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住宅ローンの変動金利上昇への焦りから、繰り上げ返済を急ぐ人も珍しくありません。しかし、過度な返済による手元資金の枯渇は、予期せぬリスクを招く原因になりかねません。ある男性の事例から、金利上昇期に確保すべき適切な「生活防衛資金」について考えます。

金利上昇の不安から手元資金1,500万円を全額返済に投入した選択

都内の専門商社で部長を務める佐藤和雄(57歳・仮名)さん。給与は手取りで月約48万円です。10年前に中古マンションを住宅ローンで購入し、順順に返済を続けていました。

借入形式は変動金利を選択しており、当時の金利は低い水準で維持されていました。しかし、2024年以降の金融政策の変更に伴い、金利上昇に関するニュースが相次いで報じられるようになります。佐藤さんは将来的な返済額の増加に対して、強い不安を覚えるようになりました。

当時、佐藤さんの銀行口座には、長年コツコツと蓄えた預金が1,500万円ほどあったといいます。

妻の恵子(54歳・仮名)さんと話し合い、この預金の使い道について慎重に検討を行いました。金利が本格的に上昇する前にローンを完済すれば、毎月の返済負担を完全になくすことができると考えたためです。

佐藤さんは1,500万円の預金すべてを住宅ローンの全額一括繰り上げ返済に投入する手続きを実施しました。これにより、1,500万円のローン残高はゼロになり、毎月の返済義務は消滅しました。

住宅金融支援機構が公表した「住宅ローン利用者の実態調査」によると、住宅ローン利用者のうち変動金利を選択している人の割合は7割を超えています。金融政策の変更によって金利上昇リスクが顕在化するなか、利息負担の増加を避ける目的で繰り上げ返済を検討する利用者は増加傾向にあります。

しかし、返済完了を最優先するあまり、手元の現預金を極端に減少させる行為は、家計の資金流動性リスクを高めます。金融機関への利子支払いを回避できても、家計全体の予備資金が枯渇すれば、突発的な事態に対処できなくなるからです。

繰り上げ返済を終えた佐藤さんの手元には、日常の生活費として残した数万円程度の現金しかありませんでした。これまでローン返済に回していた分を貯蓄に回せばすぐに回復すると思っていましたが、完済直後から想定していなかった事態が連続して発生することになります。

予期せぬ疾病と介護の重複に直面

一括返済を実施してからわずか2カ月後、佐藤さんは定期健康診断で異常を指摘されました。

精密検査の結果、進行期の大腸がんが見つかり、即座に入院および手術が必要と診断されます。会社を休職することになり、傷病手当金が支給されるまでの間、毎月の収入が一時的に途絶えました。高額療養費制度を適用したものの、差額ベッド代や個別の医療費用など、短期間で合計約80万円の現金支払いを求められました。

さらに同時期、地方で一人暮らしをする佐藤さんの実母が自宅で転倒し、大腿骨を骨折。要介護認定を受け、退院後は介護施設へ入所することが決まります。施設への入所一時金や介護用品の購入費として、約100万円の初期費用が急遽必要となりました。しかし、手元に預金はなく、直ちに医療費や介護費用を支払うことができない事態に陥りました。

厚生労働省『医療給付実態調査』や『介護保険事業状況報告』によると、50代後半から60代にかけては生活習慣病や重篤な疾患の発症率が急増する傾向にあります。

また、生命保険文化センター『生命保険に関する全国実態調査(2人以上世帯)(2024年度)』によると、介護を開始する際にかかる一時的な費用の平均は約47万円であり、月額費用は平均9.0万円。介護期間の平均は4年を超えており、中高年層においては突発的な医療・介護支出の発生確率が著しく高まることが示されています。

「こんなことなら、急いで繰り上げ返済なんてするんじゃなかった……」

そう嘆いたところで後の祭り。手元資金が枯渇した佐藤さんは、保有株式の売却や高金利ローンでの借入を検討せざるを得なくなったといいます。

金利上昇への焦りから全預金を繰り上げ返済に充て、手元資金を失ったことが原因でした。万一に備えて、半年から1年分程度の生活費を「生活防衛資金」として現金で確保することは、各種メディアや専門家からもよく指摘されています。繰り上げ返済の検討も、生活防衛資金をしっかりと確保できていることが前提となります。