「最初に受けた時は合格率3%でした」“妊活しながら”1日13時間勉強→超難関のFP1級合格…元人気グラドル・瀬戸早妃(41)が語る、何度落ちても“諦めなかった”理由
〈休業して米留学→2週間で英語ペラペラ→芸能活動再開…「『映画で脱ぎませんか』とオファーが来て…」元人気グラドル・瀬戸早妃(41)が、そこから“社長になった”ワケ〉から続く
2000年代に人気グラビアアイドルとして活躍した瀬戸早妃さん(41)。俳優としても『花より男子』『水戸黄門』(ともにTBS系)などに出演していた。そんな瀬戸さんは現在、実業家、さらに難関と言われる1級ファイナンシャル・プランニング技能士(FP1級)を取得し資産形成コンサルタントとして活動をしている。
【特別グラビア】「年間1000着ビキニを着てた」美しすぎるカラダを披露…瀬戸早妃さん41歳の“大人気グラドル時代”を見る(写真多数)
FP取得を決めたきっかけから、妊活をしながらFP1級の勉強をした日々、7年間芸名を「咲嬉」に変えていたが、2026年に再び「瀬戸早妃」と戻した理由について明かしてくれた。(全4回の4回目/1回目から読む)

瀬戸早妃さん ©杉山秀樹/文藝春秋
◆◆◆
「Googleで『お金持ちになる方法』と検索したら…」ファイナンシャルプランナーの道を目指した“きっかけ”
--瀬戸さんは会社を立ち上げた翌年に、歌手でミュージカル俳優の田代万里生さんと結婚されています。仕事を通じて知り合ったんでしょうか。
瀬戸早妃さん(以下、瀬戸) 仕事で共演したことはないのですが、舞台関係の知人に一度紹介してもらっていて。
その後、約10年間は連絡先すら知らなかったんですが、その後とあるきっかけで連絡を取り合うようになり、数年間のお付き合いを経て、2019年に結婚に至りました。
--そして結婚後、瀬戸さんは徐々にファイナンシャル・プランナー(FP)の道へ進んでいきます。きっかけは何だったんですか?
瀬戸 お金に対する不安です。20代の頃、知人から投資信託を勧められるがままに買ってしまったことがあったんです。その人と疎遠になった頃に久しぶりに評価額を見たら、ものすごくマイナスになっていて。ブラジル・レアル建てのソブリン債です。
--当時、ブラジルでワールドカップが開催されるし「これから上がるぞ」という話があった頃ですね。
瀬戸 そうなんです。最終的には値段が戻って、少しプラスになったところで売ることができたんですけど、マイナスになっていたときに「ちゃんとお金の勉強をしなきゃ」と思ったんです。
知識がないせいで、自分の大切なお金を、自分の本意でもない形で減らしてしまう。無知のままではダメだと思いました。それでGoogleで「お金持ちになる方法」と検索したら「起業する」「不動産投資をする」「投資をする」の3つが出てきたんです。
起業は既にしていましたし、不動産はハードルが高い。だったら投資だと思って、書店のお金の勉強のコーナーを見ていたらFPの本があって、パラパラとめくってみたら投資だけじゃなく、年金や保険、不動産、税金、相続まで、ありとあらゆるお金の知識が載っていたんですよ。
そこで「勉強してみたい」という思いが出てきて、FP3級の教科書を書店で買ったのがきっかけです。2022年くらいでした。
1カ月でFP3級に合格、でもSNSでバカにされて…
--3級はどれくらい勉強したんですか?
瀬戸 私は1カ月くらいです。
--1カ月で取れるんですか?
瀬戸 FPは3級から1級まであるのですが、3級に限っては特別な勉強をしなくても、保険や金融関係のお仕事等で携わっていて、もともと基礎知識がある方は取れるかもしれません。
私にとっては難しかったですよ。合格が嬉しくてSNSに「FP3級に合格しました!」って書いたら、すごくバカにされたんです(笑)。それが悔しくて、「じゃあ2級も取ってやろう」と思ったんです。
--それですぐに、次の試験で2級を受けるわけですね。
瀬戸 3級に受かったあと、すぐ本屋さんに行って2級の勉強を始めました。2級も一発で合格しました。2級は結構難しいんですよ。銀行員や証券会社の方でも、2級の取得に向けて励んでいる人もいるくらいです。
でも今度はネットで「所詮2級までだよね」みたいに言われて。「くーっ!」って思って(苦笑)。ただ、1級は銀行員ですら持っている方は非常に少なく、本当に難しいので覚悟がいりました。決意するまで少し時間がかかりましたが挑戦することにしました。
「私が最初に受けたときの合格率は3%」3回落ちたFP1級、1日12~13時間勉強して…
--1級はどれくらい難しいんですか?
瀬戸 私が最初に受けたときの合格率は3%でした。つまり、金融機関や証券会社、保険会社で働いているような人たちが大半の受験者で、その専門家達の中ですら100人に3人しか受からないということです。
試験は知識や計算問題が多いですね。年金や貸借対照表、不動産所得、相続税の計算だったり。金融資産運用の分野では、いろいろなレシオや損益分岐点比率、標準偏差などの計算もあります。
--かなり面倒な計算をするんですね。
瀬戸 そうなんです。学科試験は基礎編と応用編があります。基礎編は4択問題なんですけど、これがとてつもなく難しい。基礎編では100点中50点を目標にする、と言われるくらいで。
応用編の計算問題は全部が記述式なんです。電卓を使えるんですが、周りには簿記をやっているような人もいて、みんな電卓を左手のブラインドタッチで打つんですよ。私は右手の指一本でした(笑)。
--よくそれで受かりましたね(笑)。
瀬戸 結局、1級は3回落ちて、4回目で合格しました。合格するまでは多い時で1日12~13時間くらい勉強していました。
最初の頃は、応用編の大問を1問解くだけで3時間くらい悩むこともあって。10時間やっても、3問くらいしかできないこともありました。さすがに1級は独学では難しいので予備校に通いました。
「吐きながら会場に行きました」妊活しながらFP1級の勉強をして…
--しかも瀬戸さんはその時期、妊活もされていたんですよね。
瀬戸 はい。1級を目指し始めた頃、私はもう40歳手前だったので「いつ1級に合格できるかわからないな」と思ったんです。資格を優先しているうちに年齢を重ねて、もし妊娠できなかったら後悔するかもしれない。
だったら「お腹の中に赤ちゃんがいても勉強はできるでしょ」と思って。未知の世界でしたが、自分にやる気さえあれば、なんとか両立できるんじゃないかと挑戦しました。
--その両立はものすごく大変そうです。
瀬戸 つわりが一番ひどい時期と試験日が重なったことがあって。もう吐きながら会場に行きました。エレベーターでも壁にもたれながら「うう……」みたいな状態で(笑)。
試験中も3回くらいトイレに行きました。さすがにその回は落ちましたね(苦笑)。3回目の不合格が、そのつわりのときです。
「『舐められたくない』という気持ちがあった」FP1級を諦めなかった理由
--そして4回目でついにFP1級に合格した。
瀬戸 妊娠7カ月くらいで学科試験に合格しました。でも、それで終わりじゃないんですよ。そのあと出産したんですけど、新生児を育てている時期に、今度は実技試験が待っていたんです。それにも合格しないと、完全な1級合格にはならないので。そこが一番大変でした。
その時期はずっと産後ケアホテルに泊まって勉強していました。誰かにサポートしてもらわないと、とても無理だったので。授乳など必要なタイミングでは赤ちゃんを部屋に連れてきてもらって、それ以外は預かってもらう。
夜も2時間預けて、2時間勉強して、また2時間後に授乳して、と、ずっと細切れ睡眠をしていました。
--それでも、よく1級を諦めませんでしたね。
瀬戸 絶対に受かると決めていたので。私はグラビア出身で、基本的にはずっと芸能活動をやってきたじゃないですか。その後に事業も始めましたけど、出発点はグラビアだったので「舐められたくない」という気持ちがあったんです。
それに本当は大学にも行きたかったという思いもありました。もし普通に勉強を続けられていたら、それなりの大学に進んで、両親にも自慢に思ってもらえたんじゃないかって。
自分では、それくらいのポテンシャルはあったと思っているんです。でも芸能の道を選んだことで進学できず、その後悔がずっと残っていました。
だから、大人になってからでも何か「形」として残るものが欲しかったんです。それが私にとってはFP1級だったんです。
「お金に関する仕事はすごく増えました」現在は再び「瀬戸早妃」として活動
--瀬戸さんのお話を聞いていると、ご両親の自慢の娘でありたいという思いが強いことがうかがえます。FP1級に合格したとき、ご両親は喜んでくれました?
瀬戸 喜んでくれましたね。でも、たぶんどれくらいすごい資格なのか、あまりわかっていなかったと思います(笑)。
--FP1級を取ってから、仕事はどう変わりましたか?
瀬戸 資産運用のセミナーだったり、証券会社さんの番組収録だったり、YouTubeだったり、お金に関する仕事はすごく増えました。
個別相談も、まだ本格的に大きくやっているわけではないんですけど、知人から頼まれれば受けています。セミナーの司会では芸能活動の下地が生きているのかなと思います。
--今は名前を「咲嬉」から再び「瀬戸早妃」に戻していますね。
瀬戸 7年間使ってきた「咲嬉(さき)」という名前が、1つの役目を終えたような気がしたんです。咲嬉という名前での7年間は、評価や偏見を恐れずにある意味ゼロからチャレンジできた貴重な期間でした。
今は瀬戸早妃として、これまで以上に本来の自分らしさを取り戻し、また新たに歩んでいく決意を固めました。
それに「咲嬉」と「瀬戸早妃」が同一人物だとわからない人が意外と多かったんですよ。私は別に隠していなかったし「瀬戸早妃です」と話していたんですけど、「咲嬉」=「瀬戸早妃」と結びついていなかったみたいで。
でも「咲嬉」としてFPをはじめ、いろいろな資格も取れましたし、今の私が「瀬戸早妃」に戻ったところで、グラビアアイドルだけの瀬戸早妃ではない。だったら、瀬戸早妃でいいんじゃないかなとすごくポジティブな気持ちで戻しましたね。
「困っている人に手を差し伸べ、誰にでも寄り添えるFPを目指したい」
--最後に今後の活動について教えてください。
瀬戸 今後はYouTubeでも情報発信していきたいなと思い、今まさに準備中です。そこからテレビ番組などにも声をかけていただけたら、うれしいですね。
あと、今は宅地建物取引士(宅建)の資格を取ろうと勉強をしています。FPの試験にも不動産という分野があって、基礎的なところは勉強するんですが、それだけではちょっと足りないなと思って。
せっかくだったら、もう少し深く不動産について勉強したいと思っています。宅建を取ることでさらに仕事の幅を広げたいですね。
これまで沢山の方に助けられてきたので、私が掲げている「経済を味方につけ、穏やかに強く生きる力を」をモットーに、今度は私が困っている人に手を差し伸べ、誰にでも寄り添えるFPを目指したい。そして、私自身も大切な家族と共に、毎日を笑顔で過ごしたいと思います。
撮影=杉山秀樹/文藝春秋
(徳重 龍徳)
