特捜OB「山下貴司法相」再登板は政界捜査のアクセルか、ブレーキか? 永田町の関心が集まる“次期検事総長の最右翼”との関係
第2次高市政権で法務大臣になった山下貴司衆院議員は、元東京地検特捜部検事。そして元特捜部長で次期検事総長の最右翼とされる、森本宏・法務事務次官と司法修習の同期である。この人事に特捜OBの弁護士は「これで政権を揺るがす大型疑獄事件に、また一層手が届かなくなった」と嘆く。「また」というのは、大阪地検特捜部の証拠改竄事件や、相次ぐ強引な取り調べ発覚による特捜検察の萎縮に、大物政治家の不在も相まって事件が小粒化しているためだ。では「一層」とは、どういう意味か--特捜出身の法相就任は追い風とみる国民も少なくないはずだが「それには事情がある」(前出の弁護士)ようだ。その“事情”とは何かを解説する。
【写真を見る】山下法相とは司法修習同期「次期検事総長」と言われる森本宏・法務事務次官の最高検刑事部長時代の姿
国際派の検事から政界転身
まず山下氏の経歴を紐解くと、岡山市出身の61歳。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。大学卒業後に第44期の司法修習を経て、検察庁に入庁した。森本氏とは司法修習も任官も同期だ。

検事時代は東京地検特捜部のほか横浜、盛岡、鳥取の各地検に勤務。法務省では刑事局国際課で国際刑事企画官を務めた。2010年に退官し、12年に衆院岡山2区で初当選して現在6期目。17年2月に表面化した森友学園問題で故安倍晋三首相(当時)が、国会で「私や妻が関係していたということになれば首相も議員も辞める」と言い放って以降、野党の激しい追及を受けていた同年8月、法務大臣政務官に初起用。18年10月に法相にスライドして19年9月まで務め、今回が再登板となった。
検察の手の内を知る山下氏を、指揮権発動で特捜部の捜査に事実上ストップをかけることが出来る法相へ起用したことに、刑事責任追及の動きにも目配せを始めていた安倍氏の意図を疑う声もなくはなかった。だが、
「それは邪推で、この頃はまだ安倍さんもそこまで危機感はもっていなかっただろう。捜査の矛先はむしろ自身ではなく、財務省とみていたはずだ」(前出の特捜OB弁護士)
実際、安倍氏が黒川弘務東京高検検事長(当時)を検事総長に据えようと、異例の定年延長を強行するのは2年以上も後のことである。
与党議員の元秘書は「山下さんの政務官や大臣での起用は、法務省で国際派としてならした外国人政策や、入管行政のエキスパートとしてのものです」と話す。
実際、安倍政権が「骨太の方針」に労働力確保のため、新たな在留資格の創設を明記すると、山下氏は政務官として法案作成の準備に関与。法相として、特定技能の在留資格新設を盛り込んだ入管法改正案を提出し、改正法の成立に漕ぎ着けている。高市氏が2021年に自民党政調会長に就任すると、山下氏は副会長として外国人政策を担当。欠陥だらけの技能実習制度に代わって、育成就労制度を導入するための党内議論を二人三脚で集約した。
かつては捜査現場の牽制役
一方で、外国人労働者が一気に急増したことにより、政府与党の外国人政策は一変する。治安悪化の懸念や、社会保障費の未納による不公平感が増大。政策の方向が「共生」から「規制」へと180度転換し、昨秋、高市氏が党の総裁に就任すると、すかさず外国人受け入れの規制強化を議論する党のプロジェクトチーム(PT)の座長に山下氏を起用した。そして今回、入管行政のトップである法相として、エキスパートの山下氏を登用したわけだ。
「インバウンドも含めて、外国人を十把一絡げに『移民』などと呼んで入国の制限を主張する参政党の躍進ぶりをみれば、高市首相が外国人施策に神経を尖らせているのは事実でしょう。山下さんの起用と最側近の小野田紀美内閣府特命担当相の留任は、政策推進の両輪なのです」(前出の元秘書)
ただ、前出の弁護士は「もちろん起用の最大の理由は、入管行政のスペシャリストだから。だが、自民党政権トップの脳裏の片隅には、天敵である特捜部に重しは必要との思いはあるはず」と指摘する。
もはや日本史の教科書に載るレベルの昔話ではあるが、故田中角栄元首相が特捜部に逮捕されたのが1976年。逮捕後も田中氏は「キングメーカー」として首相の人選を差配し、政界に君臨し続けたことから、ロッキード事件の捜査終結後、特捜部による国会議員の刑事訴追は1986年の撚糸工連事件の在宅起訴まで10年間なく「85年に田中氏が脳梗塞で倒れるまで、法相ポストは田中派や『隠れ田中派』とされた政治家でバトンがつながれ、捜査現場を牽制していた」(同弁護士)ため、この10年は「特捜冬の時代」と呼ばれた。
「だから今回、山下さんを起用した高市さんの念頭にも、特捜の捜査への重しという考えは、ある程度あるはずだ」(同弁護士)
検察関係者もこう推測する。
「高市首相は今年7月に開かれた『安倍晋三元総理の志を継承する集い』で『安倍氏のように闘う政治家でありたい』とあいさつし、長く政治活動を共にした理由として政治家としての魅力や国家観が同じであったことなどを表明している。黒川検事長を政権の守護神として総長に置こうとした思考と似たマインドをもっている可能性もある。場合によっては、特捜部ににらみを利かせるための起用という側面もなくはない」
国会議員3人逮捕は離任後
実は山下氏の1回目の法相時代、同期の森本氏は特捜部長の地位にあった。IR汚職と参院選広島選挙区買収事件で、計3人の国会議員を逮捕した森本特捜部だったが、山下氏の在任中は逮捕していない。山下氏の法相離任は2019年9月。IR汚職で特捜部が衆院議員元秘書宅の家宅捜索に着手したのは、3か月後の12月だった。
「同期の大臣に気を遣ったということはないだろうが、衆院議員側の強制捜査となれば、直前には法相に報告は上がる。離任の時期が無関係だったとは、決して言い切れないだろう」(同弁護士)
筆者が「デイリー新潮」昨年7月2日にアップした「検察首脳人事に地殻変動?」と、8月4日の「検察不祥事が相次ぐ中“初の慶応出身”検事総長が誕生」でも書いたように、過去には大半が東大出身で占められてきた検事総長の椅子に2024年7月、初の女性総長として中央大出身の畝本直美氏が就任。今年8月には「慶応ボーイ」では初となる川原隆司氏が総長ポストに就いた。
「法務省刑事局長として畝本氏就任の背中を拝み、次官として川原氏の就任を見届けた森本君としては、初の名古屋大学出身の総長となる自分の姿が既にイメージできているはず。特捜検事としての森本君は若手の特捜検事たちにとって、ある意味で“神格化”さえされている存在。森本君にその気がなくても、森本総長誕生の障壁になるような捜査に着手して、政権与党自民党の不興を買うことがあってはならないとの忖度が働く可能性はある、という懸念がある」(同弁護士)
森本氏が岐阜県の同郷で高校の先輩でもある、故熊崎勝彦・元東京地検特捜部長に可愛がられていたエピソードは有名だが、やはり同じ岐阜県出身の伊藤鉄男元特捜部長が昨年10月に出版した著書『検事の心得 元東京地検特捜部長の回想』(中央公論新社)の中でも、司法修習時代の森本氏を「いつも大声で元気がよく、何ごとにも目を輝かす好青年」と論評。「私とは比べものにならないほどの実績を残し(中略)やがては検察のトップになるだろう」と書かれている。
「森本君は若い頃からある意味、おやじ殺しで知られた。検事総長就任が確実視されていることをあまり快く思っていないのは、ごく一部の東大出身の検察OBだけだ」(同)
再登板となった山下法相の手腕が生かされるのは、政策の責任者としてか、はたまた捜査に関わる立場でか。注目したい。
岡本純一(おかもと・じゅんいち)
ジャーナリスト。特捜検察の捜査解説や検察内部の暗闘劇など司法分野を中心に執筆。月刊誌「新潮45」(休刊中)では過去に「裏金太り『小沢一郎』が逮捕される日」や「なぜ『東京高検検事長』は小沢一郎を守ったか」などの特集記事を手掛けた。
デイリー新潮編集部
