでしょうか。

「うん、このキャンプを見ていて、翔平の野球に対するひたむきさはさらに加わっていたからね。いろんな責任も自覚していると思うし、そのあたりの手応えはオレ自身もしっかりつかんだ。これなら開幕を託しても大丈夫だって......。だって、休み前の夜は9時まで打ってるんだよ。屋内練習場の電気がついているから、誰って聞くと『翔平です』って言われる。休みの日も2回連続で8時半から打ち始めている。午後じゃないよ、朝からだよ。意識が違うんだよね。自分の生活パターンの中に、野球が自然と組み込まれてる。それは意識が高くないとできないこと。バットを振るのは、歩くのと一緒なんだ。こっちはトレーニングの一環として休ませたいのに、なかなか休んでくれないもんね」

―― さきほど今年の大谷選手について、「もちろん結果も必要だ」とおっしゃいましたが、具体的にはどんな数字をイメージしているんですか。

「この前、たまたまダルビッシュ(有)投手のインタビューを見ていたら、『プロ3年目が一番いいフォームだった』と話していた。ああ、やっぱり今なんだと思ったよ。翔平も高校を出て3年目でしょ。ピッチャーはプロ3、4年目あたりが、肉体的には一番いい状態なんだ。ダルがプロ3年目で初めての開幕投手を務めて、15勝して、防御率も1点台。最多奪三振のタイトルを獲って、沢村賞に選ばれて、チームはリーグ優勝、そしてMVP......そう考えれば、今年の翔平にそこまで期待しても、ちっとも早くない。しかもこっちは、彼にそれだけの場所を与えている。他のピッチャーはその年齢でそういう場を与えられないからその域に上り詰めるのは難しいんだけど、翔平にはその場がある。だったら今年を『見逃したらやばい』とファンの人が思うような年にしなきゃいけない」

―― ものすごく高いハードルですね。

「生物学的な年齢と野球選手としての年齢があるとすると、生物学的には先発ピッチャーのピークは早く来てしまう。20歳、21歳 で肉体的なピークが来て、そこからは野球年齢を重ねてピッチャーとして成熟していくだけなので、肉体的には今年、来年あたり、翔平はピークに差し掛かっている。そう考えると、今、覚えなきゃいけないことがたくさんあって、その分、オレが焦っているというのはあるかもしれないね。周りのみんなはまだ早いって言うけど、オレは早いなんてちっとも思ってないからね」

―― そのために、今の大谷選手が投手として、まずはこれをモノにしなくちゃいけないというものは何ですか?

「どういう状態にあっても自分の体を思い通り、使えるようにする。そのためには体が強くなくちゃいけない。こういう練習がしたいと思った時、たくさん練習ができる筋力がないと、やりたいこともできないからね。つまり、やりたいことができるような状態であるということが一番。そういう体さえあれば、翔平は絶対にうまくなる。こういうふうに投げたい、こういうフォームにしなきゃいけない、ここが気になる......それを何回も繰り返せばできる子なんだよ。そこが天才と言われる所以(ゆえん)でしょ。こういう動きをしたいとイメージしたら、その通りに動けてしまうんだから......なのに、どこかの筋力が弱くてイメージ通りに動けなければ、もったいないからね」

―― それだけピッチャーとして早く開花させなければいけないとすると、バッターとしての練習をさせる時間がもったいないという感覚にはならないんですか。

「それはないよ。だって、ピッチャーの練習って、そんなにたくさんボール投げられないでしょ。たとえば投げ込みをしろと言っても、限界がある。だったら、体をうまくイメージ通りに使う練習をバッティングでやればいい。こういうふうに振りたい、こういう形で振らなきゃいけない、バットが下がるのが気になる......どうしたらいいんだっていうところで、何回も繰り返す。ピッチングと同じでしょ? バッティング練習がピッチングにプラスになることはあっても、マイナスになることはない。しかも、ピッチャーと違って、バッターならいくらでもバットを振れるしね」

―― ピッチャーとして、今年が肉体的ピークに達する年齢だとしたら、野球年齢、つまり今の技術的な成熟度はどんなふうに見ているんですか。

「それはまだまだだよ。だって、いきなりバランスを崩して立ち直れなくなったりすることがあるでしょ。自分が制御不能な状態に陥(おちい)ったとき、こうすればいい球が投げられるという引き出しが少ないよね。自分をコントロールするためには経験が必要だから、そこは仕方ないけどね。それでも立て直せない中でも試合は壊さないし、崩れたあとのイニング、点を取られなくなる。ただ、大谷翔平は試合を作るなんて次元で満足していいピッチャーじゃない。お前、3点も4点も 取られてる場合じゃねえだろって、そういうピッチャーにならなきゃいけないんだ。どんなに悪くても『うわっ、大谷が久々に初回、1点取られたよ』って感じにならないと」

―― それこそ、昔の"大エース"ですね。

「アイツ、意外に昭和の野球選手だから(笑)。考え方は今っぽいんだけど、感じ方が昭和っぽい。食うか食われるか、やられるかやっつけるかみたいなところの悔しさの出し方が、肉食系なんだよね。それって昭和っぽいでしょ。オレはそういうのが好きだからさ。命懸けでやる、必死にやる、今日やられたら終わりだと思ってやる......そういう感じが翔平にはあるよね。怒るとオレの話、全然聞いてないとか、すっごいわがままを言い出すとかね。もっと試合出たい、もっと投げたい、交代したくない(苦笑)。でも、それでいいよ。オレは"感じ方"と"考え方"は違うものだから分けて考えろってよく言うんだけど、翔平はそこがきちんと分かれている。感じ方は動物的、考え方は大学教授......そんなイメージかな」

―― 20歳で、そこまでできてしまうのは、なぜだと思われますか?

「それは、できる人は子どもの頃からできちゃってるし、できない人はどれだけ時間をかけてもできないものだから。特に、感じ方というのは、教えてできることじゃないからね」

―― だとすると大谷選手は、監督の手紙についてはどう感じたんでしょうね。

「そこは分かんないな(苦笑)。でも開幕投手って、結果は残るけど、その時に感じたこととか考えたことを言葉にして残すのって難しいんじゃない。だけど、開幕のマウンドに上がる時って、これまでに積み重ねてきたことや自信を必ず持ってるはずなんだよね。それを形にしておくことで、野球人として、いつか役に立てる日が来るんじゃないかなって思ってる。だから手紙を書くんだけどね」

―― こんな質問は監督に失礼かもしれませんけど、もし監督が、以前のような取材者という立場で今の大谷選手にひとつ質問するとしたら、何を訊きますか。

「うーん、そうねぇ(笑)。なんだろうね......でも、今だったら『本当に二刀流は可能だと思ってるのか』って、訊いてみたいね」

―― そこですか(笑)。

「いや、オレは100パーセントできるって思ってるよ。でも、アイツ自身はそこをどのくらい感じてるのか......たとえば、やがてメジャーへ行くとなればピッチャーで行くことになるのか、それとも二刀流で行こうと思うのか。そこ、興味あるでしょ。オレは、メジャーにも大谷翔平を二刀流で評価してくれるチームがあると信じてるし、翔平にもそう思ってやってほしい。二刀流をアメリカへ持っていくんだという......それこそ、アメリカ野球をやっつけに行って欲しいんだよ。アメリカで野球をやるんじゃなくて、翔平にはアメリカの野球をぶっ壊しに行って欲しいんだよ。アイツなら、平気な顔してそれくらいのこと、やっちゃいそうな感じするもんね(笑)」

石田雄太●文 text by Ishida Yuta