「神様は仲良く引き分けにした」巨人と阪神が演じた“伝説の天王山”
マジック「1」までたどり着いても、優勝は決まったわけではない。反対に、絶体絶命まで追い込まれても、まだ終わりではない。【久保田龍雄/ライター】
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中学で野球をやって以来初めての
1973年のセ・リーグは、まさにそんな優勝争いだった。巨人はシーズン最終戦で首位・阪神を破り、わずか0.5ゲーム差で前人未到の9連覇を達成した。
その逆転Vへの大きな布石となったのが、10月11日の天王山である。序盤に7点をリードされながら追いつき、10対10の引き分けに持ち込んだ。
今も語り継がれる“アンビリーバブルな試合”。今回は、巨人V9へと流れを変えた伝統の一戦を振り返る。

1964年以来9年ぶりの優勝を狙う阪神は、9月下旬から7連勝の猛チャージ。首位・巨人に肉薄した。
1ゲーム差で迎えた10月10日の天王山第1戦では、1対5と劣勢の6回に後藤和昭のソロと4番・田淵幸一の「中学で野球をやって以来初めて」という満塁本塁打で逆転。その裏からエース・江夏豊を投入し、6対5で逃げ切った。
この結果、阪神は勝率わずか1厘差で40日ぶりの単独首位に立った。
劇的な勝利で勢いに乗る猛虎は、翌11日の巨人戦でも序盤から得点を重ねる。初回に巨人先発・堀内恒夫から田淵の右前先制打など4安打を集中し、一挙4点。2回にも玉井信博から3長短打で2点を追加すると、三塁・長嶋茂雄の失策に乗じて7点目を奪った。
長嶋はこのプレーで右手薬指を骨折し、残りシーズンを欠場することになる。
2回を終えて7対0。しかも巨人は、4番打者でチームの精神的支柱でもある長嶋が負傷退場した。阪神の連勝は濃厚と思われた。この試合に勝てば、残り4試合でマジック「3」が点灯する。
7点差の油断
ところが、ちょっとしたプレーをきっかけに流れが変わった。
3回、阪神は無死一、二塁の追加点機で強攻策に出たものの無得点。「7点差あるから」という油断はなかったか。
4回の守備では、無死一塁から王貞治が右翼へ大飛球。池田祥浩はフェンス際まで追いながら、本塁打と思い込んだのか、捕球をあきらめたような動きを見せ、打球は二塁打となった。
このプレーが、巨人反撃の呼び水となる。
無死二、三塁から、長嶋に代わって出場していた富田勝が左越え3ラン。長嶋不在という緊急事態に危機感を抱いた巨人ナインは、「同じ負けるにしても、1点でも多く取って負けよう」と闘志を前面に出して食い下がった。
阪神先発・江夏は、前日にリリーフで4イニングを投げたばかり。「何とか6、7回までは」と気力で投げつづけていたが、次打者・末次民夫にも中前安打を許す。1死後、上田武司に四球を与えたところで、ついに降板となった。
直後、巨人は代打・柳田俊郎(真宏)のタイムリーで1点を追加。7対4と3点差まで迫った。
6回、巨人打線が一気に畳みかける。
1死から黒江透修が左越えソロ。さらに代打・萩原康弘の右越え3ランで逆転すると、次打者・高田繁にも連続アーチが飛び出し、9対7と試合をひっくり返した。
巨人の投手事情も楽ではない。前日に先発して5回を投げた左のエース・高橋一三がベンチを外れていた。
7回、5番手・高橋善正が藤田平のソロと代打・和田徹のタイムリーを許し、9対9。試合は再び振り出しに戻った。
さらに8回、巨人に不運なプレーが追い打ちをかける。
池田のセンターへの飛球に、俊足の柳田が懸命に追いついた。だが、打球はグラブの先に当たって後逸。記録は二塁打となり、暴投などで1死三塁から望月充の左前タイムリーで阪神が10対9と勝ち越した。
勝負は下駄を履くまでわからない
今度こそ勝負あったかに思われた。
ところが、その裏にまたドラマが待っていた。
1死から打席に入った柳田は、カウント1-2から谷村智博の4球目を強振。見送ればボールになりそうなフォークに少し泳ぎながらも、打球は右翼ポールを直撃した。起死回生の同点ソロで10対10となった。
現在、八王子市でカラオケスナック「まむし36」を経営する柳田氏は、当時をこう振り返る。
「打席に入るとき、コーチの福田(昌久)さんに『絶対打って取り返せよ』って言われました。『ヒットでつなげよ』ならわかるけど、こっちは好き好んで捕り損ねたわけじゃない。エラー扱いで『取り返せ』はないんじゃないのと怒りながら打席に入りました。ホームランを打ったあとも、ムスーッとした顔でダイヤモンドを1周して、ベンチに戻ってもムカムカしていた。でも、今思うと、あの言葉が心に火をつけたのかも」
普段は“気力の一打”という言葉を信用していなかった柳田が、「あの一発だけは、まさしくそんな感じ」と認めた一撃だった。
9回、投手総動員となった巨人は、20歳のルーキー・小林繁を6番手でマウンドへ送った。この日がプロ4試合目。1点でも失えば、8回の柳田の同点弾が空砲になりかねない重要な場面だった。
それでも小林は「別にあがりもしなかった」と平然。わずか7球で打者3人を内野ゴロに打ち取った。
9回裏は阪神の谷村が3者凡退に抑え、球史に残る打撃戦は10対10の引き分けに終わった。
試合後、巨人・川上哲治監督は「いい試合だった。こんな試合は監督生活で初めて」と振り返った。あわや大敗という展開から執念で引き分けに持ち込み、満ち足りた表情を見せた。
阪神・金田正泰監督も「選手はよくやってくれた。こんないい試合だったから、神様は仲良く引き分けにしたんでしょうね」とコメント。天王山2連戦を1勝1分で乗り切り、手応えをつかんでいた。
この時点でも、阪神は勝率1厘差で首位を守っていた。
その後、阪神はマジック「1」まで進めながら、最後の2試合に連敗してまさかのV逸。一度は優勝をあきらめかけた巨人が、最後に笑った。
振り返れば、10月11日の引き分けは大きかった。7点を追う展開となり、長嶋まで負傷退場。それでも巨人は試合を捨てず、最後まで阪神に勝利を許さなかった。
10対10の死闘は、「勝負は下駄を履くまでわからない」を地で行く一戦だった。
久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)
デイリー新潮編集部
