番組の山場はカエル探し?大泉洋も振り回された『水曜どうでしょう』を支える「行き当たりばったりの適当」がもたらす<長閑なおもしろさ>
北海道発の人気バラエティ『水曜どうでしょう』が、2026年で30周年を迎えます。番組のカメラ担当ディレクターを30年間担当してきた「うれしー」こと嬉野雅道さんは、2026年で67歳に。「お陰で私の人生も『水曜どうでしょう』とともにハッピーでした」と振り返ります。そこで今回は、嬉野さんの連載を書籍化した『だから僕らは出会わなければならないのです。』より一部を抜粋して、30年の歩みを振り返るエッセイをお届けします。
【写真】『水曜どうでしょう』カメラ担当の名物D「うれしー」こと嬉野雅道さん
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絵に描いたような適当さで番組に長閑さをもたらす人
『水曜どうでしょう』は、厳格さから一番遠い「適当」で満ちた環境です。今ならNetflixでご覧になれますから一度その目でご確認いただきたい。
ご覧になれば、姿は見えないのにずいぶん押しの強い声でタレントに盛んにしゃべりかけるディレクターの存在に気づかれるはずです。
この男がチーフディレクターの藤村忠寿という『水曜どうでしょう』を支える髭の男です。
この男が、絵に描いたような適当さで番組に長閑さをもたらす張本人かもしれません。
カエル探し
20年と少し前、番組のロケで我々は西表島に行きました。本当はスペインまでロケに行って、大泉洋を「牛追い祭り」に飛び入り参加させるつもりだったのです。ところが事前にロケハンに行ってみると思いのほか危険がいっぱいだったのでそれはやめ。
大泉洋と視聴者には「牛追い」ではなく「虫追い」です、とダジャレで企画変更を告げて西表島に乗り込んだのですが、現地に到着するとネイチャーガイドのロビンソンと名乗る日本人のおじさんが「虫はおもしろくねぇ」と開口一番に言うものだから、結局、「虫追い」でもなくなってしまう。タレントは「じゃあ何をやるんだ」と頭を抱える。

『だから僕らは出会わなければならないのです。』(著:嬉野雅道/発行:集英社インターナショナル、発売:集英社)
するとロビンソンは「オオウナギを獲ってビックリさせてやるからさぁ」と豪語し、夜更けに「とりあえずエサにするカエルを取りに行く」というので、カメラを回し始めるとその晩に限ってカエルがいない。なにしろオオウナギのエサだから、カエルがいないと始まらない。それで島中を車で走って探すんだけどカエルがいない。でも藤村くんは、このまさかの事態にガイドがテンパって真夜中過ぎても血眼でカエルを探し続ける様がおもしろくなっちゃって、一向にカエル探しをやめようとしない。主催者が「もうやめましょうか」と助け舟を出さないから、ロビンソンもガイドのプライドが邪魔をしてカエル探しをやめられない。
タレントも見るに見かねて、「カエルなんか、もういいだろう?」と先の見えないカエル探しに付き合わされてヘトヘトだから藤村くんに苦情を言うんだけど、そうなると藤村くんはそれもおもしろくなるから、「ロビンソンがやめないから仕方ないねぇ」と一向にやめない。だから夜中過ぎまでカエル探しが続けられ、全員がヘロヘロになるのだけれど、全体を通してロケを見返すと、「どうでもいい」はずのカエル探しが一番おもしろく、番組の山場になっているわけです。
行き当たりばったりの適当がおもしろいと見られるとき
行き当たりばったりの番組は考えなしのように見えるから、気兼ねなく楽に見られて良いのだろうけど、藤村くんは「人間は何をおもしろがるのか」を現場で本能的に考えている。「牛追い」とテーマが決まっても、危険そうならやらない。「虫追い」に変更して島に乗り込んでも現地ガイドが「虫はおもしろくない」と言うのならと、「虫追い」もやめる。
でも、誰もが「本題はウナギなんだから、エサのカエル探しはもういいだろう」と言っても、「カエル探し」はやめない。行き当たりばったりの適当がおもしろいと見られるときには、意外にしっかり考えて判断している人がいる、ということです。
だとすれば、人が適当でいられる社会は、「人間のことをちゃんと考えている誰かがいる社会」ということになりはしないか。
だったら適当が好まれない厳格な社会は、「もう誰も、人間のことなどちゃんと考えようとはしなくなった社会」ということになるのか。
「適当」の風土
4年ほど前。うちの局も札幌の中心部に移転して、今では厳格なセキュリティに守られてIDカードなしには会社の中に入ることも出ることもできなくなりました。
有名芸能人も政府要人も来ない局にそんな厳格な出入り口が必要なのか。そもそも50年も山の上にいてなんの不都合もなかったのに、莫大な借金してまでなぜ中心部に移転したのか。
たかが引っ越しとあなどるなかれ。人の気分は環境の変化であっさり変わってしまう。この新しい場所で、「適当」の風土を未来に繋げていけるのかHTB。しかし繋げていかなければ呑気に息のできる場所はなくなって、油断も出会いも感動も、幻のように消えてしまう。
※本稿は、『だから僕らは出会わなければならないのです。』(発行:集英社インターナショナル、発売:集英社)の一部を再編集したものです。

