【連載:清水草一の自動車ラスト・ロマン】#41 我が人生、日産シルビアに恩アリ!
私の青春は初代日産ガゼールとともに!
18歳から22歳にかけて、私の青春は初代日産ガゼールとともにあった。初代ガゼール(と3代目日産シルビア=S110型)は、元祖デートカーでもあった。
【画像】あなたの青春カーはどの世代?S12からS15型まで、歴代日産シルビア&180SXを振り返り 全129枚
今でも私は、シルビア/ガゼールおよびデートカーという存在に、強い思い入れを持っている。それが私のカーライフの原点なのだから!

見た目はシンプルかつ流麗なカッコマン。インテリアは女性的でやさしく、フェミ男の香り! 日産自動車
1983年に登場した2代目ガゼール(S12型)は不人気で、それを最後に絶版となった。しかし姉妹車のシルビアは生き残り、続く5代目のS13型(1988年登場)は、3代目ホンダ・プレリュードとともに、いわゆる『デートカー時代』を築くことになる。
ちょうどその頃から私は、週刊誌の自動車担当編集者として自動車メディアにかかわり始めたため、その後のシルビアの一生に、最後まで接することができた。
5代目のS13型は、当時の若者が泣いて喜ぶスタイリッシュな直線基調のクーペで、どこか3代目のS110型に近い香りがあった。個人的には、S110型を洗練させて本格派にしたのがS13型、というイメージでした。
S13型の狙いは、引き続きデートカーだった。見た目はシンプルかつ流麗なカッコマン。インテリアは女性的でやさしく、今でいう『フェミ男』の香りがあった。20歳代後半になっていた私としては、青春の恥部を見せられたようで、微妙な気恥ずかしさを覚えたものです。
FRレイアウトの体育会系ライトウェイト本気マシン!
ところがこのS13型は、当初の企図とは裏腹に、ドリフト御用達のモータースポーツベース車両としてもてはやされるようになる。モデル末期には、『FRレイアウトの体育会系ライトウェイト本気マシン!』というイメージに変貌していた。
一方プレリュードのほうは、FFだったがゆえに、そういう汗臭いイメージは最後まで付かなかった。

サーキット走行仲間と共同で、S13型180SXを購入!(左下が筆者です。念のため) フォッケウルフ
6代目シルビアことS14型は、S13型のイメージを踏襲したスポーティなデートカーとして、1993年に登場した。デートをより快適にするため、全幅が拡大されて3ナンバーとなり、フォルムはふくよかで女性的になった。
それが世間的には「シルビアは軟弱になった」と不評を買った。私もそう思いました。「日産は何やってんだ! これは違うだろ!」と。シルビアはもともとデートカーだったのに、「こんなのはシルビアじゃない!」みたいな言われ方をしたんだから、開発者はたまったもんじゃないですね。
S14型は、1996年のマイナーチェンジでフロントフェイスをS13型っぽく整形したが、時代の変化もあって人気は復活しなかった。
ありがとうシルビア!
そこで1999年に登場した最後のS15型は、反省を込めて5ナンバーサイズに戻すなど、体育会系ドリフトマシンに回帰。個人的には、「すっごくいいクルマになったな~」と思ったけれど、時すでに遅し。スポーツカーの時代は完全に終わっており、わずか3年で生産終了となった。
世の趨勢とは無関係に、私とシルビアの付き合いは、モデル消滅期に復活を遂げた。

おかげでフェラーリでも定常円旋回できるようになりました! フォッケウルフ
2002年、サーキット走行仲間と共同で、S13型のポンコツ180SX(20万円)を購入。エンジンが逝ってしまったので、翌2003年にはフルチューン済みのS14型シルビア(50万円)に買い替え、サーキット走行に燃えた。
同じ頃には雑誌の企画で、S15型シルビア(広報車両)をエビスサーキットに持ち込み、『ドリ小屋』なるドリフト合宿に参加して、ドリフトの猛練習までさせてもらった。おかげでフェラーリでも定常円旋回できるようになりました。ありがとうシルビア!
結局我がカーライフは、S110型に始まり、S13型、S14型、そしてS15型にまでお世話になってしまいました。足を向けて寝られません。
(つづく/隔週金曜日掲載、次回は10月2日金曜日公開予定です)

