【松田 聡子】デフレ期なら4800万円だった東京23区の2LDK…いまや「1億円超」、年収690万円では「審査も通らない」
日本では長いあいだ、「デフレからの脱却」が経済政策の重要課題とされてきました。しかし今は、物価も賃金も上がる局面に入っています。
2013年、日本銀行は消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」を掲げ、大規模な金融緩和を始めました。長く続いたデフレから抜け出し、企業収益や賃金が伸び、消費や投資が活発になる好循環を目指したものです。
それから10年以上が経ち、状況は大きく変わりました。
しかし、FPとして家計相談をしていると、一つ疑問を感じます。
デフレだった頃より物価も給料も上がっている今のほうが、私たちは本当に暮らしやすくなったのでしょうか。
この問いを考えるうえで、わかりやすいのが住宅です。一生のうちでも最大級の買い物である住宅を、普通に働く世帯がどの程度の負担で買えたのか。デフレ期と現在を比較すると、家計から見える景色は大きく異なります。
2012年、東京23区のマンションはまだ「現実的な選択肢」だった
デフレ期と現在の生活実感を比較するにあたり、まずは2012年当時の社会環境を振り返ってみましょう。翌2013年にアベノミクスと日本銀行の大規模金融緩和が本格化する直前で、長く続いたデフレ期の終盤にあたります。
不動産経済研究所によると、この年に東京23区で発売された新築マンションの平均価格は5,283万円、1平方メートルあたりの単価は80.1万円でした。この単価で60平方メートルの2LDKを買うとすると、価格はおよそ4,800万円になります。
これを年収600万円の会社員が頭金10%の480万円を用意し、残りの4,320万円を35年の住宅ローンで借りて購入したケースを考えます。金利は全期間固定型のフラット35で、当時最も多く適用されていた金利(最頻金利)の年平均、約2.0%とします。
元利均等返済、ボーナス返済なしなら毎月の返済額は約14万4,000円、年間では約173万円で、年収に占める返済額の割合(返済負担率)は約28.8%です。
返済負担率28.8%は決して楽ではありませんが、やりくりをすれば手の届く水準といえます。
もちろん、デフレ期を「暮らしやすい時代だった」と美化することはできません。
1990年代から2000年代前半には就職氷河期があり、新卒時に希望する仕事に就けなかった人や、非正規雇用など不安定な立場からキャリアを始めざるを得なかった人も少なくありませんでした。賃金も伸びにくく、安定した所得を得ること自体が難しい人がいた時代です。
住宅が安くても、安定した収入がなければ住宅ローンは組めません。
しかし、一定の収入を得ている世帯に目を向ければ、住宅価格も金利も低く、「いつか家を買う」といった生活設計を描ける余地はありました。低成長だったから、将来への希望までなかったとはいえません。
給料は上がった。それでも同じ家は買えなくなった
では、同じ買い物を2026年にすると、どうなるでしょうか。
先述の不動産経済研究所によると、2026年8月に東京23区で発売された新築マンションの平均価格は1億3,821万円、1平方メートルあたりの単価は212.2万円でした。先ほどと同じ60平方メートルの2LDKに換算すると、約1億2,732万円になります。2012年の4,800万円に比べ、およそ2.7倍になりました。
一方、給料も上がっています。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」では、一般労働者の現金給与総額指数は2012年度の98.6から2025年度の112.4へ上昇しました。伸び率は約14.0%です。
2012年に年収600万円だった人の給料が同じ割合で増えたとすれば、現在の年収は約690万円になります。
さらに住宅ローン金利も変わりました。2026年9月のフラット35は、返済期間21年以上35年以下、融資率9割以下の場合、最頻金利が年3.46%です。
そこで両方とも頭金10%、35年返済として比較してみます。
年収は約15%増えました。一方で、物件価格は約2.7倍になり、金利は約1.5ポイント上がっています。その結果、毎月の返済額は約3.3倍に膨らみ、年収のおよそ8割がローン返済で消える計算になります。家計として成り立たないうえ、そもそも審査を通りません。
つまり、2012年には年収600万円の世帯が検討できた住宅が、2026年には同じ所得階層の家計からほぼ手の届かない価格帯になってしまったのです。
では、2012年と同程度の負担で買うには、年収はいくら必要なのか。試算してみると、賃上げだけでは追いつかない現実が数字で見えてきます。詳しくは後編記事〈デフレ期は「年収600万円」でも買えた東京23区の2LDK…いま必要な年収は「1963万円」〉でお伝えします。
松田聡子
ファイナンシャルプランナー / 群馬FP事務所代表
群馬県前橋市出身。明治大学法学部卒業。大学卒業後、IT企業でエンジニアとして15年間勤務し、金融システムや物流システムの開発に従事。その後、国内生命保険会社へ法人コンサルティング営業職に転身し、2009年に独立系ファイナンシャルプランナーとして開業。以後、個人向けマネー相談や企業向けコンサルティングの他、企業型確定拠出年金導入企業向け従業員研修の講師などに携わる。2020年より金融経済ライターとしても経済メディア、メガバンクオウンドメディアなどに実務経験を活かした記事を寄稿。著書『60分でわかる!住宅ローン超入門』(技術評論社)。日本FP協会認定CFP。
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