もう「ヒーテッド・ライバルリー」を知らない自分に戻れない ─ スポ根×クィア・ロマンスが描く、「男らしさ」のその先
数年に一度、人生を大きく変えてしまう作品に出会うことがある。『君の名前で僕を呼んで』(2017)を見たとき、『TENET テネット』(2020)を見たとき、「一流シェフのファミリーレストラン」(2022-26)を見たとき、体に電流が走るような感覚を覚えた。現在、U-NEXTにて配信中のドラマ「ヒーテッド・ライバルリー」も同様で、紀元前・後くらいの体感で見える世界が変わってしまった。「ヒーテッド・ライバルリー」を知らない自分にはもう戻れない。
レイチェル・リードによる同名小説を原作とするドラマ「ヒーテッド・ライバルリー」は、北米のプロアイスホッケーリーグの若きスター選手の関係を描くスポーツクィア・ロマンスだ。モントリオール・メトロズのキャプテンで日系カナダ人のシェーン・ホランダーをハドソン・ウィリアムズが、ボストン・レイダースのキャプテンでロシア人のイリヤ・ロザノフをコナー・ストーリーが演じている。
© 2025 Heated Rivalry Productions 1 (Ontario) Inc. / © 2025 Productions Heated Rivalry 1 (Québec) Inc. All r ights reserved本作がカナダの動画ストリーミングサービスCraveにて配信開始となる直前に、全米およびオーストラリアでの配信権を獲得したのはHBO Max。配信開始からエピソードを追うごとにその人気は増し、最終エピソードを待たずしてシーズン2の製作が、続々と新キャストもされている。Craveのオリジナルシリーズとして過去最高の視聴数を記録したほか、HBO Maxでも新規視聴者を呼び込む大きな原動力となった。HBO/Maxのコンテンツ部門を率いるケイシー・ブロイズも、「テレビ史上最高の買い付け」とその商業的成功についてコメントを寄せている。
北米を中心とした「ヒーテッド・ライバルリー効果」はすさまじく、コメディ・ショー「サタデー・ナイト・ライブ(SNL)」では2026年1月に『ハリー・ポッター』シリーズにちなんだパロディ・スケッチ「」をオンエアし、翌月イリヤ役のストーリーがを務め、その出演でエミー賞ゲスト男優賞コメディ・シリーズ部門にされる快挙。ニューヨーク市長のゾーラン・マムダニは、吹雪で荒れる週末に「家で過ごして、図書館のフリーアクセスを使って『ヒーテッド・ライバルリー』を読んでください」と市民にたほどだ。
2026年が明けた頃から、海外メディアであまりにも頻繁に作品タイトルと主演2人の名前を目にすることが増えたため、早く日本でも見られないものかと待ちわびること半年あまり、日本でもついにU-NEXTにて配信が開始。10月2日にシーズン1の最終エピソードが配信となった。
スポ根×ロマコメの王道を丁寧な心理描写と演出でツイスト © 2025 Heated Rivalry Productions 1 (Ontario) Inc. / © 2025 Productions Heated Rivalry 1 (Québec) Inc. All r ights reserved全6話構成の本作は、シェーンとイリヤが秘めた関係を重ねていく約8年半を追っている。真面目な優等生タイプのシェーンと、挑発的でバッド・ボーイ風のイリヤが、表向きにはライバルとして見なされつつも、ともに惹かれ合うあらすじだけを聞くと、ものすごく王道で、潔いまでの“ベタ”といってもいいのかもしれない。トップアスリートによるライバル関係はいかにもスポ根的で、正反対でありながら互いを意識せずにはいられないさまはロマコメ的でもあるからだ。
しかし“ベタ”と思わせて、決して陳腐に転ばないのは、リードの原作と、クリエイターのジェイコブ・ティアニーによる丁寧な心理描写や微細でツイストが利いた演出、そして主演2人が醸し出す情感によるものだ。好意を確かめ合ったところで一足飛びにはいかず、チームやメディア、スポンサー、そしてもちろん家族まで、おびただしい注目を浴びているためトントン拍子には進まない。序盤こそ関係が急速に発展するが、その後の長い道のりは『ブロークバック・マウンテン』(2005)を彷彿させる。故ヒース・レジャーが演じたイニスとジェイク・ギレンホールが演じたジャックも関係を育んだ20数年間、ほとんどの時間は離れていたのだ。
心身ともにアイスホッケー選手が背負う“ボーイズ・ドント・クライ”カナダでは2005年から同性婚が合法化されており、世界でも有数のLGBTQ+フレンドリーな国として知られている。とはいえ、国民的スポーツであるアイスホッケーは男性性を象徴する存在でもあり、“ボーイズ・ドント・クライ”の精神を体現している選手が、セクシュアリティをオープンにするには覚悟が必要だ。シェーンは献身的で全力でサポートしてくれる両親のもとに育つ一方で、模範的なアジア系のロールモデルを期待されるプレッシャーを大なり小なり抱え、対するイリヤは祖国を離れても、家族の支配や搾取から自由にはなれない。
© 2025 Heated Rivalry Productions 1 (Ontario) Inc. / © 2025 Productions Heated Rivalry 1 (Québec) Inc. All r ights reserved登場人物がアイスホッケーをプレイするクィア作品に、ルーカス・ドン監督による『CLOSE/クロース』(2022)がある。ドン監督が登壇したジャパン・プレミア上映に参加した筆者は、「数あるコンタクト・スポーツの中からなぜアイスホッケーをモチーフに選んだのか」と質問した。ドン監督が、プレイヤーたちが身に着ける防具は甲冑のように自分を守ると同時に、他者の接触を許さないものにもなっていると説明してくれたことは、シェーンやイリヤが抑圧を感じながらも、弱音を吐かず、キャプテンとしてチームを鼓舞する姿に重なるところがある。
もっとも、「ヒーテッド・ライバルリー」はアイスホッケーを過剰に美化せず、その熱狂に伴うリスクも含めて映し出していることが非常に誠実で、その1つが脳しんとうだ。頭部への衝撃によって生じる脳の一時的な機能障害は、頭痛やめまいだけでなく、不安感や気分の落ち込みといった症状を伴うこともある。また、長期間にわたって頭部への衝撃を繰り返し受けることは、慢性外傷性脳症(CTE)との関連も指摘されている。ウィル・スミス主演の『コンカッション』(2015)は、元NFL選手マイク・ウェブスターの死後脳からCTEを発見した病理医ベネット・オマルの実話をもとにした作品だ。アイスホッケー選手たちも、栄光の陰では、いつ身に降りかかるか分からない苦痛と常に隣り合わせにある。
© 2025 Heated Rivalry Productions 1 (Ontario) Inc. / © 2025 Productions Heated Rivalry 1 (Québec) Inc. All r ights reserved 言葉と言葉以外で交わすコミュニケーションタフだけれど孤独な2人のやり取りの多くはぶっきらぼうでそっけなく、どこかかみ合わないところもある。“Are you scared?(怖いか?)” “I'm not scared(怖くない)”、“You missed me, didn't you?(俺が恋しかった?)” “I f**king didn't(全然)”など、オウム返しのようなセリフの応酬が印象的だ。シェーンは内省的で(ドラマ内で直接触れられることはないが、ウィリアムズによれば、原作者のリードはシェーンを自閉スペクトラム症の人物として設定しているという)、イリヤは英語を母語としない設定でもあるが、照れ隠しから気持ちとは裏腹に悪態をつき、ボーイズクラブなノリで相手をからかうのは、真意を率直に伝え合う語彙を持たない環境に置かれていることの顕れでもある。しかし、時に感情を真正面からぶつける彼らの視線や表情が言葉以上に饒舌に語る場面もある。
こうして2人が互いへの理解を深めていく過程に、世界中の視聴者が夢中になり、巨大なファンダムを獲得したのだろうし、筆者ももれなく後に続いた。大胆な性描写も大きな話題だったが、何かを手に入れるために、また別の何かを手放していく選択の連続が、トキシック・マスキュリニティからの解放だと気づいたとき、これこそがずっと見たかった物語だと腑に落ちた。
© 2025 Heated Rivalry Productions 1 (Ontario) Inc. / © 2025 Productions Heated Rivalry 1 (Québec) Inc. All r ights reserved ウェイターからトップメゾンのアンバサダーへ。“SEX SELLS”を刻んだゴールデン・ボーイズシェーンとイリヤの長きにわたる関係は激しく濃厚だが、ウェットになりすぎないバランスが心地よい。社会問題に踏み込みつつも、軽妙でポップなバランスを保っているのは、主演2人の豊かな表情とフレッシュな魅力につきる。もも本作の起用ギリギリまで、ともにウェイターの仕事をするほどに俳優としてはまだ駆け出しだったが、一躍スターとなり、今やトップメゾン(ウィリアムズはバレンシアガとブルガリ、ストーリーはサンローランとティファニー)のアンバサダーも務めるゴールデン・ボーイズだ。
のカバーやのレッドカーペットなど、煽情的なビジュアルもたびたび話題を呼ぶが、2人ともセックスシンボルとして見られることを楽しんでいる印象がある。2人がお揃いでいるタトゥーが“SEX SELLS(セックスは売りものになる)”なのも、自分たちの立ち位置に自覚的だからだろう。
『ブロークバック・マウンテン』や『ブエノスアイレス』が描かなかったもう一つの世界セクシーでユーモアに溢れる彼らが本作を刺激的なものにしているのは間違いなく、アクセルとブレーキを同時にベタ踏みするようなスリルと興奮がある。筆者は前述の『ブロークバック・マウンテン』をクィア・ロマンスの最高峰作品だと公開から20年過ぎた今も疑わないけれど、結ばれなかった相手を永遠に思い続けるセンチメンタルだけが、必ずしもクィア・ロマンスの最高の結末だとは思っていない。喪失や犠牲を伴う悲劇的なエンディングこそ至高と言い続けるのは、いささか時代錯誤かもしれない。
後ろめたさを抱えて神妙な顔で思い煩うだけでなく、目の前にいる相手を思いやり、より良い道を模索する物語がいまの世の中にもっと送り出されてほしいとも思う。ウォン・カーウァイが『ブエノスアイレス』で、グザヴィエ・ドランが『わたしはロランス』で残した甘美な後味は、この先も語り継がれるのだから、そのあとに続く系譜が軒並み引き継がなくてもいいはずだ。
カナダ人ジャーナリストのレイチェル・ギーザは著書『』(DU BOOKS刊)で、アイスホッケーを含むスポーツがいかに男性性を醸成するかを論じている。彼女が同性パートナーとの間に養子として迎えた息子が、アイスホッケーやゲームに興じ、「伝統的な」男の子に育っていく様子を興味深く思ったことが本著の成り立ちだ。「男らしくある」ことの危うさや脆さ、弊害を、歴史や教育、宗教など多様な視点と事例を交えてフラットに説き、その上で「人はジェンダーに関係なく、タフさと優しさ、勇敢さと繊細さ、競争心と思いやりという、人間に備わるあらゆる性質を同時にもつことができる」と掲げるメッセージは「ヒーテッド・ライバルリー」が持つ本質と完全に符合するし、福音のような強さも感じられる。
『ブロークバック・マウンテン』でイニスとジャックに起こりえたかもしれないもう1つの世界を、「ヒーテッド・ライバルリー」のシェーンとイリヤが見せてくれるのではないかと希望を見出している。「2人はその後も幸せに暮らしました」では終わらない、ハッピー・エバー・アフターの向こう側にある物語をまだまだ続けてほしいのだ。
「ヒーテッド・ライバルリー」はU-NEXTで配信中。
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