『あたらしい野宿(上)』かとうちあき (著)/亜紀書房

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最近めっきり寒くなり、コートの下にニットだのシャツだの、何枚も重ねないと耐えられなくなってきた。もう冬なのだなぁ、としみじみ思う。
冬といえば空気が澄み、夜は星が綺麗に見える。家の外でうっとりと星を眺めながら夜を明かしてみたいものだと思いつつも、実行に移すことはない。寒い上に怖いからだ。
夜に何をするでもなく、ぼーっと過ごすのは心もとないことこの上ない。

しかし、そんな思いを払拭してくれるような本を見つけた。亜紀書房より発売されている『あたらしい野宿(上)』だ。
本書は、小学4年生の「のじゅくん」が寝袋型ロボットである「のじゅくせんせい」の指導のもと、家を抜け出してひとりきりで夜を過ごし、立派な野宿マンへ成長していくというストーリーとともに、野宿の方法や野宿をする上での心得を記した教科書となっている。

教科書といっても、ゆるいイラストがふんだんに添えられており、色々な種類がある寝袋の選び方や、寝るためのダンボールの組み立て方、オバケが怖いとき、ヤンキーが怖いときの対処法がサブカルチックに解説されている。
しかしながら、その内容は本格的で、どういった種類の寝袋がどの季節に合うか、北枕で寝ないための方角の知り方、はたまた野外で用を足した後、お尻を拭くのに最適な葉っぱの種類まで紹介されている。
本書が一冊あれば、「野宿は怖い」と思っている方も「野宿……できるかもしれないっ!」と思えるだろう。

たとえば、寒くなってきたこの時期、暖かくして野宿をしたいけれど、寝袋やマットが手元にない場合、ペットボトルを湯たんぽ代わりにすることができるそうだ。
「ペットボトルにお湯を入れて大丈夫なの?」と心配になるが、本書内で湯たんぽにするのに良いペットボトルの実験が行われており、『ポカリスエット』や『いろはす』を抜き、「ばつぐんの安定感!」と紹介されているのは『オランジーナ』のペットボトルだ。
「ペットボトルの湯たんぽだけじゃまだまだ寒い!」という場合は、トイレのホット便座を抱えて寝たり、ジュースの自販機のそばで眠ると暖かいそうだ。
どうだろう、なんだか手軽に野宿ができそうではないか。

本書の著者であるかとうちあきさんは、ミニコミ誌『野宿野郎』の編集長であり、野宿歴15年の大ベテランだ。

そんなかとうさんに、野宿をしていた時「幸せだなぁ、野宿をしていて良かった!」と思ったことを聞いてみた。
「よく寝られたときや、よい場所(星がきれいだったり海辺だったり)で気持ちよく寝られたとき、とくに幸せだなあと思いますが、だいたいどんな野宿でも毎回、 朝になると、『あー、生きててよかった』と、幸せな気分になれます。野宿をしていて良かった!と思うときは、通りすがりの人から、なんか食べ物をもらったりするときです。あと、朝、近所の方が朝食に招いてくださったり」
近所の方が朝食に招いてくださる!? そんなことがあるのだろうか。
しかし、本書を開くと、野宿をする際に地元の人へ承認を得る方法や、人と打ち解ける方法が書かれており、人当たりが良ければ朝食に招かれることもないことはないんじゃないか? と思える。

逆に野宿をしていて辛かったことを伺ったところ、「あんまり大変なことはないのですが、野宿場所が決まらないでひとりとぼとぼ歩いているときに、ご家庭の夕飯の匂いなんかが漂ってくると、なんとなくめげます。寒い時期、生命の危険を感じるとめげます。野宿野郎たるもの冬山でもテントをたてずに寝るものだと云われて、2月に山(大菩薩)で寝袋だけで寝た時は、寒くて寒くてほとんど寝られず、なんでわざわざわたしは野宿をしているんだろうと思いました」とのこと。
……野宿をする際は本書を読み、しっかりと準備をした方が良さそうだ。

また、かとうさんへ、野宿をするようになってから「ここが変わったな」と思うことがあるか聞いてみたところ、「『野宿があるからなんとかなる』と不測の事態にも動じなくなったと思います。また『なんとかなる』とおもうようになった結果、勤勉さが失われたような気がします。野宿を始めたてのころは、布団や家のありがたみが判る(だから、このありがたい布団を家を、慈しもう!)など、前向きな効能もあったような気がします……。お巡りさんに声をかけられることに慣れました。おじさんに長時間話しかけられても、どんな話でもおおむね楽しく聞いていられるようになりました」。
かとうさんのお話から、野宿をすることで自由で強靭な精神が鍛えられるのかもしれないと思えるから不思議だ。

本書では「のじゅくせんせい」が、「だれもが野宿をするうちに野宿脳になっていくらしい」と言っていた。野宿脳になると、なんでも前向きに変換されるそうだ。
日々の仕事や人間関係に疲れてしまった時は、家から飛び出して、大きな空の下で一夜を明かしてみてはどうだろう。

ちなみに、タイトルが『あたらしい野宿(上)』とあるが、下巻が発行される予定があるか、担当編集者の高尾さんに伺ってみたところ、「下巻刊行の予定はかとうさんと私の胸の内にはしかとございます。ただし、社として下巻をいつ出すかということはいまのところ未定です」とのこと。
(薄井恭子/boox)