私たちが知る物質は宇宙全体の「わずか5%未満」…宇宙の7割を占める「押すとへこむ」謎のエネルギー
もし未知の異星人から「あなたはどこから来ましたか?」と問われたら、どう答えますか?
「地球から」という回答は、宇宙規模の社交場では失笑を買ってしまうかもしれません。実は私たち地球人は、ある決定的な理由により、宇宙の平均レベルよりも科学の発達が遅れている可能性があるのです。
ファーストコンタクトの日に恥をかかないために必要なのは、地球の狭い常識ではなく、宇宙のどこへ行っても通用する「普遍的な教養」と「宇宙的思考法」です。
多種多様な異星人が行き交う宇宙ステーションで繰り広げられる、知的で刺激的な問いの数々。宇宙で真に求められる「本当の科学知識」とは一体どのようなものなのか、その知的な冒険の一端をぜひ覗いてみてください。
※本記事は、講談社『宇宙人と出会う前に読む本 全宇宙で共通の教養を身につけよう』(高水 裕一)の内容を抜粋・再編集したものです。
宇宙の破壊者を知っていますか?
すべてのプログラムが終わっても、シンポジウム会場ではポーキング博士がまだ聴衆に取り囲まれて、質問に答えたり握手を求められたりしています。いまだに幼さが残る少年とは思えない堂々とした講演が、すっかり人々の心をつかんだようです。あなたも博士とハイタッチでもしたい気分でしたが、いまは会場の外の通路にいて、中から出てくる人に注意深く視線を走らせています。もちろん、あのペガスス座の友人を探すためです。しかし、いかんせん人が多く、もしもここにいたとしても見つけるのはかなり大変に思えてきました。そんなときでした。
「もしもし、もしもし」
自分を呼ぶ声がしました。もしやと思って振り向くと、しかしそこにいたのはまったくの別人でした。地球人にわりと似た顔かたちの、若い男性とおぼしき人が、白い歯を見せてさわやかに笑っています。上半身は白いTシャツ1枚だけという場違いなかっこうです。
「そう、あなたです。あなたは、地球の人ですね」
「はい、そうですけど」
「やっぱり。ポーキング博士のお話はすばらしかった」
悪い気はしないので笑顔を返すと、その若者はTシャツを見せつけるように胸を張りながら、
「きょうの記念に、いかがですか」
と、通路の端に置かれた長いテーブルを指さします。そこにはたくさんのTシャツが並べられていました。ああそういうことかと思いつつ、まだお土産にカレンダーしか買っていないあなたは、自分用に見てみようかという気になりました。若者はうれしそうに、「これはどうですか」とあなたに合いそうなサイズの1枚をすすめてきました。よく見ると胸のところに「Λ」のような形のマークが小さくプリントされています。彼の胸にも、同じマークがついています。
「これは何ですか」
あなたが尋ねると、彼はにっこりと微笑んで、こう言いました。
「その説明をしたいので、よかったら私たちの部屋に来ませんか」
ポーキング博士はある惑星のジャーナリストからインタビューを申し込まれ、いま交流カフェに場所を移して質問を受けています。
「さきほどのお話で、いまの地球の物理学における最大のテーマの一つが量子重力理論の構築であることはわかりました。そのほかに現在、重要とされているテーマはありますか?」
博士は即答しました。
「講演でも少しふれた、ダークエネルギーですね。おそらく、このステーションのメンバーとなっているすべての惑星でその存在は知られているでしょうし、多くの惑星では、その正体も解明されているでしょう。しかし、地球ではまだ、ほとんど謎のままなのです。この名前にも『まったくわからないもの』という意味が込められています」
続けてください、とジャーナリストは身を乗り出しました。
「さきほど私は、物質をつくっているのは『フェルミオン』という粒子であると言いましたが、正しくは『私たち地球人の知っている物質』と言うべきところでした。
というのも、宇宙はどのようなものでできているかが精密に測定された結果、それまで私たちが知っていた物質、それがフェルミオンでできた物質ですが、それらが宇宙全体に占める割合は5%にも満たないことがわかったのです。95%以上は『未知なるもの』であることがわかり、地球人はそれらを『ダークマター』『ダークエネルギー』と名づけました」
少し読者のために補足すると、フェルミオンでできている物質はすべて第2章で見た周期表に載っている元素で構成されていて、「バリオン」と総称されています。正確にはバリオンとは6種類のクォークのうちの3つが、かたまりになったもので、陽子や中性子もその仲間です。元素はこれらがおもちゃの「レゴブロック」のように組み合わさってできています。要するにバリオンとは「私たちの知っている物質」の総称と考えて問題ありません。ところが20世紀後半に、バリオンをすべて足し合わせても宇宙では4・8%にしかならないことがわかり、あとの95%以上は「ダークマター」や「ダークエネルギー」とされました。もう宇宙のことはかなり理解できていると思っていたであろう地球の物理学者たちにとっては、衝撃的な事実でした。しかし、ポーキング博士も言ったように、彼らの多くはそれで心を折られることなく、むしろ奮い立ったのです。
ただし、「未知」とは言っても、SF映画に出てくるようなまったく想像もつかない未知の生命体などとは違い、ここでいう未知とは「正体が不明」という意味です。宇宙全体に占める量は正確にわかっていますし、性質の一部もわかっています。その意味では、未知というよりは「不審者」に近いと私は思っています。フードをかぶってサングラスをかけているので誰なのかはわかりませんが、人間であることや身体的特徴はわかっているといったイメージです。
ダークマターの「ダーク」も、光と反応しないという性質を反映させたもので、「未知」という意味ではないのです。ただしダークエネルギーの「ダーク」はまさに、まったくわからないという意味で名づけられました。しかし、それだと正体の解明をあきらめているようで、私はあまりいい呼び名ではない気がしています。
では、ポーキング博士のインタビューに戻りましょう。
「宇宙は何でできているのか、その内訳を地球人が調べたところ、多い順から、第1位はダークエネルギーで、宇宙全体での割合は圧倒的な約69%。第2位はダークマターで約26%。そして第3位が私たちの代表、バリオンで約4・8%。第4位は光で、約0・0055%でした。
なお、地球の物理学では、このように物質やエネルギーをこれは何、これは何、と分別するためには『状態方程式』というものを使っています。物質やエネルギーの圧力Pを、密度ρで割って比wを求め、この『w』の値によって、どのような性質かを分類しているのです。
物質は普通、押せば押したぶん、反作用のように押し返してきます。この力が強いと、『w』の値が大きくなります。いま挙げた宇宙の構成要素の内訳では、第4位の光は押し返す力が最も強く、w=1/3になります。ダークマターやバリオンは押し返す力が非常に小さく、w=0となります。しかしこれらは、wが正の値という意味では、同じ仲間に分類することもできます。
ところが、ダークエネルギーはwの値がマイナス1、つまり負になることがわかったのです。押すとどうなるかというと、押し返してこずに力が内側に向かい、へこむのです。こんな変てこな物質を、それまで地球人は知りませんでした。
約5%のバリオンと約26%のダークマターを合わせて約31%とし、残りをダークエネルギーと考えれば、宇宙には『約3割の物質と、約7割の謎のエネルギーがある』と言うこともできます。この7割が何かを解明することが、地球人の最重要テーマの一つなのです」
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