ムーディーズによる主な国債の格付け

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■米国や中国では低く日本では「最上位」

12月1日に、米国系格付会社のムーディーズが日本国債の格付けを、最上位から4番目の「Aa3」から、1段階下の「A1」に格下げしました。ムーディーズの「A1」は、エストニア、イスラエル、オマーンなどと同じ水準で、中国、韓国、台湾(いずれも「Aa3」)よりも1段階下です。主要先進国の国債の格付けが「ダブルA」以上ではなく、「シングルA」の水準に突入することは極めて異例です。

日本国債の格付けは、格付会社の本社がある場所によって、明らかに異なる水準になっています。本邦系の日本格付研究所(JCR)は最上位の「AAA(トリプルA)」、格付投資情報センター(R&I)は最上位から2番目の「AA+(ダブルAプラス)」です。一方、ムーディーズと同じ米国系のS&Pは「AA−(ダブルAマイナス)」、欧州系のフィッチは「A+(シングルAプラス)」。中国の大公国際資信は、日本国債を「A−(シングルAマイナス)に、中国国債を「AA+(ダブルAプラス)」に格付けしています。大公による米国債の格付けは、日本国債と同じ「A−」です。

はたして、このような違いはゆるされるのでしょうか。私はこうした違いこそが、一定の多様性が担保されている証拠だと考えます。むしろ、多様性が失われない環境を維持することが重要であり、格付けの画一化を促進するような過度の規制は、格付けの参考情報としての価値を損ない、市場を歪めるだけです。

格付会社が当局の監督を受けるようになったのは最近のことです。2001年に破綻した米エネルギー大手エンロンの不正会計事件をきっかけに、米国では07年から米証券取引委員会(SEC)の監督下に置かれました。さらに07年以降に顕在化したサブプライムローン問題では、問題発覚後に格付会社が大幅な格下げを繰り返し、格付けの信頼性に疑問が呈されました。この結果、EUでは10年11月から格付会社が登録業種となり、日本でも10年9月から登録業種として金融庁の監督下に置かれるようになりました。

大半の格付会社は、企業などから依頼を受けて格付けを行い、そこから得られる手数料を主な収入源としています(※1)。依頼主のために格付けを実態より高くすることがあれば、格付け情報を参考にする投資家を騙すことになります。こうした問題が起きないように当局が監督することには一定の合理性があります。

一方、格付会社は国債への格付けも行っています。主要先進国については依頼に基づかない格付けであるために「勝手格付け」とも呼ばれています。国債への格付けは、債券を引き受ける民間側の需要も高いことから行われているものですが、格付けを受ける国の政権や当局者から、たびたび攻撃されています。

イタリアでは11年と12年のS&Pおよびフィッチによる国債格下げに関連して、格付会社が誤った情報を流布し、市場を操縦した疑いがあるとして、検察当局が担当アナリストや元経営者を起訴しています。

また米国では11年8月にS&Pが国債の格付けを最上位の「AAA(トリプルA)」から「AA+(ダブルAプラス)」へと1段階格下げした際、オバマ大統領が「格付会社がなんと言おうとも、われわれはトリプルAの国だ」との声明を発表する騒ぎになりました。米連邦政府の司法省は、13年2月、数ある格付会社の中でS&Pだけを相手に、サブプライムローン関連の金融商品を不当に高く格付けし、金融機関が損失を被ったとして、民事制裁金の支払いを求める訴訟を起こしました。

日本では2002年5月、ムーディーズが国債格付けを「Aa3」から一挙に2段階下げて「A2」とした際に、担当者が衆議院財務金融委員会に参考人招致されたり、当時の財務官(黒田東彦氏)が格付会社に対して何度も公開質問状を送ったりと、大変な騒ぎになりました。その後ムーディーズは、格付けを引き上げ、08年以降、日本国債の格付けは「ダブルA」水準に復帰していましたが、この12月、ふたたび「シングルA」レンジに引き下げたのです。

国債の格下げは、格付会社という一民間企業による一国の政府の債務履行能力の評価の引き下げですので、反発を招きやすいものです。国の威信を傷つけられたとか、財政運営能力を疑問視されたという風に受け止められがちだからです。しかし、だからといって格付会社を締め付けようとすることは、言論の自由を制限するのに等しい行為です。

■市場を動かすのは格付会社ではない

そもそも格付けは相対的な信用リスクの評価に過ぎません。格付けとは、企業や政府が、将来において、借入金の返済などの債務を履行できなくなる蓋然性を、専門家が一定の手法を用いて予想したうえで表現するものです。国の財政状況や企業の財務状況をつぶさに分析しさえすれば正しい答えが出てくるというものではありません。

日本企業の信用リスクを評価するのに、日本語を解さない外国人のアナリストが、英語で入手できる情報だけを頼りに分析し評価するのと、ベテランの日本人アナリストが評価する場合とでは、同じような分析手法を用いても、異なる結論が出るかもしれません。信用リスクの評価は、きちんと行おうとすれば、そう簡単なものではないのです。

格付会社は、アメリカで20世紀初頭に出現し、大手は米国内で100年以上の業歴があります。一方、日本や欧州への進出は1980年代以降で、30年程度の歴史しかありません。こうした経緯から米国系の格付会社が世界各地で大きなシェアを占めていますが、日本では本邦系の格付会社2社も健闘しています。国内市場では、米国系よりも本邦系の格付けが広く使われています。

米国系と本邦系で格付水準が大きく異なる分野や格付対象は、日本国債以外に、日本の金融機関の「劣後債」や東京電力の「一般担保付社債」があります。分析手法の違いや担当アナリストの経験の違いで、大きく異なる評価になりやすい分野です。

米国系だけではなく、本邦系の格付けも利用できる日本市場は恵まれています。複数の異なる見解を持つ格付会社の格付けに接することで、偏った評価を回避できるからです。

EUでは13年6月から、加盟国の国債格付けの発表時期を事前に公表させ、格付けの変更は年3回以下に制限するという厳しい規制強化が行われています。しかし私には合理的な政策とは思えません。

11年にS&Pが米国債を格下げしたとき、米国債は暴落せず、反対に国際価格は上昇しました。同じく12年1月にS&Pが、11月にムーディーズが、それぞれフランス国債を格下げした時にも、フランス国債は暴落しませんでした。

金融市場において、格付会社が絶大な影響力を持っているように思われがちですが、実際にはそんなことはないのです。市場では、日々さまざまな情報が行き交っています。

ムーディーズによる日本国債の格下げは、金融庁の監督下に置かれている日本法人ではなく、同社グループのシンガポール法人に所属するアナリストが決定したものでした(※2)。日本政府や当局の監督権限が及ばない海外の格付会社によって日本国債が格下げされたのが不快だからといって、そうした格付会社を日本の法令による規制の対象にすることは、何の問題の解決にもなりません。必要なことは、自由な格付けを保障し、格付けの多様性を確保する環境整備ではないでしょうか。

※1:日本における格付会社(登録を受けた信用格付業者に限る)の売上高は、全社(5グループ、7社)あわせても、100億円をやや上回る程度の水準に過ぎない。日本における格付会社の実態は、少数の中小企業群であり、業界全体を育成するという視点も必要だろう。
※2:米国系の大手格付会社は、世界各地に多数の現地法人を設置しており、一般的に、複数のグループ会社が共同で格付けを提供している。ムーディーズでは「ムーディーズ・インベスターズ・サービス」として国債の格付けを発表しているが、これは特定の法人を指す名称ではなく世界各地に散らばるいくつかの兄弟会社・子会社の総称である。

(新生証券 調査部長 江川由紀雄=答える人)