「もう塾をやめたい…」疲れた我が子に親はどう返す? 子どもの本音を引き出す「アクティブ・リスニング」の極意
〈人間関係が好転する「幸福になる方程式」とは? “愛される人”が実践しているたった一つの秘訣〉から続く

『あなたの花は明日咲く』
家族や部下など、自分にとって大切な相手が悩みを抱えているとき、何とか助けたいと思うあまりに説教やアドバイスをしてしまうことはないだろうか。しかし、安易な解決策の提示は相手の心を閉ざしてしまう原因にもなる。
シスターの鈴木秀子さんの著書『あなたの花は明日咲く』より、相手の言葉を否定も肯定もせず、ありのままを受けとめる「アクティブ・リスニング」について、塾通いに疲れた我が子との会話例を交えて解説した一節を紹介しする。
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感情に流されずに聞く
アクティブ・リスニングをしている時、聞き手には、さまざまな感情が湧き起こってくる。「これは困ったことになったぞ」とか「私は何てばかな返事をしているのだろう」とか「ああ、その考えは素晴らしいな」とか、いろんな感想や評価が心のうちに出てくるだろう。これは当然の心の動きだ。
しかし、聞き手はこの感情に流されてはならない。自分の中に起きた感情に焦点を合わせて、その感情がどのようなものかを見定める必要がある。“ああ、いま、このままではこの子がだめになるという不安と焦りを感じているな”とか、“そうとう苦しんでいる人を前にして、私の手におえるかと困惑しているな”といったことをきちんと認識する。そして自分のさまざまな感情に気づき、その正体を見きわめながら、あくまでもアクティブ・リスニングに徹する覚悟を決め、判断も評価もせずに聞きつづけていくのである。
アクティブ・リスニングでは、自分の感情にも注意を払いながら、それにとらわれず相手に集中して聞くことの、二つを同時に行うことが必要とされる。
このプロセスを理解してもらうために、Nさんの実例をあげよう。
Nさんの長男の正志君は小学校五年生。私立中学進学を勧める両親の期待に応え、成績もトップクラスだ。バイオリンも有名な先生について習っていて、筋がいいと評価されている。学級委員を務めるなど、学校でもリーダー役をこなすがんばり屋だ。
しかしある夜、塾から帰ってきた正志君は、とても疲れているようすだ。
ちょうど同じころ、会社から帰ってきたNさんが、「どうした。疲れてるみたいだな」と声をかけると、「うん、もう塾やめようかな」と言い出した。
Nさんは、驚きと不安の感情を覚えた。いままで努力をしてきて、親としても物心両面から支援してきたのだから、それを無駄にしてしまう危険性に困惑するのは当然なことだ。ここで自分のネガティブな思いに気づき、まず自分の心の動きを正確に把握することが大切である。
Nさんは自分の困惑を自覚したが、いまはともかくアクティブ・リスニングに切り替えなければと思った。
「塾をやめたいと思っているんだね」
Nさんは、昂ぶってくる自分の感情を抑えながら、つとめて冷静にたずねた。
「うん、勉強が難しくなってきて、塾から帰ってきてからも勉強しなきゃ追いつかないんだ」
「塾の勉強に追いついていけないような気がするんだね」
「追いつけないっていうより、勉強に時間がかかるからね」
「塾の勉強が多くて、困っているんだね」
「うん。賢太郎君みたいに、何でもぱっぱっとやれればいいんだけどね」
「要領よくやれないので、弱気になっているのかな」
「うん。だいたい、僕は受験なんか向いていないと思うよ。何かを覚えるのに時間がかかるし……」
「ものを覚えるのに時間がかかるから、受験向きじゃない……」
「まあ、他の子よりは向いていると思うけど、優秀な子と比べると、時間がかかるんだ」
「よくできる子と比べると、不安になっちゃうんだね」
「うん、でもがんばれば、賢太郎君たちよりいい成績がとれるんだけど……。算数や国語は、あまり勉強しなくてもできるんだ」
「正志にとって、算数と国語は得意科目だから、問題ない?」
「うん。問題は社会と理科だね。覚えることが多いから」
「社会と理科は、覚えることが多いから、しんどいんだね」
「そう。でも、覚えるだけでいいんだけどね。難しいとかいうわけじゃないから」
「社会や理科も難しくはないんだ」
「みな国語や算数で苦労しているからね。それと比べれば、楽なんだと思うよ。塾の先生が言ってたけど、最後は国語と算数の実力がものをいうって」
「受験では、国語と算数が大切なんだね」
「そうみたい。だから受験に向いていないわけじゃないのかな? 社会や理科にあまり時間をかけなければ、家でそんなにたくさん勉強しなくてもいいし」
「社会や理科の勉強を上手にすれば、しんどくはないかもしれないんだね」
「うん。塾をやめたり、受験をあきらめたりするほどのことはないかもね。疲れない程度にやればいいんだ」
「時間配分をバランスよく勉強すれば、つづけられそうだと思っているんだね」
「うん。大丈夫だと思う」
Nさんは、途中で結論を急ぎたい、まるく納めたい衝動に駆られながら、それを抑えて、正志君とのあまり慣れていないアクティブ・リスニングに最後までつき合った。そして正志君は、自分なりの意欲を回復した。
もちろん、誰もがこううまくいくとはかぎらない。しかし、もし最初に「いったい何のためにこれまでがんばってきたんだ」とか「大丈夫だよ。がんばれば何とかなるよ」といった言葉で会話を始めれば、疲れを感じている正志君は、確実に「塾をやめたい」という思いを強くし、Nさんに反発しか感じなかっただろう。
一方、もしアクティブ・リスニングの末に、塾をやめるという結論に達したとしても、それは自分の結論だから、その責任を正志君はとろうとするだろう。そこには必ず成長がある。
(鈴木 秀子/文春新書)
