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高収入を得てきた親でも、老後の資産運用で大きな損失を抱えることがあります。「自分のことは自分でできる」と考え、家族に相談しないまま資産を減らせば、やがて子世代に生活の負担が及ぶこともあります。予期せず親の生活を支える立場になったとき、子はどこまで支援すべきなのかについて、ある親子の事例から、親の生活を支えながら自身の家庭生活を守るための境界線と、現実的な対処法を考えます。

突然の押しかけ同居と消えた退職金

都内のマンションで暮らす会社員の木村健一さん(50歳・仮名)のもとに、父親の木村隆さん(76歳・仮名)が予告なしで訪れたのは、ある土曜日の早朝でした。

隆さんは大手企業の役員を務めた後に退職し、現在は企業年金を含めて月28万円ほどの年金を受け取っています。

以前から何かと厳格だった隆さんは、周囲から「もう若くないのだから」と言われるたびに、「自分のことは自分でできる。子どもに頼るつもりはない」と話していました。

健一さんからの連絡にも、「心配するな」と返すばかり。親子とはいえ、互いの生活にはあまり踏み込まない関係が続いていました。

ところが、その日の朝、玄関に現れた隆さんは、大きな旅行鞄と段ボール箱を抱えていました。

「今日からここに住む。部屋を一つ空けなさい」

突然のことに、健一さんは言葉を失いました。

理由を尋ねても、隆さんは詳しく説明しようとしません。やがて、手にしていた封筒から一通の通知を取り出しました。そこには、金融機関から届いた、運用資金の追加拠出を求める内容が記されていました。隆さんは退職後、それまで蓄えてきた資産を積極的に運用するようになっていたのです。

「預金しているだけでは、もったいない」

そう考え、退職金3,800万円を原資として、複数の金融商品で運用を続けていたのです。ところが、市場環境の変化によって運用状況が悪化。損失が膨らみ、追加の資金が必要になりました。隆さんは不足分を補うため、長年暮らしてきた自宅を売却。それでも老後の生活基盤を立て直すには十分ではありませんでした。

結果として、住まいまで失った隆さんが頼ることになったのが、息子の健一さんだったのです。

「親を養うのは子どもの当然の役目だろう」

隆さんはそう言い、健一さんの家で暮らすことを当然のように考えていました。

しかし、健一さんには妻と子どもがいます。突然始まった4人での生活は、すぐに家庭内の負担となりました。隆さんはリビングで長時間テレビを見たり、家族の生活時間を考えずに過ごしたりするようになり、妻との間にも少しずつ不満がたまっていきました。

「お義父さんとの生活、もう、堪えられない…… 」

妻の声に、健一さんは危機感を募らせます。

老後の資産運用をめぐるトラブルは、決して珍しいものではありません。金融商品は、預貯金とは異なり、価格変動などによって元本を下回る可能性があります。国民生活センターも、高齢者を含む消費者に対して、契約内容やリスクを十分に確認し、困った場合には早めに相談するよう呼びかけています。

問題は、損失そのものだけではありません。

資産を失った事実を家族に話せないまま時間が経てば、住まいや生活費など、より大きな問題に発展することがあります。

隠された真実と、共倒れを防ぐための境界線

健一さんは、父親の荷物を整理するなかで、一冊のノートを見つけました。そこには、資産運用についての記録とともに、隆さん自身の手書きでいくつかのメモが残されていました。

「孫の大学進学費用」

「息子夫婦への相続」

健一さんは、初めて父親がなぜ積極的な運用を続けていたのかを知りました。もちろん、結果として大きな損失を出したことに変わりはありません。それでも、単に「自分勝手にお金を使った」と考えていたときとは、見え方が違いました。

妻を亡くしてから、父親は一人で生活していました。「まだ自分は大丈夫だ」と考え、子どもには弱みを見せたくなかったのでしょう。そして、将来、孫や息子夫婦に少しでも資産を残したいという思いもあったようです。

非常にプライドの高い父親です。常に良い顔をしたいのです。すべて納得のいく行動でした。しかし、健一さんは父親の思いを知ったからといって、同居を続けることが正解だとは考えませんでした。

自分には妻と子どもの生活があります。父親の生活を支えることと、自分の家庭を犠牲にすることは別の問題です。そこで健一さんは、まず地域包括支援センターに相談しました。高齢者の生活上の困りごとについて相談できる窓口につなぎ、住まいや生活費、今後の生活設計について整理していきました。

また、金融商品の契約や残された資産については、専門家にも相談。運用状況を確認し、今後の返済や資産整理について一つずつ対応することにしました。

民法第877条第1項では、「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と定められています。ただし、親の生活を支えるために、子どもが自分の家庭の生活を維持できなくなるまで負担しなければならない、という意味ではありません。具体的な扶養の範囲や方法については、親の生活状況や子の資力など、個別の事情を踏まえて判断されます。

健一さんは、父親にこう伝えました。

「同居はできない。でも、生活を立て直すために必要なことは一緒にやる」

最初、隆さんは強く反発しました。

「親を見殺しにするつもりか! 」

しかし、健一さんは同居だけを拒むのではなく、住まいの確保や公的な相談窓口の利用、資産の整理などを一緒に進めました。最終的に隆さんは、年金収入の範囲で生活できる住まいを探し、転居することになりました。

このように高齢期の資産管理や生活設計で孤立・困窮するケースは少なくありません。

内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、公的年金・恩給が家計収入のすべて(100%)を占める高齢者世帯は43.4%に上り、年金の範囲内で無理のない生活基盤を築くことの重要性がうかがえます。また、契約当事者が65歳以上の消費生活相談件数は令和7年に約32万件と高水準で推移しており、お金や契約をめぐるトラブルへの対応も課題となっています。

親の自尊心に配慮しつつ共倒れを防ぐには、一人で抱え込まず地域包括支援センター等の公的窓口や専門家に早期相談し、適切な支援制度を活用しながら親子で持続可能な境界線を引くことが不可欠です。