俳優業と並行して国際取材にも取り組んでいた岸惠子さん

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 8月7日、俳優の岸恵子さんが老衰のために亡くなった。岸さんはいったいどんな人物だったのか。岸さんを知る人物を通じて彼女の姿に迫る。(文中敬称略)【前後編の前編】

【写真】日本中が憧れた銀幕のヒロイン岸惠子さん。若き日の1枚

戦争体験から生まれた主体性

「あ、本物の岸さんだ!」

 市川崑監督の『悪魔の手毬唄』(1977年)で岸惠子と共演を果たした石坂浩二が、岸との初対面の記憶を振り返る。

「ミーハーっぽくて情けないんですけど、非常に感動したのを憶えています。祖母が『君の名は』のラジオドラマの大変なファンでして。型のラジオの前に座って毎週聴いていたんですが、映画になってすぐ連れていかれて一緒に観ました」

 映画『君の名は』(1953、1954年)は、岸が一躍スターとして国民的人気を獲得した出世作だ。岸と親交があったジャーナリストの田原総一朗も、同作を観た衝撃を今でも忘れられないという。

「恋愛映画だけど、女性から見て、いかに保守的な男性を"軽蔑"しているかがわかる。岸さん演じる真知子は叔父が決めた望まない結婚から、好きになった相手との恋愛を貫く。主体性のある岸さんが演じたことが良かったのだろう。その通り、よくやった、とてもいい映画だと思った」

 1歳8か月年上の岸を、田原は「同時代を生きてきた特別な存在だった」と語る。終戦を迎えたのも田原が11歳、岸が13歳の時だ。

「戦争体験がある人とない人では全く違うんだよね。(戦争に)反対できないけど、負けるに決まっていると誰もが思っていたと思う。岸さんも負けると思っていたと思う。鋭い感覚の持ち主だからね。だから自分が主体性を持たなきゃいけないと思っている。それが彼女の強さだと思う」

 俳優業と並行して国際取材に取り組んでいた岸は『朝まで生テレビ!』にも出演した。その縁で田原は何度も食事にも付き合ってもらったと言う。

「言いたいことを正直にハッキリ言う。日本では珍しい女優さん。だから僕は岸さんに惚れた。彼女を応援するために僕もがんばる。恩人と言ってもいい。本当に大女優です」

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取材・文/柳沢智夫 撮影/早田雄二

週刊ポスト2026年9月25日・10月2日号