【舘ひろし・芸能生活50周年インタビュー】アドリブを封印した『あぶない刑事』、倉本聰さんに「適当でいいから」と言われ初めて覚えた台詞 俳優としての歩み
今年、芸能生活50周年を迎える舘ひろしに、インタビューを行った。1986年10月にテレビシリーズの放送が始まった『あぶない刑事』は、今も多くの人に愛され、舘の代表作のひとつとなっている。柴田恭兵の芝居から受けた影響、倉本聰脚本作品に出演して変わったこと、高校時代からの愛読書について語ってくれた。(文中敬称略)【全3回の第2回】
柴田恭兵の自由さ、倉本聰との対峙
石原裕次郎が亡くなる前年の1986年、彼は代表作になる『あぶない刑事』(日本テレビ系)の撮影に入った。
柴田恭兵と初めて共演したとき、舘は柴田の芝居に驚いたと振り返る。
「恭サマ(柴田)は凄く軽いというか、自由自在に芝居が出来るんですね。石原プロでやってきた芝居とは全然違う」
初期の頃は柴田に影響されて、アドリブを入れたり、ギャグを試したりもした。しかし、長谷部安春監督から「舘さんはやめておこう」と注意された。その繰り返しの中で学んだことがある。
「僕の芝居というのは、石原さんや渡さんのように真中でドンと構えているのではなく、色々な人たちの芝居をつなぎとめていくのが役割かな、と思ったんです。『あぶない刑事』で言えば、恭サマがいる、(浅野)温子がいる、(仲村)トオルがいる。ベンガルさんがいる。それらの人たちのお芝居がバラバラにならないようにつなぎとめるというか。つまり、僕は土台で、その上に様々な建物が建つ。土台はグラグラと動いてはいけないんです」
『あぶない刑事』もそうだが、舘は長台詞が苦手だと公言してきた。その意識が変わったのは2005年『祇園囃子』(テレビ朝日系)で、渡哲也と共演したときだった。
脚本は倉本聰。脚本の"てにをは"に拘りがあることでも有名である。
「それまで僕は、覚えなきゃいけないような台詞は大したことないと思っていたんですね。だけど『祇園囃子』を読んだら、凄くいい作品で、しかも渡さんと2人だけのシーンが10ページくらいあって、かなり長いんです」
驚いたことに、倉本は彼に「舘クン、台詞は適当でいいから」と話したという。
「そう言われると悔しいじゃないですか。だから、これはちゃんと演ろうと思って、台詞を覚えたのが初めてですね」
綾野剛はずっと歯ぎしりをしていた
そこから20年、舘は長台詞をものともせず、テレビだけでなく、映画でも幾多の主役を演じて来た。なかでも圧倒的な存在感を見せたのは2021年の『ヤクザと家族』(スターサンズ)である。共演は綾野剛。組長役の舘が、リンチに遭った不良役の綾野に「行くところはあるのか、ケン坊」と声を掛けるシーンは、修羅場をくぐり抜けてきた男の風格と、親身な優しさを感じさせた。
「あのシーンは僕ではなくて、綾野君のものです。映画では分かりませんが、彼はずっと歯ぎしりをしていたんですよ。それが僕に聞こえて、そういうふうに台詞が言えたというか、綾野君のおかげだと思っています」
どこまでも謙虚なのだ。
(第3回につづく)
【プロフィール】
舘ひろし(たち・ひろし)/1950年3月31日生まれ、愛知県出身。1976年、映画『暴力教室』(東映)で俳優デビュー。『西部警察』『あぶない刑事』シリーズをはじめとする映画やドラマ、歌手業などで幅広く活動。今年、芸能生活50周年を迎えた。
取材・文/松田美智子(作家) 撮影/西條彰仁、ヘア&メイク/岩淵賀世、スタイリスト/中村抽里
※週刊ポスト2026年9月25日・10月2日号
